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俺がハーレムを全力で阻止する! 第1話

作:青春詭弁

「そこの可愛い子ちゃん。よかったら俺と一緒に、これからおいしい水素水でも飲まないかい?」

 月曜日。

 ただでさえ、多くの学生や社会人が憂鬱な気分になる中、追い討ちをかけるように昼から曇天が続いている。しかも、ぽつりぽつりと地面に水玉模様が描かれ始めているときた。

 4月中旬。

 学校指定の黒色のセーラー服を身にまとった女子生徒は、昇降口にて空を見上げていた。

 ――ああ、降ってきちゃったなぁ。

 どうやら傘を持ってきていないらしい。

 それもそのはずで、彼女が朝起きてから自身が通っている高校に到着するまでは、春の息吹を感じさせる青空があったからだ。

 まさか、あれからこんなに天気が崩れるとは。こんなことなら朝の天気予報を見ておけばよかった。

 女子生徒は溜息混じりにそう思った。

「へい、彼女。俺と一緒に水素水飲みに行かないかい?」

 そこに畳み掛けるように、しつこく声をかけてくる男子生徒がいた。

 茶髪のセンターパートで、耳にはピアス、学校指定の学ランを着崩し、いかにもちゃらちゃらしてそうな男子であった。

 ――ほんっと最悪。

 女子生徒は内心で毒づく。

「それ、ナンパのつもり? なんで水素水なわけ?」

 ただでさえ突然の雨で憂鬱な気分だというのに、通っている学校でナンパなんてされれば誰だって不機嫌にもなる。

 実際、女子生徒は不機嫌さを隠そうともせず、棘のある口調で男子生徒に返事をする。

「健康にいいと思って」

「ナンパで健康気にすんなし」

 しかし、男子生徒は女子生徒からの辛辣な視線に臆することなく、どこか人懐っこい笑顔を浮かべている。

 神経が図太いのか、ただのバカなのか。

 どちらにせよ、男子生徒にとって女子生徒が不機嫌であることは、大した問題じゃないようだ。

「てか、水素水ってどこで飲めるわけ……?」

 女子生徒には、それが癇に障った。

 先ほどよりも語気を強め、不快げに眉を寄せる。これでもかと男子生徒を睨みつけ、「これ以上話しかけるな」と敵意を剥き出しにする。

 そんな女子生徒の攻撃に気づいているのかいないのか、男子生徒はどこ吹く風。まったく先ほどまでと同じ調子で、こう答える。

「ナチュラル〇ーソンさ」

「ナンパをコンビニですませるなや」

 女子生徒のツッコミは至極真っ当であった。

「おっと自己紹介が遅れたね、可愛い子ちゃん」

「いや、知りたくないし別にいい」

「俺の名前は、内木 優大(ないき ゆうだい)。2年3組」

「聞いてねぇ……」

 男子生徒――優大は、前髪をふぁさぁ〜っと手で払う。

 かっこつけてるつもりなのだろうか。いや、つもりなのだろう。現に、当の本人が「ふふん」とドヤ顔しているからである。

 彼はいわゆるナルシストというやつだった。

「それで? 可愛い子ちゃんの名前は?」

 女子生徒は絶対教えないという確固たる意思で、優大から視線を切る。

 女子生徒の目は再び空へと向けられ、先ほどまで小ぶりだった雨が、本格的に降り始めた。

「うわっ……最悪なんですけど……」

 あれもこれもナンパなんてしてきた優大のせい――。

 女子生徒は眉を寄せ、怒りを露わにする。

「おや? 可愛い子ちゃん。もしかして傘がないのかい? よかったら俺の傘に入れてあげようか?」

 ブチッ。

 女子生徒の中で、なにかが引き千切れる音がした。

「どう? 俺と相合傘しない?」

「きっも」

 女子生徒の名誉のためにも言っておくが、普段の彼女は温厚で、真面目な性格の優等生である。

 先生たちからも頼りにされており、勤勉な一般生徒だ。

 普段、こんな攻撃的な言葉は使わないのだが――そんな彼女の忍耐が限界を迎えるほどに、内木 優大という男がうざかった。

「きっ……え?」

 ここまでまったく動じていなかった優大も、このシンプルな罵倒はさすがに堪えたらしい。

「……」

 シンプルに傷ついていた。

「もう話しかけてこないで。迷惑だから」

 女子生徒は、「これ以上この男といたくない」と言わんばかりに、スタスタと雨の中を歩いていく。

 優大はそんな彼女の背中を見ていることしかできず――しばらくして、女子生徒が傘を差した男子生徒に声をかけられ、その傘の中に入れてもらい、相合傘して帰る姿を見てしまった。

「ええー……?」

 ――それなら俺でもよくない!?

 優大は衝撃的な場面を目撃し、思わずその場で崩れ落ちたくなった。

「はぁー……今日もナンパ失敗だぜ……」

 彼は肩を落とし、「はぁー」ともう1度溜息を吐きながら空を見上げる。

 雨がしとしとと降っている。

「……無様ね」

 と、ここで雨に紛れて罵倒がひとつ降ってくる。

 よく響く、美しい声色だった。

 声の主は傘を開きながら、優大のすぐ横を通り過ぎて、雨の中で立ち止まる。

「うっせ」

 優大は声の主が誰なのかすぐ察し、屋根の下から”彼女”に抗議する。

「軽薄、軟派があなたのアイデンティティなのでしょう? ナンパが成功しないなら、あなたの唯一の取柄がなくなってしまうわ」

 息をするように罵倒が飛び出てくる少女。

 小柄で華奢な体躯。黒髪のボブが、透き通った白い肌を強く強調している。精巧な人形のような整った顔立ちをしているが、どこまでも暗い瞳のせいか、見ている人に美しさよりも厳かさや、神々しさを感じさせた。

