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俺がハーレムを全力で阻止する! 第2話

作:青春詭弁

「ただいまー」

 放課後。

 優大が学校から帰宅すると、しばらくしてリビングから「おかえりなさ~い!」と男の子がパタパタと走り寄ってくる。

「おう、元気だな。広大」

「うん! ボク元気!」

 内木 広大(ないき こうだい)。

 今年で8歳になる小学2年生である。

「お兄ちゃん遊んで遊んで遊んで遊んで遊んで!」

「はいはい、ちょっと待ってな。兄ちゃん、帰ってきたばっかりなんだからよ」

 優大は構ってちゃんな弟を抱きあげ、一緒にリビングへ移動する。

 と、リビングにはすでに先客がいた。派手な髪を長く伸ばした少女だ。

 ソファに寝転がり、スマホをいじりながらTVを見ている。いや、見てはいない。音だけ聞いているようで、視線はスマホの画面に釘付けである。

 無防備なキャミソールの肩紐は、片方がずり落ちている。下は大胆に太ももを露出したホットパンツ。

 優大は先客の少女に「やれやれ」と嘆息しながら、抱えていた弟を床に降ろした。

「ただいま、妹よ」

「……」

 優大に妹と呼ばれた少女は、彼のことを無視してスマホをいじり続ける。

 今も「お兄ちゃんもっかいもっかい!」と抱っこをねだる弟とは対照的に、妹はお兄ちゃんのことが嫌いなようだ。

「おいおい、さすがに無視はひどいぞ? お兄ちゃん悲しい!」

 優大はいつものことだと思いつつも、それでも挨拶を返してもらえないのは寂しいので、大げさに騒ぎ立てることにした。

「……」

 それでも妹はどこ吹く風。

「というか妹よ? スマホをいじるか、TVを見るか、どっちかにしなさい? あとその格好はなんだ? 家の中だからといってだらしない! お前は可愛いんだから、気を付けないと変な男に目をつけられたら大変だぞぅ!」

 ぴりっ。

 TVをつけたままスマホをいじっていたことか、はたまた家での格好のことか。

 なんにせよ、今のでリビングの空気が変わったのを優大は感じる。

「あ、ボクおトイレ!」

 弟もそれを感じ取り、早々に危険区域から離脱。

 先ほどまで「お兄ちゃんお兄ちゃん」と飛び跳ねていたのに、なんて薄情な弟なのか。それとも、素早い判断で危険を回避したことを褒めるべきか。

 なんにせよ、優大は逃げ遅れた。その事実は変わらない。だから、「広大くんはおトイレじゃないでしょ~?」なんて、「先生はトイレじゃありません」みたいなツッコミを入れたところでもう遅い。

「変な男は……あんただろうがこのっ!!」

 少女は声を荒げながら、手近にあったソファ枕を引っ掴んで振りかぶり――。

「クソアニキ!!」

 投げた――!

