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俺がハーレムを全力で阻止する! 第3話

作:青春詭弁

 翌日。

「うつうつ」

「お兄ちゃんがうつうつが言いながらうつうつしてる~」

「きっも」

 朝から弟に「遊んで遊んで」と絡まれ、妹からは罵倒される。

 が、そんなことがどうでもよくなるくらいに、昨日の出来事が頭の中を行ったり来たり。

 さて、幼馴染とどう顔を合わせたらいいか。いっそのこと学校を休みたい気分だが、そういうわけにもいかない。

 それは内木 優大のポリシーに反する。

「しゃーない」

 家の中でぐだぐだしていても仕方ない。時間は有限。

 こうなったら当たって砕けろだ。

 優大はそうやって己を鼓舞し、えっちらおっちら重い足取りで通学路を歩く。すると、道の先で見覚えのある人物が見えてくる。

「うわっ」

 高原 日和である。今日は彼が先に、いつも待ち合わせに使っている横断歩道で優大を待っていた。

「気まずい」

 ここで優大に選択肢が用意される。

 1、陽気な調子で「ごめんチャイナ!」と謝罪する。

 2、軽いノリで「すみまて~ん」と謝罪する。

 3、普通に謝る。

 優大がどれでいくか、その場に立ち止まって思案していると、日和に誰かが声をかけたのが見えた。

 よく見てみると、いやよく見なくてもその声をかけた人物が誰か一瞬で分かった。いっそ視覚情報がなかったとしても分かるだろう。それだけ、その人物は特徴的だった。

 なにせ離れていてもはっきり聞こえるほどの声量で、「おーほっほっほ!」という高笑いが聞こえたから。

 こんな特徴的な笑い方をする銀髪ツインドリルなど、清心高校には1人しかいない。というかいてたまるか、そんな濃い女子高生が。

 ――アルメリア・ロイヤルハート。

 朝からまた面倒なのに絡まれたなと、優大は溜息を吐く。

 見た目だけならトップオブ可愛い子ちゃんであるメリアであるが、優大の心はまったく揺れ動かない。つまり、優大的に性格が受け入れられないタイプなのだ。

 老若男女問わず”女の子”であれば、ノリと勢いで受け入れることができる守備範囲の広い優大だが、性格の悪い女の子だけは無理。ナンパする気も起きない。

 アルメリア・ロイヤルハートとは、優大にとってそういう人物なのである。

「今日もまた朝から元気だな。離れてても、お前の耳障りな笑い声が聞こえてきたぜ」

 だから、自然とメリアに声をかける優大の声には棘が含まれる。

「あら、誰かと思ったら……いつもヒヨリと一緒にいる腰巾着じゃありませんか~」

 メリアは自分と日和の時間を邪魔された上、その相手が優大であることに不快感を覚える。こちらもまた刺々しい声音で、優大に向かって侮蔑の視線を含んだ笑みを向けた。

 ばちばち。

 両者の間に火花が散る。

 日和はその光景を見て、あわあわしている。

「あわあわ」

 口でも言っていた。

「腰巾着って意味が分かってないみたいだな、お嬢様? 日本語のお勉強がまだまだなんじゃないか?」

「そういう日本人の大半も、ちゃんと日本語が使いこなせていないでしょう? それとも、あなたは完璧なのかしら~? 人の揚げ足ばかり取って、自分はできないだなんて……まさかそんな恥ずかしいことありませんわよね~?」