 絵画的な芸術作品。

 万人が触れてはならぬと思ってしまうような、近寄りがたいオーラを放つ少女。

 優大はこの少女を知っている。

「てめぇに俺のなにが分かるってんだ。勝手に人の取柄を決めつけるなっつーの!」

「声が大きい」

「それが取柄だぜ」

「……あら、そうなの。存在も邪魔で目障りなだけでなく、声が大きくて耳障りなんて。悲しい人。同情はしないわ」

「ちっ……いつもながら癪に障る女だぜ。織笠 時雨(おりかさ しぐれ)」

 少女――織笠 時雨は、表情ひとつ変えずに真っ黒な瞳で優大を射抜く。

 すべてを見透かしたかのような目。本当に癪に障る。

 優大はむっとした表情で、時雨と向き合う。

「軽佻浮薄って、あなたみたいな人のことを言うのでしょうね」

 赤い色の傘で雨を受けながら、時雨はくすっと嘲笑う。

「意味は分らんが、バカにされていることは分かるぞ」

 喧嘩なら買うぞと、優大はファイティングポーズをとる。もちろん本気ではないが。

 時雨も本気になどせず――そもそも、優大のことなどまったく興味がなく、くるりと背を向ける。

 それから「さようなら」のひと言もなく、自分勝手に、自由気ままに、その場から立ち去った。

「喧嘩を売るだけ売って、帰りやがった」

 いや、そもそも本人に喧嘩を売ったつもりなどないのだろうが……。

「ったく、本当にむかつく女だな」

 顔はいいが、顔がいいだけ。

 その中身はひどいったらありゃしない。

 2年1組 織笠 時雨。

 彼らが通う高校は、1学年300人ほどあり、1組から10組まで存在する。

 そんな時雨が在籍する1組は、通称「特進組」と呼ばれる。成績上位者たちが集まって、日夜成績で殴り合う教室だ。

 まあ、簡単に言えば頭がいい生徒が集まっているクラスというわけである。

 中でも時雨は、学年1位。学校一の才女と呼ばれ、1年の頃からその座を脅かされたことは1度足りとてない。

 なにせテストは常に満点。引き分けはあっても、勝つことは不可能なのだ。

 ちなみに、優大の成績は可もなく不可もなく、面白味がまったくない。軟派な性格にしては、割とちゃんと授業を受けていることは意外かもしれない。

 優大曰く、

 ――親に金払ってもらってるわけだしな。学校は真面目に通うべきだろう。

 とのこと。

 なぜこのまともな感性を持っていて、雨宿りしている女子生徒をナンパするなどという愚行を犯したのだろうか。

 まったく理解に苦しむ。

「そろそろ帰るか」

 優大はここでのナンパを諦め、傘を開こうとする。そのタイミングで、すたすたと誰かが昇降口に向かってきているのが見えた。

 赤い傘と黒い髪、白い肌。

「すたすた」

 すたすたと言いながらすたすた歩いてきたのは、先ほど無言で立ち去ったはずの織笠 時雨だった。

「ねえ、あなた」

 優大にまだ用があったらしい。

「なんだよ」

「あなたみたいな人と友達になってくれたあの優しい彼は? 今日は一緒じゃないのかしら」

 あの才女に優しいと呼ばれる”彼”。

 先ほどまでの優大に対する評価とは真逆である。

 「ああ……そういうことか」