 なかなかの球速。しかし、所詮は枕。当たったところで、大したダメージなどない。

 ――ここは甘んじて受けようじゃないか。

 優大はそう考え、枕を顔面で受け止めるべく構える。

 すべてスローモーションの世界。徐々に近づいてくる枕。ふと、優大はそのゆっくりとした時の中で、枕の陰に隠れる黒い物体に気づく。

 ポケットに入れても邪魔にならないほど薄く、持ちやすい手のひらサイズのその物体は――先ほどまで少女がいじっていたスマホであった。

「ちょっ――」

 気づいた時には手遅れ。

 枕は明後日の方向へ飛んでいき、代わりに優大の顔面にスマホが直撃する。

「ぐぼぁっ!?」

 クリーンヒット。

 1発KO。

「な、奈々子ちゃん……スマホを投げるのは……お兄ちゃん、よくないと思うな……危険が……危ないからね……」

 優大はスマホの直撃した部位を抑え、奈々子と呼ばれた少女に注意する。

 しかし、少女はそれをまったく意に介しておらず「ふんっ」と鼻を鳴らした。

「アニキが悪いんでしょ。ほんっと……こんなのが血のつながったアニキとか、信じらんない!」

 内木 奈々子(ないき ななこ)。

 今年で15歳の中学3年生。れっきとした優大の妹である。

「血のつながったお兄ちゃんにそれはひどくない? お兄ちゃん、ただ妹を心配して注意しただけじゃないかぁ~」

「それがむかつくんでしょうが……! あんたみたいなのに、とやかく言われる筋合いないから!」

 奈々子がここまで優大に対して当たりが強いのには、当然理由がある。

「あたし忘れてないから! うちに遊びに来てくれた友達をナンパしたこと……!」

「あははは、すまんすまん。可愛い子ちゃんを見ると、つい」

「つい、じゃないでしょうが……!」

 奈々子は怒りのあまり、再びソファ枕を優大の顔面に投げ飛ばす。さすがに、今度はスマホも一緒に飛んでくることはなかった。

「何度友達に謝ったことか……! あんたみたいな変質者に、格好のことであれこれ指図されたくない」

「ごめんて、奈々子ちゃん。それはそれとして、お兄ちゃんにスマホを投げるのはいかがなものかと思うぞ? スマホ画面が割れちゃうぞ?」

 実際、奈々子のスマホの画面はバキバキに割れていた。しかし、奈々子はまったく気にしていないという顔で、落ちているスマホを拾い上げる。

「バカじゃないの? 女子中学生のスマホの画面なんて、99割バキバキでしょ。むしろ、割れててなんぼ的な?」

「偏見がすごい」

 奈々子は「ふんっ」と優大のことを無視し、ドシドシ足音を立てながら2階にある自分の部屋へと向かう。

 優大は彼女が部屋に引きこもる前に「ちょっと待った」と引き留める。

「なに? あたし、あんたと話したくないんだけど?」

 それでも一応立ち止まってくれるのは、奈々子の優しさからくるものなのだろうか。

「今日、母ちゃんと父ちゃんの帰り遅いってよ。晩飯、俺が作るからさ。奈々子はなに食べたい? リクエストがあるなら聞くぞ?」

「……」

 奈々子は眉根を寄せ、不快感を露わにする。

 そのまま数秒立ち止まり、やがて絞り出すように「なんでもいい」と吐き捨て、今度こそ2階へ上がった。

「なんでもか……今日はさっぱり系のサラダがよさそうだな」

「えー? ボク、オムライスがいい~」

 いつのまにか広大がリビングに帰ってきていた。嵐が過ぎ去ったことを感じ取ったらしい。なんて危機察知能力なのだろう。

「さっきはよくも俺を置いて逃げたなー?」

「あれはお兄ちゃんが悪いと思う」

「否定はしない」

 優大は肩を竦めながらエプロンを身に着ける。それから流れるように、今朝から溜まっていた洗い物をジャブジャブと片付けていく。

「ねえねえ、今日オムライスがいいなぁー?」

 広大はその傍らで、「あわあわー」と食器用洗剤が作るしゃぼん玉を眺めながら、夕食のリクエスト。

「分かった分かった。じゃあ、広大はオムライスな」

「やった!」

 これで本日の献立が決まった。

 優大は「あれあったかなー」と冷蔵庫の中にある材料を思い浮かべる。

「あ……そういえば、野菜がなかったかなぁー。奈々子用のサラダ作れるか……?」

「お兄ちゃん、今日もボクとお姉ちゃんで別々のご飯作るの?」

「うん? まあ、そうだな。2人とも食べたいものが違うわけだし、そうなるだろ」

「でも、お姉ちゃんはなんでもいいって言ってたよ?」

「はっはっは、弟よ。奈々子の『なんでもいい』はなんでもよくないんだ。知らなかったか?」

「え、そうなの……?」

「本当になんでもいいと思って、気分じゃないものを出すと、後出しでめちゃくちゃ言ってくるから気をつけろよ」

「……お姉ちゃん、やっぱり怖い」

「大丈夫だ。奈々子が怖いのは、俺にだけだから」

 晩飯のリクエストだって、後出しであれこれ文句を言うのだって、全部優大への当てつけなのである。

「そっかぁ……お兄ちゃん、かわうそ~」