 まさに売り言葉に買い言葉。しかし、まだまだ序の口。ここからエスカレートしていくのは目に見えている。

「「……」」

 交わる優大とメリアの視線。あわあわとしている日和。何事かと視線を向ける通行人。

 やがてメリアは「ふんっ」と鼻を鳴らし、そっぽ向く。

「しらけましたわ。ほんっとうに……いつもいつも邪魔をしてくれますわね……いい加減目障りですわ」

「おーおーそりゃあなによりだ。これからも邪魔していくから、そのつもりでな」

「ちっ……いいですわ。いつかあなたのこと本気で潰してあげますわ。覚悟しておきなさい」

 メリアは捨て台詞のように吐き捨て、そのまま1人で横断歩道を渡っていく。

 残された日和と優大は、信号が赤に変わったタイミングで「はぁぁぁあぁ」と同時にくそでか溜息を吐いた。

「優大……いつもありがとう」

「お安い御用だ」

「今日のメリアさん、いつも以上にしつこくて……なかなか断れなくて……優大が来なかったら……僕……」

「……よかった」

「え?」

「いや、昨日のことがあったから正直気まずくてさ。今日、会ったら最初になんて言おうか3つくらい選択肢を考えて……2つめを選んだ」

「どういう選択肢なの?」

「軽いノリで『すみまて~ん』って謝る」

「よかったー。その調子で来てたら、僕でも手が出てたところだよ」

「やっぱダメか」

「うん。なんで『すみません』じゃなくて『すみまてん』なんだ! 桁が2つもランクダウンしてるじゃないか! って怒るところだったよ」

「怒るところそこ? 『すまん』とかだったら許されてたんか……?」

「まあ、それはそれとして昨日のことは忘れてないけどね」

 死刑宣告。やっぱりダメだった。

 優大は諦めて、「すまん」と大人しく頭を下げる。

「普通に知らなくてさ。んで、目の前に可愛い子ちゃんがいたからつい……お前の好きな人を横から掻っ攫おうとしたわけじゃない。そういうつもりはなかった。不快にさせたなら謝る。だから、すまん」