 優大は納得して、手の平をぽんっと叩く。

 この2人はいわゆる犬猿の仲。

 会えばいがみ合う関係。

 まさに水と油。

 下校の時、偶然すれ違ったからと言って、気安く声をかけるような仲ではない。特に、なんの用もなければ時雨から優大に声をかけるなど、天地がひっくり返ってもありえない。

 にも関わらず、ナンパに失敗した優大を時雨が嘲笑うために声をかけた。

 これはありえないことだ。

 よっぽど時雨の性格が悪いか、優大の日頃の行いが悪すぎて罵倒せずにはいられないかでなければ。

 つまり、時雨は最初から優大に用があって声をかけた。そしてその用というのが、優大がよく一緒にいる”彼”なのだ。

「残念だったな。あいつなら、今日は用事があるから先に帰ったよ」

「ふーん……そう」

 時雨はそれで完全に優大への興味を失い、踵を返そうとする。

「あ、おい。なんか伝言があるなら、一応伝えておいてやらなくもないが?」

「別にいい」

 そうして今度こそ彼女は、静かにその場を立ち去った。

「ほんっと……あいつはすごいよなぁ」

 優大はぽつりと、時雨の言う”彼”に賞賛の言葉を呟く。

「あの冷酷な才女様が、惚れるなんてな」

 そう――なにを隠そう、織笠 時雨は”彼”に恋愛感情を抱いている。

 そして、”彼”は内木 優大の友達。それどころか親友。もっと言えば、大親友。幼稚園の頃から付き合いのある幼馴染であった。

「差し詰め俺は、ラブコメの主人公の友人ポジションってところかね……」

 きっと自分は、幼馴染と時雨の恋愛に関わることはないのだろう。

 優大は肩を竦めながら、今度こそ帰ろうと傘を広げた。

「あー……俺も恋してえぇぇぇ~」

 そんな彼の切実な願いは、無情にも雨音に搔き消され、誰に届くこともなかった。

◆ ◆ ◆

 翌日。

「今日は朝から晩まで晴れか」

 内木 優大は学校近くの横断歩道で立ち止まり、ぼーっと空を見上げていた。

「お、おはよ」

「うん、おはよ~」

 彼は挨拶を交わす女子生徒に視線を切り替える。

 同じ高校の制服だ。少しだけ挨拶がぎこちない当たり、新1年生なのだろうか。

 できたばかりの友達と一緒に登校。これぞ青春である。

 優大は「うんうん」と先輩として、微笑ましい気持ちで女子生徒を見守って――。

「うっひょ! あの子たち可愛いな。よし、声をかけよう」

 なんていなかった。

 そんな男ではない。

 このままでは期待と希望で胸いっぱいの1年生が、悪い先輩の毒牙にかかり、高校生活に対する瑞々しい憧憬を失ってしまう。

 忍者よろしく抜き足差し足忍び足。

 優大は初々しい1年生の女の子2人に忍び寄り――。

「おはよう、優大」

 と、そこに救世主が現れた。

 優大は名前を呼ばれた反動で振り返る。すると、そこにはよく見知った顔の男子生徒が立っていた。

「来たか。おはようさん、日和」

 内木 優大の待ち人来る。その名前は高原 日和(たかはら ひより)。

 春風が桜の花びらを連れ、日和の長い前髪を靡かせる。彼は「あ」と、どこか恥ずかしそうな所作で、風で靡く前髪を抑えた。

 優大は常々、日和のことを「そよ風のような男」だと思っている。