「かわうそ……?」

「でも、お兄ちゃんどうしてサラダにしようって思ったの? なに作ってもあとでわーわー言われるなら、ボクと同じオムライスじゃダメなの?」

「まあ、そうなんだが……それはそれっていうか。台所を預かるシェフとしては、客がちゃんと望むものを提供したいというかね?」

「?」

 ここだけの話。

 奈々子は近頃、ダイエット中であった。

 それで先ほどは、いつもよりカリカリしているのもあったのかもしれない。

「じゃあ、お兄ちゃん。ちょっと足りない材料を買ってくるから。家の守りは任せたぞー」

「うん! 任せろり!」

「不安」

 優大は財布とマイバッグ片手に、近所のスーパーへ出発。

 外はすっかり夕暮れ時。黄金色の空でカラスたちが「カーカー」と鳴いている。

「はぁ……にしても、今日は驚いたな」

 優大は空を見上げながら、ぽつりと呟く。

「まさか日和に好きな人ができるなんてなぁ」

 恋愛に苦手意識を持っていた少年がついにトラウマを克服した。

「それもまさか、あんな子が相手とはねぇ」

 優大はふと、先ほど家に帰るまでの道中のことを思い出す。

◆ ◆ ◆

 優大が帰宅する1時間ほど前のこと。

「あの日和に好きな人ができるとはな。こんなにめでたいことはない。こいつは奢りだ。遠慮なく飲みな」

 場所はコンビニ前の駐車場。やや傾いた夕日の下、優大と日和は”水素水”を片手に横並びで話していた。

 日和は渡された水素水を眺めて首を傾げる。

「なんで水素水……?」

 当然の疑問である。これに対して優大は「健康的だと思って」と答えながら、ペットボトルに口をつける。

「それで? 相手はどんな子なんだ?」

 優大は口を拭いながら訊ねる。

「うん。その子は10組の子なんだ」

「スポーツ組か」

 スポーツ組――。

 彼らが通う清心(せいしん)高校は、文武両道を是とし、勉学とスポーツの両方に力を入れている。

 勉学は1組の”特進組”が担っている。

 2組~9組は普通科である。

 そして、10組は全国から集められてきた選りすぐりのスポーツマンたちで構成されている。つまり、スポーツ特待生たちの集団なのである。そんな彼ら10組を普通科の生徒たちが畏怖を込めて”スポーツ組”と呼んでいる。

「可愛い子ちゃんか?」

「あはは、優大にとって女の子はみんな可愛い子ちゃんでしょ?」

「そりゃそうだが、今はお前の話だ。お前にとって、その子はどう見えるんだ?」

「……うん。可愛いと思う。でも、それよりも僕はかっこいい人だと思うよ」

「へぇ?」

「明るくて、僕を引っ張ってくれるような……そんな人なんだ」

「そりゃ今度スポーツ組にお邪魔して、ぜひご挨拶したいところだな」

「ええ……? 変なことしないでよ?」

「てめぇ、俺が友達の想い人までナンパすると思ってるのか」

 優大が視線で抗議すると、日和はゆっくりと目を逸らした。もはや肯定と同義。

 これには優大も「心外だ」と不満げに口を尖らせる。

「おいおい、日和は友達をなんだと思ってるんだ」

「君は可愛い子に目がないから」

「いくらなんでも友達の想い人にまで手は出さないっての。まあ、知らずに手を出すことはあるかもしれないけどな!」

「はぁ……」

 なぜ自分は優大と友達なんてやっているのだろうか。

 日和は今一度、自分の交友関係について見直すべきかと検討を始める。

「そうだ! よかったらこの俺が恋のキューピッドをやってやろうか?」

「……まったく……必要ないよ。僕は僕のペースで行きたいんだ」

 悪気のない優大の顔を見て、日和は「仕方ない」と検討をやめ、もう少しだけ友達でいてあげることにした。

 優大は今も昔も変わらず、軽薄で軟派だが、これでも友達思いな男。どうしようもない男ではあるが、憎めない男なのである。

「にしても、スポーツ組の人間か。意外だな」

 優大は幼馴染に対して”軟弱”という評価をしている。ひどい評価ではあるものの当の本人でさえ、「いぐざくとりー」と覚えたての英単語を使うくらいには自覚があった。

 そんな日和が軟弱という言葉が持つイメージとは正反対の”屈強”とか、”熱血”とか。そのようなイメージが持たれるスポーツ組の人間に熱を上げるとは意外も意外。

「日和は図書室とかで、厳かに本を読むような……そういう文学少女が好みのタイプだと思ってた」

 たとえば――”織笠 時雨”。

「むむ」

 優大は脳裏によぎった仏頂面な少女の顔を思い出し、頭の中から追いやるように首を横に振った。

 日和が誰を好きになろうが勝手だが、友達として時雨と付き合おうとするのは止めたいところ。

 その先に奈落があると分かっていて、友達の背中を押すバカがどこにいようか。

「まあでも、日和は引っ込み思案なところがあるからな。前を歩いて、引っ張ってくれるようなタイプとは相性がいいかもしれねぇな」

 ――俺みたいにな!