「……」

 沈黙すること数秒。

 日和は「はぁ」と溜息をひとつ。

「分かってるよ。わざとじゃないってことは。優大はどうしようもないところもあるけど、友達思いなのは長年付き合ってきた僕が、よく知ってるからね」

「……日和」

「むしろ、僕のほうこそごめん。ただ、ちょっとやきもちを焼いてしまっただけなんだ。本当は君が、そんなつもりがないことくらい分かってたんだよ。だから、ごめん」

「なら、これでおあいこってことで……仲直りだな」

「うん。そうだね」

 信号が青に変わる。2人は並んで横断歩道を渡る。

「あの後、大丈夫だったか?」

「うん。いろいろ事情聴取はされたけど、特に何事もなかったよ」

「そうか。えっと、お前の想い人は? 怪我とかしてないのか?」

「うん。大丈夫だよ。彼女、すっごく強いからね」

「あー……たしかに。俺でもナイフを持った相手にビビってたのに、すげぇよな。そんな相手の前に立って、平然と受け止めちゃうなんて」

「それもそのはずだよ。なんたって、彼女は空手のスポーツ特待生だからね。すっごく強いんだ」

 得意げな顔で、好きな人について語る日和。優大はそれを微笑ましいと思いながら、「お前が得意げに言うことか」と日和を肘で小突く。

 日和は「あはは」と少しはにかんだ表情を見せ、頬を搔きながら続ける。

「そういえば彼女、優大のこと褒めてたよ」

「うん? 俺を?」

「実は彼女もひったくりの現場にいたんだって。被害者の女性の叫び声を聞いてすぐにひったくり犯を追ったんだけど、動き出したのは優大のほうが速かったらしいよ?」

「へぇ……」

 つまりあの時、ひったくり犯を追う優大の後ろから褐色の少女も追ってきていたことになる。

 ――まったく気づかなかった。

 ひったくり犯を追うのに集中していたのだから、後ろを気にする余裕などない。当たり前といえば当たり前だ。

「じゃあ、ひったくり犯がナイフを出した時、たまたまあの場にいたわけじゃなかったのか」

 もし、あの場に彼女がいなければ優大は今頃病院にいたかもしれない。

「となると、彼女は俺の恩人だな。日和の想い人でもあるわけだし、名前を知りたいな」

「そういえば、まだ教えてなかったっけ」

「なんか聞きそびれてたよな」

「そうだね。彼女の名前は、轟 琥珀(とどろき こはく)さんだよ」

 ――轟 琥珀。

 なるほどいい響きだと、優大は頷く。

「日和」

「うん?」

「幼馴染として、お前の恋を応援してるからな」

「……ありがとう、優大」

「おう。なにか力になれることがあれば、なんでも言ってくれ。可愛い子ちゃんの口説き方ならこの俺に任せろ!」

「あ、それは大丈夫」

「……」

 幼馴染からの冷めた視線。

 優大は自分への信用の低さを今更ながら実感した。

 2人はそのまま通学路を歩き続け、清心高校の校門に差し掛かる。

 ぴたり。

 優大と日和の足が校門の前で止まる。あと1歩踏み出せば、そこはもう学校の敷地だというのに。2人は前に進めない。

 その理由は校門の前にいる女子生徒だ。

「……」

 行き交う生徒たちの中に紛れる異質な生徒。他の生徒とは明らかに違う。黙ってそこに立っているだけで目を引く存在。

 なぜなら彼女は雨も降っていないというのに傘を差しているから。

 その”赤い傘”の持ち主は、日和に気づくと伏していた顔をあげ、優大に気づくとあからさまに”彼のみ”を視界から外した。

「……」

 吸い込まれるような黒い瞳に日和はじっと見つめられ、「うっ」と耐えかね後ずさる。そして、日和は絞り出すように「や、やあ」と口を開く。

「お、おはよう。織笠さん」

 傘の似合う女――織笠 時雨は、日和からの朝の挨拶に大変ご満悦なようすで、こくりと頷く。

「おはよう……高原くん」

 決して大きくない声量。

 周囲の生徒たちが奏でる喧噪で掻き消されてしまわないか心配になるほどに。

 だが、なぜかはっきりと耳に残る。

 そんな時雨の声音を聞いて、優大は今朝から数えてもう何度目かの溜息を吐く。

「おいおい、さっき厄介なお嬢様の相手をしたばっかりだってのに、学校一の才女様の相手もしなくちゃならんのか……?」

 ――勘弁してくれ。

 優大が心の中でそう願ったところで、相手は待ってくれない。

「高原くん。途中まで一緒にいきましょうか」

 ラウンド2開始である。

「お前、教室違うだろ」

 すかさず優大が日和を守るべく割り込む。

「……いたのね」

「ずっと日和の隣いただろうがよ」

「存在を認識できなかったわ。あなたに存在価値がないからかしら。あなた、先に行っていいわよ。邪魔だから」

 切れ味鋭い一閃。しかし、ここで激昂しては相手の思う壺。

 優大はぴくぴくと眉尻を痙攣させて、苛立ちを露わにしつつも努めて冷静に対処する。

「俺は日和と同じ3組だ。同じ組なんだから、一緒に登校するのは自然だろ? 日和だって、俺と一緒に教室まで行きたいよな?」

「え? う、うん。そうだね」

 ここでの日和は優大の味方。優大はその優位を活かして攻勢に出る。

「ほら、日和だってこう言ってるぜ? 邪魔者はそっちなんだよ。分かったらどっかいけ。しっしっ」

