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俺がハーレムを全力で阻止する! 第4話

作:青春詭弁

 2年3組。

 優大と日和が在籍する普通科のクラス。

 本日、午後の授業は、大多数の生徒たちが眠気を訴える古文であった。実際、すでに数人の生徒が教科書を広げたまま夢の世界に囚われている。

 原因は、古文を担当する年老いた女性だ。生徒たちからは親しみを込めて「おばあちゃん先生」と呼ばれている。話す言葉も、授業の進行スピードもゆっくりマイペース。寝ている生徒がいても怒らないし、授業に関係ない勉強をしている生徒がいても気にしない。

 よって、この時間は生徒たちにとって「休み時間」として扱われていた。

「それじゃあ、この問題……分かる人はいるかしら……?」

「うっす」

 そんな休み時間の授業を真面目に受けている1人の男子生徒がいた。

「先生は今日も綺麗ですね!」

 内木 優大である。

「あらやだもぉ~不正解よぉ~」

 おばあちゃん先生は柔和な笑みを浮かべつつ、指でバッテンを作る。おちゃめな先生である。

 優大にとっておばあちゃん先生は守備範囲外であるものの、可愛い子ちゃんであることに変わりはない。そんな可愛い子ちゃんの授業を真面目に聞くのは、彼にとって当然のことだった。

「ふむ」

 そんな彼にしては珍しく、今日は心ここにあらず。理由はもちろん、織笠 時雨の言葉。

 ――あの女、なにを考えてやがるんだか。

 黒板をぼけーっと眺め、無意識にくるくるとペン回し。

 優大は時雨のことをよく知らない。というか、興味もない。知りたいとも思わない。ただ、1つだけはっきりしていることがある。それは、織笠 時雨が冗談を言わないということ。

 ――NTR作戦が冗談じゃないとしたら、なにを企んでいるんだ?

 午後の授業が始まってから終始、優大はそのことばかり考えていた。

 相手はあの織笠 時雨。学校一の才女。気づかぬうちに言いくるめられ、詐欺の片棒を担がされていた……なんてことがあるかもしれない。

 とはいえ、考えて考えてもNTRはNTR以上の意味を持たず、優大は時雨の企みに気づけるほど彼女のことを知らない。

 これでは推理も推測もできない。

「はぁ……」

 最近、溜息の回数が増えている気がする。

 窓の外からは「いっち、にっ、いっち、にっ」という女子たちの掛け声が聞こえる。そういえば、今日のこの時間は1組で体育であることを思い出した優大は、なんの気なしに窓の外へ目を向ける。