 などと調子に乗っている優大に対し、日和は「はいはい、そうですね」と手慣れたようすで返す。優大のあしらい方を彼は心得ていた。

 と、そんな時だった。

「きゃぁ!?」

 女性の悲鳴。

「邪魔だどけ!」

 続いて、通行人を押し退けてコンビニ前の道路を駆けていく黒づくめの男。

「ひったくりよぉ!!」

 女性の叫び声に、優大たち含めその場にいた人たちが反射的に走り去る男に目を向ける。

「野郎……! マダムになんてことを! 許せん! ちょっとこれ持っててくれ!」

 優大は自分の手荷物を友達に投げ渡し、逃げるひったくり犯を追走。遅れて後ろから、「僕も!」と日和が追いかける意思を見せる。が、優大は少しだけ背後を振り返り、「足手まといだ!」とだけ言って、日和を置いていく。

 疾走――。

 場所は住宅街。学校帰りの学生や買い物帰りの主婦が、ちらほらと通る時間。

 ひったくり犯はちらっと優大を目視すると、右に左にくねくね道を曲がり、優大を撒こうと試みる。

 しかし、その試みは失敗に終わる。それどころか、曲がる度にスピードが落ちて優大との距離が縮まっている。

 男の走る速度は決して遅くないし、体力もある。だが、単純に優大が男よりも速く、そのうえ体力もあるというだけの話。

 優大はモテるために普段から体を鍛えている。その甲斐あって、逃げるひったくり犯を追いかけるなど造作もないことであった。

 なにより今の優大は怒れる獅子。普段よりもパフォーマンスが数割増しとなっている。その理由は――。

「可愛い子ちゃん相手にひったくりとは許せん!」

 ひったくり犯の標的となったのは、足腰の弱い年老いたおばあさんだった。優大から見たら、ひと回りもふた回りも年上の女性であるため、残念ながら守備範囲内ではない。

 が、それはそれとして女性はみな可愛い子ちゃんを掲げる優大にとって、守備範囲外だろうが可愛い子ちゃんは可愛い子ちゃん。

 マダムに狼藉を働いたひったくり犯は万死に値する。

 ひったくり犯はこのままでは追いつかれると考え、その場で立ち止まって反転。優大もようす見のため、立ち止まってひったくり犯の出方を窺う。

「観念したか? それなら大人しくお縄につけ。この狼藉者め」

 まずは離れて降伏を促す。不用意に近づいたりなどしない。追い詰められた獣がなにをするか分からないものだ。

 実際、ひったくり犯はおばあちゃんから奪った鞄を片手に、空いた手は懐に仕舞われている。

 次の瞬間、ひったくり犯は懐から手を出す。その手には、白く煌めく刃が1本――果物ナイフだ。

「っ!」

 さすがにこれはまずい。

 体を鍛えているが鍛えているだけ。

 所詮は一般人に毛が生えた程度の身体能力。

 ナイフを持った相手を制圧できるような格闘術など、優大は持ち合わせていない。

「おいおい……」

 優大の頬に汗がひと筋流れる。

 ――ニヤリ。

 ひったくり犯は、優大に対抗する武器がないことを察し、嗜虐的な笑みを浮かべる。

 周囲の通行人はナイフを持った男を見て戦々恐々。逃げ出す者もいれば、警察に連絡しようとする者、スマホで撮影する野次馬まで。

 そんな中、数秒の静寂が訪れる。

「っ!」

 静寂を破ったのはひったくり犯。

 声にならない気合いと共に、ナイフで優大を切りつける。

 完全に素人の優大にナイフを防ぐ術はない。

 一般人が通常、ナイフで切りつけられることなどない。ナイフで切られた痛みとは、一体どのようなものか、切られた部位によって痛みは変わるのか。それはどのような痛みなのか。

 痛みを想像する。

 それだけで人は痛みから逃れようと、反射的に身を守る行動をとる。

 それは優大も例外ではない。

「!」

 優大は顔を守るように両腕で顔を覆い、ナイフによる痛みに備える。

 ――え?