 なにがと言われても困るが、とにかくそういう温和なイメージというか、穏やかで長閑なイメージが似合う男なのである。

 人畜無害で素朴な出で立ち。目が隠れるほどに長く柔らかな黒髪。細身ながらも、しっかり男を感じさせる肩幅。しかし、オーバーサイズの学ランのせいで、どことなく非力さを感じる。

 実際、袖が余りまくって萌え袖みたいになっていた。

 日和のことを初めて見た人は、間違いなくどこか抜けている印象を受けるはずだ。

「待たせちゃったかな?」

 柔和な声は、どことなく女性的でもあり、男性的でもある。こういう声が中性的と呼ばれるのだろうと、優大は内心で勝手に分析をする。

「いや、俺も今着いたところだ」

「そっか。それならよかったよ」

「よくない!」

 優大が声を荒げ、日和は「え?」と呆気に取られる。

「てめぇが声をかけてきたせいで、可愛い子ちゃんに声をかける機会を失ってしまった! ほら、さっきまでここにいたのに! 今はもう横断歩道の向こう! そして、信号は赤信号! 今から追いかけることもできない!」

「可愛い子ちゃん……?」

「やってくれたなぁ! 日和!?」

「なんかごめん」

 日和は訳も分からないまま謝罪の言葉を口にし、優大は「許す」となぜか上から目線である。

「あはは、優大は昔から可愛い子に目がないよね」

「そりゃあそうだ。俺は可愛い子が好きだからな」

「幼稚園の頃からそうだもねぇ」

 日和は幼稚園の頃から付き合いのある幼馴染が、昔から変わっていないことに今更ながら驚愕する。

 思えば恋だとか愛だとかを意識する前からこの幼馴染は、同じ組の女の子たちに「可愛い」とか「好き」とか、その手の言葉を囁いていた気がする。

 そして、その度に女の子たちに無視されていたことを思い出す。

「こんなにも可愛い子ちゃんたちを思い続けているのに、なぜ俺の愛は報われないのだろうか」

「そういうところが問題なんじゃないかな?」

「どういうところだ?」

「だから、そういうところだよ」

「?」

 抽象的なやり取りに優大は首を傾げた。

「でも、優大って守備範囲広いよね」

「うん?」

「ほらこの前、街中で見かけた全身刺青入ってる怖いお姉さんいたでしょ? あの人を見た瞬間、迷わずナンパに行ったのは、さすがに尊敬したよ。あれはすごかったね」

 そんなこともあったなと、優大は刺青のお姉さんのことを脳裏に思い浮かべる。

「うーん、守備範囲もなにも女の子はみんな可愛い子ちゃんだからな」

「つまり、道行く女性はみんな優大の獲物なんだね。女性のみなさんが気の毒だよ、僕は」

「まあ、さすがの俺でも中身がブスなのは遠慮したいけどな」

「たとえば?」

「織笠 時雨」

 優大は迷いなく答える。

 日和は彼の返答に対して、何とも言えない微妙な表情を浮かべた。

「織笠さんこそ、僕から見たら絶世の美少女って感じだけど? 中身だって、優大が言うほど悪い人じゃないと思うけど」

「そりゃあ日和から見たらそうだろうな。でも、あいつは典型的な『人によって態度を変えるタイプ』だ。日和から見た織笠 時雨と俺から見た織笠 時雨はまったくの別人だぜ」