「仕方ないわね。あなたの同行を許可してあげるわ」

「なんでお前も一緒に来る気まんまんなんだよ。さっきの日和の言葉を聞いてなかったのか? お前とは行きたくねぇってよ」

「彼、そんなことひと言も言ってないわ。耳が腐っているんじゃないかしら」

 しまった。

 優大は調子に乗って攻めすぎた。その結果、時雨に付け入る隙を与えることになる。

「彼はひと言も、私と一緒に教室まで行きたくないなんて言ってないわ。あなたと行きたいとは言ったけれど、私が同行することに関してはなにも言っていない」

「そ、それは」

「あなたの言い分であれば、本人がいいならいいということでしょう? なら、高原くんに直接確認してみましょう」

「あ」

 優大はここで己のミスに気づいたが、時すでに遅し。

「どうかしら、高原くん。途中まで一緒にいいかしら?」

「ええっと……まあ、途中までなら……?」

 高原 日和は押しに弱い。そもそも、強ければ優大がわざわざ守ってやる必要もないわけで……。

「ということで、途中までよろしく」

 結局、優大は時雨に敗北。

 日和は「あはは……」と困ったような笑みを浮かべ、優大は「ぐぬぬ」と憎々しげに時雨を睨みつける。

 時雨が相手になるといつもこうなる。

 相手が悪い。

 感情的で分かりやすいアルメリア・ロイヤルハートが相手なら、ただの言葉の暴力の応酬になるだけ。先に根をあげたほうが負け。ただ殴り勝てばそれでいい。

 それに対して、時雨は徹底的な理論武装タイプ。相手の論の隙をついて、的確に切り崩してくる。

 以前、感情的になって「ダメったらダメ!」と相手の土俵で戦わず、自分の土俵に降りてくるよう仕向けたところ、むしろコテンパンにされたことを優大は思い出す。

 時雨はそもそも言葉の切れ味が、妹の奈々子よりも鋭く凶悪。人の自尊心とか、プライドとか、そういうのを容易く切り裂いてくる。

 そして激昂したが最後 ――トドメの一撃を刺され、身ぐるみ剥がされるというオチ。

 1度、それを経験しているからこそ、優大はここまできたら時雨に勝てないことを体で理解していた。

 いつもならここで諦めて「仕方ねぇなぁ」と、3人で仲良く教室まで登校するところだが――今は状況が違う。

 それは日和のこと。

 ――日和の恋を応援する。

 そう決めたからには、メリアや時雨のような邪魔者に付き合っている暇などない。

 過去のトラウマを乗り越えて、女性への苦手意識、恋愛への苦手意識、それらを克服して前に進もうとする友人の恋を邪魔させるわけにはいかない。

 なによりつい昨日やらかしたばかり。汚名返上のためにも、今日の優大は負けるわけにはいかなかった。

「仕方ねぇなぁ」

 優大のこの台詞を敗北宣言と思った時雨は、黙って日和のそばに立とうと――。

「日和に好きなやつができた」

 優大が時雨の耳元で小さく囁く。

 それだけで時雨の足が止まり、あの能面のように表情が動かない時雨の目が限界まで開かれる。

「だから、もうこいつのことは諦めろ」

 つまり、そういうこと。

 日和には心に決めた女性がいるから、もうお前に勝ち目はない。だから、もう関わってくるな。

 優大は言外にそう伝える。

 頭のいい時雨には、優大の言わんとすることがはっきり伝わり、わずかに傘を握る手に力が入る。

 優大は彼女のそんな心の機微に気づき、「なんだ人間らしい感情もあるんだな」と内心で意外に思う。

 しばらくして時雨は「気が変わったわ」と、くるりと踵を返す。

「やっぱり、教室へは1人で行くことにするわ」

 切り札による逆転勝利。

 時雨は自らの敗北を認めた。

 これには日和も「ほっ」と安堵する。

 が、優大としては彼女の反応が気になった。というのも、ずっと日和に固執してきた割に、あっさりしすぎていると思ったからである。

 ――いやな予感がする。

 そして優大のそのいやな予感は的中することになる。

◆ ◆ ◆

 波乱となった朝が終わり――昼休み。

「おい、日和。轟さんのこと誘って、一緒にお昼食べてこいよ」

 優大はいつも通り、人畜無害な顔で「お昼食べよ~」と近づいてきた親友にそう言った。

「む」

 日和はそれを受けて、茶化されていると感じた。

 好きなんだろ~? 告白してこいよ~うりうり~。

 みたいな。

 そういう学生にありがちな軽いノリ。

 真面目に轟 琥珀を恋愛対象として意識している日和的に、他人の悦楽のために自分の恋愛がエンタメとして消化されるのは、あまり面白くないことだった。

「優大」

 ゆえに、温厚な日和であっても、無意識に棘のある声で優大の名前を呼んだ。

 優大は日和を怒らせたと思い、「違う違う」と弁明のため口を開く。

「別に茶化そうとか、そういうことは考えてないっての」

「ほんと~?」

 親友からの信頼のなさ。日頃の行いゆえか。あまり反省をしない優大も、少し己の行動を改めるべきかと検討することを検討する。

 つまり、考えるだけ。実際に省みることはない。彼はそういう男だ。

「日和。俺は純粋に、親友の恋を応援したいだけだぜ? 他意はない。それに、日和にとっては初めて”自分から行く恋”だろ? アドバイザーとして、俺ほどの適任者はいないと思わないか?」