 視界に映るのは、午後の長閑な青空と校庭を走る女子の姿。

 ――こういう時、窓際の席っていいよなぁ。

 優大はデレデレとだらしのない顔で、女子たちを眺める。ふと、優大の顔が怪訝に染まる。

 1組の女子たちが校庭をぐるぐる走っている中、1人だけぽつんと校庭の隅で堂々と読書をしている女子がいた。

 見ているだけで陰鬱とした気分になりそうなその女子生徒は、織笠 時雨だった。

「なにしてんだあいつ……」

 優大は小さく呟く。

「見学か……? ひょっとして、運動が苦手だったりしてな」

 想像する。

 あのいつも偉そうにしている華奢な少女が、のろのろと校庭を走っている姿を。

 実際にそのような姿を見る機会などないだろうが、もしあれば盛大に嘲笑ってやろうと優大は心に決めた。

 そのまま時雨のことを眺めていると、体育を担当する男性教師が時雨から本を奪い取る。

「見学中に読書とは何事だ!」

 みたいな感じで叱られているのだろうか。優大は「ざまぁ」と心の中で愉悦に浸る。しかし、少ししてなぜか体育教師が泣き出してしまい、没収した本を時雨に返してしまった。

「あいつ、先生を論破でもしたんか……?」

 大人の男を泣かせるって……。

 本を取り戻した時雨は、そのまま読書を再開。

 触らぬ神に祟りなし。織笠 時雨に関わると碌な目に合わないことを優大は再確認する。

 ――でも、俺あれと協力関係を結んだんだよな。

 はたして大丈夫なのだろうか。優大の中に不安がよぎる。とはいえ、考えても仕方がない。

 あとのことは未来の自分に任せ、優大は時雨から視線を切った。

◆ ◆ ◆

 放課後。

 部活動で励む生徒、足早に下校する生徒などなど。さまざま生徒がいる中、放課後の図書室に似つかわしくないちゃらちゃらとした男がいた。内木 優大である。

 彼はきょろきょろと図書室を見回す。図書室に入ったのが初めてだから目新しい――などという可愛らしい理由ではない。

 意外なことに彼は高校入学後、何度か図書室に足を運んでいる。理由は当然不純なもの。図書室にいる文学少女目当てだ。

 ともかく、そんな彼らしい理由で図書室などすでに見飽きたくらい。では、なぜきょろきょろしているのかというと、それは自分を呼び出した人物を探しているからだ。

 彼は一通の手紙を受け取った。内容は簡潔明瞭。ただひと言。

 ――放課後、図書室に来なさい。

 ちなみに、手紙は内木 優大の下駄箱で発見された。これには優大もびっくり。一緒に下校しようとしていた幼馴染もびっくり仰天。

「え!? 優大にラブレターなんて酔狂な女の子がいるの!?」

 と、温厚な日和も思わずそんなことを口走ってしまうほどの出来事だった。

 優大は生意気なことを口にした日和をヘッドロックでお仕置きしながら、「さてどんな可愛い子ちゃんがラブレターをくれたのかなぁ~?」とデレデレしながら差出人を確認。

 手紙の隅に書かれていた名前は”織笠 時雨”。

 ――可愛い子ちゃんだと思ったら、人の幼馴染を狙う泥棒猫ちゃんでしたぁ~。

 というオチ。

 そんなこんなで時雨の呼び出しで、放課後の図書室にやってきた優大。普段なら時雨の呼び出しなど応じるはずもないが、昼休みのこともあり、さすがに無視することはできなかった。

「てか、あいつどこだよ」

 さして広くもない図書室。本棚と本棚の間や自習スペース、視聴覚スペースを確認したが見当たらない。

 優大としては業腹なことだが、時雨の容姿は目立つ。見逃すことなどありえない。彼女が視界に入れば間違いなく気づく。しかし、彼女は見つからない。

 であれば、可能性として考えられることは1つ。

「あいつ、まだ来てないのか」

 人を呼び出しておいて遅れるとは失礼な女め。

 昼休みに撮影していた日和と琥珀の動画で、散々からかって遊んでやろうと考えていたのだが――このために彼はその予定をキャンセルしていたこともあり、内心で腹を立てていた。

「いや」

 ここで優大は思い出した。そういえば、まだ探していない場所があることを。

 普段、図書委員が常駐している受付カウンター。その後ろには、図書委員しか入れない部屋がある。使われていない本や資料などが一時的に保管されている物置部屋だ。

「今日、図書委員が受付にいなかったよな」

 図書室には数名の生徒がいたが、図書委員らしき人物はいなかった。

 仮に織笠 時雨が今日の図書当番だとしよう。彼女が内木 優大というちゃらちゃらした男と一緒にいるところを他者に見られたいだろうか?

 答えは否。

 もしも優大と秘密の話をしたいと考えるなら、人目につかない場所を選ぶのは自然。

 となると、自習や暇つぶしのため図書室を利用する生徒がいる以上、ここを密会場所に選ぶのは不自然。

 図書室への呼び出し、見当たらない図書委員、人目、物置部屋――これらの情報を繋ぎ合わせて導き出された答えに、優大は確信を得て物置部屋のドアノブを回す。

 ドアを開くと、ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐる。

「……ようやく来たのね」

 夕日の差し込む物置部屋。

 そこに目的の人物がいた。

「このまま来ないんじゃないかと思ったわ」

暗がりの中、お行儀よく椅子に座り、窓から差し込む光を頼りに読書をしている。まるでここが自分の縄張りかのように振舞う少女――織笠 時雨は、淡々とした言葉で優大を迎えた。