「そうなんだ……いい人だと思うけど」

「そう思うなら織笠 時雨の気持ちに応えて、お付き合いでもしたらどうだ?」

「あー……そ、それはちょっと……」

「ふむ?」

 織笠 時雨が内木 優大の幼馴染であるところの高原 日和に惚れていることは、周知の事実。

 あのなにも映さない深淵のような目を持つ少女は、唯一日和のことだけその目に映す。そんなの誰が見たって特別であることが分かる。

 信号が青に変わり、2人は並んで通学路を歩き出す。

「知ってるでしょ……? 僕が……そういうの苦手だって」

「……」

 高原 日和は恋愛に苦手意識がある。

 日和自身が絶世の美少女と評する彼女に想いを寄せられながらも、その気持ちに応えないのはこういう理由があったからだ。

「まあ、なかなかトラウマは解消されるもんじゃないよな。てめぇが恋愛できるようになるのは、まだまだ先のことになりそうだな」

「……あー……いや」

「なんだ? 歯切れが悪いな」

「……実は、そうでもないっていうか」

「?」

 はて、どういうことだろうか?

 優大が不思議に思って首を傾げていると、不意に横から誰かが道を塞ぐようにして現れる。

「おーっほっほっほ! ごきげんよう! ヒヨリ! と、その取り巻き1号!」

 キンキンと頭に響く甲高い笑い声。

 あきからに日本人とは違う顔立ちに、銀髪のツインテール――否、銀髪のツインドリル。サファイアの双眸は、勝気に開かれ、優大と日和に向けられている。

「……アルメリア・ロイヤルハート。朝から元気だな、こいつは」

「おはよう、メリアさん」

「おーっほっほっほ! おはようですわ~~~」

 イギリス人と日本人のハーフとかで、いわゆるお貴族様なのだとか。

 だから、このようないかにもな笑い方と喋り方をしているのだろうか。だとしても、あまりにもデフォルメされたお嬢様すぎて、アニメとか漫画で日本語の勉強でもしたんじゃないだろうかと疑いたくなる。