「む……」

 日和は顎に手を当てて一考。

 優大の言うことも一理ある。ジャイアントキリングの異名を持つ日和は、女の子に迫られることはあっても、自分から女の子にアタックを仕掛けたことなど皆無。

 ナンパされることはあっても、ナンパしたことはない。

 その点、優大は経験豊富だ。

 道行く可愛い子ちゃんを見つけてはナンパをして振られる。日和の身近な人物の中では、これ以上ないほどのアドバイザー。

 と、日和はここまで考えてある事実に気づく。

「……でも、優大って別にナンパ成功してないしなぁ」

 そうなのである。

 たしかに女の子にアタックするという経験値はある。だが、この内木 優大という男は絶望的なまでに成功体験がなかった。

 野球なら打率0.00。

 そんな男からバットの振り方など教わったところで信用などできるはずもない。

「ぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさ」

 日和の言葉は優大の心にクリティカルヒット。

「メンタルをめった刺しにしてしまった。とても責任を感じる」

 日和も自分の言葉のナイフが、優大を深く傷つけたことに思い至り深く反省する。

「まあ……あれだよ。優大もいつか素敵な子が見つかると思うよ! 優大のことを好きになってくれるような……素敵な子が……うーん……」

「おい、そこで止まるなよ! いるだろ! 世界のどこかに1人くらいはさ!」

「世界のどこかにって……目標が低いんだね……」

 閑話休題。

「俺の話はいいんだよ。今は日和の話だろ?」

「でも、急にお昼に誘うって……おかしく思われないかなぁ?」

「バカめ。てめぇは昨日、轟さんとちょうどよく事件に巻き込まれただろ? あれを口実にして、『ちょっと話せるかな? ふぁさ~』って声をかければいいんだよ」

「最後にふぁさ~ってなに?」

「前髪をふぁさ~ってするんだよ」

「それ優大がよく女の子の前でやるけど意味あるの?」

「かっこつけだ」

「……」

「なんだよ」

 日和は友人として、あくまでも善意で「それダサいからやめたほうがいいと思う」と言いかけた。

 が、価値観は人それぞれ。

 優大がそれを”かっこいい”と思っているのなら、それでいいのではないだろうか。

 サンタクロースがいると信じる子どもの夢をわざわざ壊す大人がいないように。

 日和は友人の夢を壊さない選択をした。

 そもそも、日和の価値観のほうが間違っている可能性だってあるのだ。自分で”前髪ふぁさ~”など、決してやることはないが、友人の価値観を否定するのは間違っている。

 日和はそう結論付けて言葉を呑み込んだ。

「でも、昨日のことを口実にしてお昼に誘う……か。それなら自然に誘える……のかな?」

「バカめ」

「え、また?」

「どう足掻いても不自然になるのは避けられないもんだ。だって、そうだろ? 今までやってなかったことをするんだ。どうしたって不自然にもなる」

 もっともらしい御託を並べても、恋愛対象として相手に狙いを定めて行動する以上、不自然さは出てしまうもの。

「恋愛ってのはその不自然を利用するもんなんだ」

「利用?」

 首を傾げる日和に、優大が得意げに説明する。

「たとえば、いつもてめぇに絡んでくるアルメリア・ロイヤルハート。あいつが、突然ぱったり日和の前に現れなくなったら?」

「え? うーん……心配になるかな。風邪でも引いたのかなって」

「ようはそういうことだ。お前にとって、あのお嬢様は恋愛対象でもなんでもない。極論、どうでもいいやつだ。けど、そんなやつでも急にいなくなれば気になるだろ? だって、あんなに好き好きアピールしてたやつが、突然それをやめるんだ。これが不自然」

 ”不自然”を利用して相手の気を引く。

 押してダメなら引いてみろ。

 つまりはそういうこと。

「日和が昼飯に誘えば、間違いなくなにかそこに思惑があると勘ぐられると思う。が、ここで変に自分の気持ちを隠そうとするな」

「え? 僕の好意をあえてさらけ出すってこと?」

「てめぇは下手に恋愛の駆け引きとかするより、まっすぐぶつかったほうがいい。もちろん、いきなり告白なんて真似は愚の骨頂だがな」

「ふむぅ……」

「日和のいいところは素直で、飾り気がないところなんだ。てめぇはそのままが1番だと俺は思う」

 優大が素直に日和を褒めたことで、日和は冗談や茶化しているのではないと悟り、少し照れたように自身の長い前髪をいじる。

「まあ、そんなわけでだ。さっさと轟さんのところ行ってこい」

「で、でも急にそんな……もう誰かと約束してるかもだし……」

「そん時はそん時で帰ってくればいいだろ。失敗したって、そこで終わりってわけじゃないんだ。今のてめぇは、やらない理由を探しているみたいに見えるぜ。今は失敗を恐れず、当たって砕けることのほうが大事だ。成功したら儲けもん……くらいに思っておけ」

 優大の言葉に日和はしばらく悩んだ後、躊躇いながらも頷く。

「……分かったよ。たしかに優大の言う通りだ。僕は、やらない理由……できない理由ばかり探していた。ありがとう……このままだったらなんの進展も得られないところだったよ」