 しかし、予想されていたナイフによる痛みは優大を襲わなかった。

 優大は目を見開く。

 自分が見ている光景を疑う。

「な、なんだお前!?」

「うん。すまない。ナイフで人を切りつけようとするのは、よくないことだと思うから止めさせてもらったよ」

 驚愕しているひったくり犯。その腕を掴んでいるのは、優大と同い年くらいの少女であった。

 夕日に煌めく金の髪。癖毛なのか、ところどころ跳ねているそれをひとつに束ねている。

 健康的な褐色の肌。服の上からでも分かるほど鍛え抜かれた屈強な肉体美。腹筋なんて、ばきばきに割れている。

 勝気に微笑を浮かべる彼女は、ひったくり犯を掴む手に力を入れる。すると、ひったくり犯は悶えるような小さな悲鳴をあげ、その手に持っていたナイフを落とす。

「うん。あなたは、子どもに手を出した悪い男だけど、加減はするよ。裁きを与えるのは、私の役目じゃないからね」

 彼女はそう呟くや否や、目にも止まらぬ速さでひったくり犯の背後に回り――。

「動かないほうがいい。関節が外れてしまうからね」

 意図も容易く、ひったくり犯を組み伏せてしまった。

「お、おいおい」

 これには優大もびっくりして、褐色の彼女に目を向ける。

「あ」

 刹那、今までのこととか全部どうでもよくなった。もはや優大の目には、褐色の彼女しか映らない。

「やあ、そこの男の子。怪我はなかったかな?」

「ああ、君のおかげでね」

 前髪ふぁさ~。

 優大は褐色の彼女の前でかっこつける。

「そうか、それはなにより」

「そんなことより可愛い子ちゃん!」

「え? 可愛い子ちゃんとは、私のことかな……?」

「その通り。それで、どうだろう? 助けてくれたお礼に、今から俺と一緒においしい水素水でもどうかな?」

 優大は最大限にかっこつけて、ナンパで使う常套句を使う。

「え?」

 当然、褐色の彼女は困惑した。

 自分の下にはひったくり犯。

 周囲には何事かと集まってきた野次馬たち。

 その状況で、自分が助けた男の子からの突然のナンパ。

「???」

 褐色の彼女の思考が止まるのも無理はない。

 完全なる非常識。

「どうかな? 可愛い子ちゃん」

 さっきまでナイフを持ったひったくり犯に怯えていた癖にこの男、平常運転である。

 バサバサッ。

 ふと、なにか荷物を落とす音が聞こえる。

 優大が反射で音のした方に振り向くと、そこには日和が呆然と立ち尽くしていた。足元には優大が渡した荷物が散らばっている。

 どうやらあれから優大の後を追って、ここまで来てくれたらしい。

 それはそうと人の荷物を地面にばらまくとは何事か。

 優大は文句のひと言でも言ってやろうと口を開きかけて――。

「おや? 高原くんじゃないか。こんなところで会うとは、奇遇だね」

 褐色の彼女が日和に話しかけた。それも親しげに。

「え? 知り合い……?」

 日和のこんな可愛い子ちゃんの知り合いがいるとは。またジャイアントキリングでもしたのだろうか。

 などと優大が考えていると、日和は「き、奇遇だね……!」とどこか緊張した面持ちで返す。

 それを見た優大は首を傾げる。

 たしかに日和は女性に苦手意識を持っている。だから、女性と話す時に緊張することはよくあることだ。しかし、今のは普段の緊張とは違っているように思えた。

 恐怖や苦手意識から来る緊張とは違う。

 どちらかといえば、相手に悪く見られていないか心配……みたいな。

 そういう類の不安から来る緊張。

「お?」

 優大はここで先ほどコンビニの駐車場で、日和と話していたことを思い出す。

 ――もしかして日和の想い人だったり?