 優大はメリアという愛称で呼ばれる少女を見ながら、そんなどうでもいいことを考える。ちなみに、優大はこの愛称で呼ぶことを許可されていなかったりする。悲しい。

「ヒヨリ! わたくしと一緒に学校まで行きましょ!」

 メリアは優大のことを他所に、日和に半ば強引に詰め寄る。

 日和は困った顔で「ええっと」と頬を掻き、優大は「やれやれ」と肩を竦めながらメリアから日和を守るように2人の間に割って入る。

「ちょっと邪魔ですわよ!?」

「今は俺と日和の時間なんだ。そこに割って入るとか、無粋なやつめ」

「ブスですって!? ちょっとあなた表出なさい!」

「言ってねぇよ。あとここ表だろ」

「ふんっ。よく分かりませんが……人の都合を無視して、あちこちでナンパしている男にはなにも言う資格などないですわ」

 うむ、反論できない。

 優大は弱かった。

「とはいえ、俺は自分を棚に上げる男。俺はいいが、てめぇはダメだぜ」

「めちゃくちゃ言ってる自覚ありますの……?」

「ある」

 メリアは憎々しげに優大のことを睨みつけること数秒。

 やがて、諦めて溜息を吐く。

「まったく、いつもいつもわたくしとヒヨリの時間を邪魔しますわね! もういいですわ!」

 メリアはズシズシと1人で歩き去っていった。

「今日はあっさり引き下がってくれてよかったなぁ」

 優大は彼女の背中を見ながら、いつもの彼女のようすを思い出す。

「普段ならもっと駄々こねるからな……」

「はぁ……いつも助けてくれてありがとう、優大」

「気にすんな……にしても、お前はほんっとああいう手合いに好かれるよな。よっ、色男」

「……やめてよ。僕としては、すごく困ってるんだから」

 そう――アルメリア・ロイヤルハートもまた、高原 日和に惚れている。

 恋愛に苦手意識を持つ彼にとって、好意を持って迫ってくる相手は、ある意味では凶器を持った強盗に等しい相手なのだ。

「ジャイアントキリング――」

 優大はぽつりと呟く。

「日和は万人からモテるってわけじゃないけど、昔からなぜか大物に好かれるんだよなぁー。学校一の美少女とか、アイドルとかモデルとか……羨ましい限りだぜ」

「やめてったら。僕はそのせいで苦労してるんだから……あんなこともあったしね」

 日和の沈んだ表情を見て、優大は中学生の頃に起こった出来事について思い出す。

「たしかに、あれはトラウマもんだよなぁー……」

 当事者ではない優大でさえも、恐怖を覚える事件だった。

 口にするのも憚られるほどおぞましい。日和から話を聞かされた時は、全身に鳥肌が立ったことを今でも覚えている。

 もともと日和は引っ込み思案で、目立つことがあまり好きではなかった。だから、大物から好かれてもおろおろするばかり。

 そんな彼が、あのような事件に遭ってしまえば、恋愛に苦手意識を持つことも仕方ない。

 優大はそのことを知っている幼馴染だから、こうして日和に迫るメリアのような大物から彼を守る騎士をやっていた。

 それゆえ、日和に好意を抱いている彼女からすれば、自分の恋路を邪魔してくる優大は敵そのもの。そりゃあ敵意剥き出しで、邪険にも扱われる。

 織笠 時雨が優大に対して、高い攻撃性を見せるのもこれが原因だ。

 片や、高飛車な外国人ハーフお嬢様。

 片や、学校一の毒舌才女。

 相変わらず、面倒な女どもに好かれている幼馴染に、優大は同情の念を禁じ得ない。

 もし相手が、これで普通の女の子であれば、「羨ましい!」と血の涙を流していたところである。

 が、性格が悪い女を可愛い子ちゃんと認めていない優大にとって、この2人から好かれることはまったく羨ましいことではなかった。

 ――顔がいいだけなら俺だっていい!

 優大はナルシストであるが、ようはそういうこと。

 いくら顔がよくても、自分がモテないように。

 なんだかんだ人間は中身が大事なのであると、優大は考えている。

 ともかく、幼馴染として優大は、ああいう手合いから日和を守ってあげなければという使命感に燃えているわけである。

 少なくとも、彼が自らの意思で恋愛がしたくなるその時まで――。

「ん? そういえば日和、さっき気になるようなこと言ってたよな」

「え? なに?」

「お嬢様が来る前、なんか歯切れ悪かっただろ?」

「あ、あー……ええっと」

「言いにくいことか?」

「……いや、優大にはちゃんと話しておきたい」

 日和の真剣な眼差し。

 優大も普段のおちゃらけた態度を潜めて、姿勢を正す。

「大事な話なら、昼休みか放課後にしとくか?」

「ううん。そこまでじゃないから、今話すよ。ひと言で済むし」

「そうか? なら、聞くぜ。話せよ」

 ばっちこいと、優大は構える。気分はさながら野球のキャッチャー。となれば、日和はピッチャー。打者はいない2人相撲。

 日和は数秒ほど躊躇った後、意を決して口を開く。

「好きな子ができた」

 瞬間、優大は頭部に野球ボールが直撃したかのような衝撃に見舞われる。

 さっきまであれだけ何度も何度も、自分の幼馴染は恋愛が苦手であることを説明してきておいて?

「おい、日和」

「なに?」

「それは、ひと言で済む話じゃねぇ」

 優大は日和の両肩に手を置いてそう言った。

「あ、はい。ごめんなさい」

 日和は己の認識の甘さに、謝罪の言葉を口にするしかなかった。

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