「分かったから、もう行け。昼休みは短いんだからな」

「う、うん! 僕行ってくる!」

「いってらー」

 意を決して、お弁当片手に3組の教室を出ていく日和。

 優大は「さて」と立ち上がり――。

「ステルスミッション……スタートだぜ」

 そう呟いて、スマホ片手に3組の教室を出ていく優大。

 この男、先ほどは友人の恋を茶化すつもりなど毛頭ない――みたいな顔をしていたが、実際は違う。

「くっくっく。恋愛に後ろ向きだった日和の初めての恋愛だぜ……? 写真とか動画とか撮りまくって、あとで散々からかうに決まってるだろ?」

 もうお分かりの通り、この男はこういう男なのである。

◆ ◆ ◆

「んーーーー」

 優大はスマホの画面を見つめる。

 画面に映っているのは、清心高校の中庭の風景である。

 四方を校舎が囲み、中央には立派な桜の木、そしてベンチがいくつか並んで設置されている。

 そのベンチのひとつに2人の男女が座っている。

「ナイフを持った男の人相手に物怖じしない轟さん、すごくかっこよかったよ」

「そうかな? 高原くんでもできたと思うよ?」

「いやいやいやいやいや」

 片方は日和で、その隣に座っているのは轟 琥珀。日和の想い人である。

 うまいこと琥珀が昼食をすませる前に、日和は琥珀を昼食に誘い出すことに成功したらしい。

 優大は中庭へ移動する2人の後追い、現在は中庭にある茂みに隠れてこそこそと盗撮をしていた。

 その理由は当然、あとで親友の日和をからかうためである。

 そんなことを知ってか知らずか、日和と琥珀は穏やかに会話を続ける。

「轟さんのお昼はそれだけなの?」

「うん、そうだね」

 琥珀の昼食はサラダチキンとプロテインのみという質素な内容だった。実は先ほどからずっと「しゃかしゃかしゃか」とプロテインと水を混ぜた容器を上下に振っていた。

「お腹空かない?」

「うん、今は減量中でね」

「そうなんだ……頑張ってるんだね、空手」

「うん。それでこの学校に通わせてもらっているわけだしね。期待されている分、それに応えないと」

 轟 琥珀という人物は、空手に対してストイックであり、真面目でまっすぐな生徒らしい。

 優大は盗撮しながら、ぼんやりとそんなことを考える。

「しっかし、当たり障りのない会話だなぁ。もっとガッといけよな……日和の野郎」

 とはいえ、これもまた日和のよさではあることを理解している優大は、ここで余計な茶々を入れることは控えた。

 それはそれとして、画的に面白くないことも事実。

 これではからかう材料として弱い。

 もっと好きな人を前にして慌てふためき、赤面する親友の姿をカメラに収めたかった――日和をからって反応を楽しむために。

 が、これでは自分の望む展開にはならないだろう。

 優大はつまらなさそうに溜息を吐く。

 と、ここで優大の近くで、がさがさと音がする。優大は反射的に音のした方向にカメラと一緒に振り向く。

「は?」

 思わず優大は間の抜けた声を出してしまった。

 それもそのはず。

 一部始終を収めていたカメラが捉えたのは、信じがたい映像だった。

 すべてを呑み込んでしまうブラックホールのような目をした少女が、葉っぱの付いた小枝2本を両手それぞれに装備し、茂みの中にちょこんとしゃがんで隠れている。

 はたして、それで隠れているつもりなのか。

 少女は茂みの中から日和のことを色のない目でじっと見つめている。

 やっていることはアホそのもの。しかし、その目は真剣そのもの。一体少女はどこの誰かと思えば、驚いたことに優大がよく知る人物だった。

 というか、織笠 時雨だった。

「ご――」

 驚愕。

 予想外も予想外。

 絶対に壊れない盾が壊れてしまったみたいな。

 そんな衝撃が優大の中を駆け巡り、声にならない絶叫が喉を震わせる。

「ひょっこり」

 今の時雨を形容するなら鹿だ。

 葉っぱの付いた小枝で角を作り、茂みにしゃがむその姿は、小動物のようで愛らしくも見える。

 織笠 時雨という少女の実体を知らなければ――の話だが。

 普段の時雨のことを知っている優大からすると、このような滑稽な姿をしている時雨など想像できない。

 想像できない姿が今、優大の目の前に広がっているという現実。

 現実は小説よりも奇なり……などという言葉があるが、奇怪にもほどがある。

 ゆえに、優大が数秒ほどフリーズしてしまうのも無理からぬこと。

「てめぇ……なにしてんだ?」

 フリーズから再起動した優大は、すぐ隣で日和たちのことを見ている時雨に戸惑いながらも訊ねる。