「しかし、すまない。今、少し立て込んでいてね。よかったら、警察を呼んでもらえないかい?」

「わ、分かった……! 任せて……!」

 日和が慌ててスマホを取り出そうとしたところ、優大は「やれやれ」と日和のスマホを横から奪い取る。

「ゆ、優大なにを……」

「俺が警察を呼んでおくから。お前は、彼女とお喋りでもしてこいよ」

「え……?」

「好きなんだろ? 彼女のこと」

 最後は小声。褐色の彼女には聞こえないように。

「!?」

 優大の想像通り、日和の想い人は褐色の彼女だったようだ。日和の反応は、それだけ分かりやすい。

「おや? 高原くんは、彼と知り合いなのかな?」

「え、あ、うん。僕の友達……」

「そうか。すまないが……あとで伝えてもらえないかな?」

「え? 優大に……? なにを?」

「先ほど彼からナンパされたんだが……お誘いは嬉しいが、丁重に事らわせてもらうと伝えてほしい」

「……」

 日和の物言わぬ視線が、優大の背中に突き刺さる。

「だらだら」

 ナイフを持ったひったくり犯と対峙した時でさえ、これほどの冷や汗は流さなかった。

 プルルルルルッ――。

 優大はスマホ片手にコンビニの駐車場での会話を再び思い出す。

 友達の想い人にはナンパしないと言ったにも関わらず、舌の根が乾かぬうちにナンパをしていた。

 プルルッ――ガチャ。

「はい、こちら警察です。なにかお困りですか?」

 電話が繋がる。

 優大は佇まいを正し、電話口に向かってこう言った。

「友達の好きな人にナンパしてしまいました」

 気分は自首する強盗犯。

 さすがの優大も友達の想い人にちょっかいをかけてしまったことを深く反省していた。

 とはいえ、こんなことを突然言われても警察としては意味が分からないわけで――。

「はい?」

 と、聞き返されるのも当然だろう。

 その後、優大は妹と弟の晩飯を作らなければならないということで、警察への事情説明を幼馴染に丸投げ――というか、気まずくて一緒にいられなかったのでその場から逃走――して、優大は帰宅した。

◆ ◆ ◆

 さて、時は優大が家族のため買い物に出かけた後に戻る。

 優大は必要な材料を揃えると速やかに帰宅し、お腹を空かせた弟と妹のために調理を開始。

 手慣れたフライパン捌きで、あっという間にふわふわオムライスが完成。さらにシャキシャキとした新鮮な野菜のサラダも出来上がる。

「んじゃ、いただきます」

「いただきまーす!」

「……いただきます」

 3人は食卓を囲み、行儀よく食べ始める。

「「「もぐもぐもぐ」」」

 内木家の食事風景は慎ましい。

「……」

 優大は広大の分を作るついでに作った自分のオムライスを食べながら、先ほどのひったくり事件のことを振り返る。

 ――あれが日和の好きな人か。

 ナイフを持った男を相手に真正面から挑むとは、なかなかワイルドな女の子らしい。

 ジャイアントキリングなんてあだ名をつけられるほど、誰もが羨む美少女たちから好かれるのに、女性や恋愛に苦手意識を持つ可哀想な幼馴染。まさに宝の持ち腐れ。

 そんな友人に春が訪れたというのだから、こんなにめでたいことはない。

「そうだ、広大。アイス買っておいたから食べていいぞ」

「わ~い!」

 ぴくりと奈々子がアイスに反応。優大はすかさず「奈々子の分もあるぞ」と好感度稼ぎに勤しむ。

「はぁ……? 太るじゃん」

 奈々子は憎々しげに優大を睨みつける。好感度稼ぎ失敗――と、優大は肩を落とす。

 しかし、奈々子は夕食のサラダを片付けると、お皿を片付けるついでに冷蔵庫からアイスを1つ持ち去り、何食わぬ顔で2階の自室へ戻っていく。

「いやまあ、たしかに食べないとは言ってないわな」

 優大は肩を竦め、3人分の洗い物を片付ける。

「でも、お兄ちゃんがアイス買ってくれるなんて珍しいねー」

 広大はそのアイスを食べながら、食器をふきふきする優大に疑問を投げかける。

「お兄ちゃん、いつもは虫歯になるから我慢しなさいって言うのに」

「んーまあ、ちょっといいことがあったからな。お祝い的な感じ」

「そうなんだ~」

 もちろん、お祝いというのは日和のことである。

 友人として、ぜひともこの恋を応援してやりたい所存。

 とはいえ――。

「明日、許してもらえるだろうか」

 友達の好きな人をナンパしてしまった罪は重い。

「お兄ちゃん、お祝いなのに暗い顔だね?」

「大人はいろいろあるんだ……弟よ」

「???」

 優大は明日のことを思うと、とても憂鬱な気分になるのだった。

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