「……見て分かるでしょ」

 時雨は茂みの中からだと見えづらいのか、ひょこひょことわずかに体を弾ませながら答えた。

「いや、見て分からねぇんだよ」

「……」

 優大の追及を時雨は無視。こんな男などはどうでもよくて、彼女の興味関心はすべて日和に向けられていた。

 日和のことを見つめる時雨。これを見て、優大は察した。

「てめぇ、まだ日和のことを諦めてないんだな」

「……」

 今度のは無視というより沈黙。そして、この場合の沈黙は肯定を意味する。

「残念だったな。見ての通り、日和はあの可愛い子ちゃんとよろしくやってるんだ。てめぇが割り込む隙間は1ミリもねぇから諦めな」

「あなたが私を諦めさせるための嘘……というわけではないようね」

 ――む。

 今朝のことを言っているのだろうか。なるほど、時雨は事実確認のためにこんなことをしているのか。

 優大はそう考えて肩を竦める。

「分かったなら、諦めもついただろ? ほら、もう帰れ。邪魔だから」

「……なぜ?」

「は?」

「なぜ、私が高原くんのことを諦めなければならないの?」

 ――この女、まだ諦めるつもりがないのか。

 優大は「うわっ」と呆れた表情を作る。

「しつこい女は嫌われるぜ」

「しつこい男に言われたくないものね」

 ブーメランが優大の頭蓋に突き刺さった。

「うっせ……」

 負け惜しみのような優大の呟きを時雨は無視。そのまま日和たちのことをじっと見つめながら、小さな口を開く。

「見たところ2人は付き合っているわけじゃないのでしょう? 高原くんの片思いなら、まだ諦める段階ではないでしょう」

 一理ある。

 日和と琥珀が付き合っていないのなら、時雨にまだチャンスがあるのは事実。諦めるにはまだ早い。

 だが、友人の恋を応援している優大としては、その邪魔者である時雨にぜひともここで諦めてもらいたいところ。

「あなたの考えていることは分かっているわ……内木 優大」

「あん?」

「友達思いなあなたのことだから、高原くんの恋を応援するために、私のような邪魔者を排除したいと考えるはず。違う?」

「……」

 考えが読まれていることは癪に障る。が、あの時雨が優大に対して「友達思い」などというプラスの評価を下していることに驚いてしまった。

 考えを読まれた不愉快さよりも、自分に対する時雨の評価が意外で悪態が口から出てこなかったのだ。

「……でも、本当にそれでいいのかしら」

「どういう意味だ?」

「私を排除して、本当にいいのかしら?」

「?」

 なにが言いたいのか分からない。

 優大は首を傾げる。だが、時雨は口で説明する気がないようで、代わりに日和のほうに指を差す。

 優大はおもむろに日和のほうに視線を向けて――。

「おーっほっほっほっほ!」

 ギュイイイイィィィン――というドリルの音(本当はそんな音してない)を校舎中に響きかせながら、特徴的な高笑いと共に日和と琥珀の前に1人の女子生徒が現れる。

「ごきげんよう! ヒヨリ!」

 アルメリア・ロイヤルハート。

 織笠 時雨と並ぶ日和の恋を邪魔する邪魔者である。

「ちょ――」

 せっかく日和が想い人と2人きりの時間を過ごしているというのに。

 メリアといい時雨といい所かまわず、事情などお構いなく、日和に仕掛けるのは勘弁してほしい。

 優大は歯噛みしながら突然の敵襲で「あわあわ」と言いながら、あわあわしている親友を助けるため茂みから飛び出そうと――。

「待って」

 時雨に止められる。

「なんだ? 邪魔する気か?」

「落ち着きなさい、内木 優大」

 漆黒の瞳が優大を射抜く。

 優大よりもひと回り小さいというのに、視線だけで優大は息を詰まらせ、静止を余儀なくされる。

「アルメリア・ロイヤルハートは私にとっても恋敵。あれを止めにいくことを私が邪魔する理由はない。そうでしょう?」

「だが現に、今お前は俺を引き留めただろ」

 言ってから優大は「む」と思考の歩みを止める。

 日和のことで頭がいっぱいだったが――彼女の言う通り、恋敵であるメリアが日和に接近していることを、時雨が許すはずがない。それでも彼女が優大を止めたのは、それだけの理由があるということ。

 優大が落ち着きを取り戻したことを確認した時雨は、「いいかしら」と確認。優大はこくりと頷き、先を促す。

「提案があるの」

 時雨の言葉は単刀直入だった。

「内木 優大。私と協力しましょう」

「なに?」

 織笠 時雨と協力。

 この2つの単語が同じ文脈にあっていいのか。

 ――この協調性の欠片もない女が協力?

 優大は内心で、あまりのバカバカしさに思わず嘲る。

 時雨は優大の薄ら笑いを意にも介さず続ける。

「私は、高原くんに好きな人がいる程度で諦めることはないわ。それはおそらく、アルメリア・ロイヤルハートも同じでしょう。あれは、そういう女よ」

「む」

 優大はその通りだと思った。

「あなたは私に高原くんを諦めるさせようと、好きな人がいると言ったけれど……高原くんを狙う相手に、その方法をとるのは悪手と言う他ないわ」

「みたいだな。てめぇを見てると、無意味ってのがはっきり分かる」

「それだけじゃないわ。当然、高原くんがその好きな人と一緒にいたら、確実に邪魔が入るわよ」

「……」

 現在進行形で事情を知らないアルメリアが、日和と琥珀の時間を邪魔しているのを見れば、時雨の言うことに説得力があることが分かる。

「つまり、あなたにとって私やあのお嬢様は邪魔。そして、私にとってはあなたとあのお嬢様が邪魔」

「……話が見えてきたな」

 つまりはこういうこと。

「お互いに共通の敵がいるんだから協力しましょうって話か」

 利害の一致。

「敵は……アルメリア・ロイヤルハート以外にもいる」

 時雨の言う通り。

 高原 日和のジャイアントキリングは伊達じゃない。

 彼を狙う大物は何人もいる。その誰もがひと癖もふた癖もある人物ばかり。そのような連中から日和を守り、なおかつ日和の恋愛を成就させるなど1人でできるだろうか。

「はぁ……」

 優大は無意識に溜息を吐く。

 それが無理難題であることを理解しているからだ。なにせ今までは守るだけでよかった。だが、日和と琥珀をくっつけることも考えると、途端に難易度が跳ね上がる。

 つまり、この協力の申し出は優大にとっても渡りに船。

「……俺がてめぇと組むメリットは?」

「一応、学校一の才女と呼ばれているわ」

「知ってるよ。万年満点の学年1位」

「私には邪魔者を排除するための策があるわ」

「ほう? その策ってのは?」

「今、それを教えるつもりはないわ。でも、あなたは気に入ると思うわ。軽薄で、軟派なあなたにぴったりな作戦」

「それ、俺になにをさせるつもりなんだ?」

「秘密」

 どうやら協力の提案に頷かなければ話すつもりはないらしい。

「おーけーおーけー。分かった。てめぇの悪事に乗っかってやるよ」

「悪事だなんて……人聞きが悪いわ」

「んで? どんな作戦なんだ?」

「作戦名」

 ――この女、作戦名とかノリノリで考えるタイプなのか。

 優大は呆気に取られた。

「N」

「えぬ?」

「T」

「てぃー?」

「R」

「あーる?」

 アルファベッド3文字。

 その組み合わせから導き出されるものは――。

「え? てめぇ……それはどういう……?」

「そのままの意味よ。ちなみに、この場合はNTLの方が正しいわね」

「おい、学校一の才女が口にしていい単語か……?」

「むしろ、学校一の才女だからこそ口にすべきだわ」

「なにその義務」

「ちなみにNTRとは寝取られのことよ」

「知ってるよ! そんなことは!」

「NTLは寝取りのことで、NTRと区別する時に用いられるわ」

「そんな説明は誰も求めてねぇよ!」

「これですべて分かったわね」

「なにも分からねぇよ!」

 ――やれやれこれだから頭の悪い人は。

 と、時雨は残念な人を見る目を優大に向ける。しかし、今最も残念な目で見られているのが時雨であることを本人は気づいていない。ちなみに、彼女を残念な目で見ているのは、言うまでもなく優大だ。

「ようするに、あなたはアルメリア・ロイヤルハートをデレさせ――寝取るのよ」

 澄ました顔でそんなことを口にする学校一の才女。

 開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。その証拠に優大は「ぽかーん」と口が開きっぱなしになっている。

 キーンコーンカーンコーン……。

 午後の授業の予鈴が鳴る。

 日和たちはすでに解散し、各々教室へ戻っていく。

 時雨はかたまっている優大を気にかけることなく、そそくさとその場を後にする。

 その場に取り残された優大は、しばらくそのままの状態を保ち――。

「あいつ、マジか」

 ぽつりと呟いた。

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