「お前がどこいるのか分からなかったんだよ」

 優大は苦虫を嚙み潰したような顔で悪態をつく。

「あら……なぜ? 図書室に呼び出したのだから、図書室にいることは分かるはずでしょう……?」

「む」

 ここで優大が「物置部屋にいるとは思わなかった」などと言えば、間違いなくバカにされると考え、彼は口を噤む。

 が、相手は学校一の才女。そのよく回る頭でほんの少し思考して、「ああ」とくだらないパズルを解き終わった時のような、つまらない顔で優大を一瞥する。

「私がここにいるとは思わず、さして広くもない図書室を探し回っていたのね」

 バレた。

 優大は頬をぴくぴくさせる。

「バカな人……普通、気づくでしょう?」

 冷笑である。

 これには優大も「かっちーん」と怒りのスイッチを入れる。

「お前が図書委員だって知ってたら、ここにいるってすぐ分かったよ!」

「知らなくても分かるでしょう。ここだって図書室の一部なのだし、しらみ潰しに探すだけでも、もっとはやくここに来られたはずよ」

「でも、ここは図書委員以外は立入禁止だろ?」

「その図書委員がいなかったでしょう? だから、あなただって最終的にここに来た」

「それはそうなんだが……」

「ああ、もしかして図書委員がいないことに気づかなかったのね」

「……」

 またバレてしまった。

「なるほど。まあ、いいわ。あなたが程度の低い人だということは理解していたから」

 やはり織笠 時雨を相手にして、感情的になるのはよくない。

 優大は改めてそのことを思い知った。

「はいはい、もう降参だよ。俺の負けでいいから、本題に入らないか?」

「……そうね」

 時雨は頷きながら、読んでいた本に栞を挟む。

「どこかの誰かのせいで時間もあまりないことだし」

「チクチク言葉やめてね」

 優大は肩を竦めながら近くの棚に背を預ける。時雨は優大が話を聞く姿勢になったことを確認し、本を膝の上に置いた。

「それじゃあ、本題に入りましょう」

「NTR作戦だったか? 具体的に、お前は俺になにをさせたいんだ?」

「昼にも言った通りよ。アルメリア・ロイヤルハートをデレさせなさい」

「デレさせるって、俺に惚れさせるってことでいいのか?」

「そういうことよ。彼女に高原くんを諦めさせるのは、困難を極めるわ」

「だろうな」

「とはいえ、あなたにとって彼女は邪魔でしかない。なんとしてでも高原くんのことを諦めてもらう必要がある」

「それはお前も一緒だよな」

「ええ、私にとっては恋敵だもの。だからこそ、あのお嬢様を排除するためにも……あなたに惚れさせるの」

「ようは改宗とか、鞍替えさせるみたいなもんか」

「そういうことよ」

「俺にぴったりってそういう意味かよ」

 なるほど、たしかにぴったりではある。

 軽薄で軟派な男には、それはもう。しかし、本人は残念ながらあまり乗り気ではない。

「あら、乗り気ではないようね」

「まあ、相手が相手だしな」

 可愛い子ちゃんに惚れてもらうならともかく、個人的な確執のある相手に惚れられても嬉しくないのが優大の本音だった。

「それに、そう簡単なことかねぇ」

「というと……?」

「あのお嬢様のことは好かないけど、日和に対する気持ちは本物だ。誰かに惚れ込んでる人間が、別の誰かに惚れて鞍替えするなんてそうそうないことだぜ?」

「そうかしら、別の人を好きになったから今付き合っている恋人を振る人だっているでしょう?」

「そりゃあ、そういう人もいるっちゃいるけどさ」

「特にあなたってそういうタイプじゃない」

「うん、否定できねぇ……」

 可愛い子ちゃんがいれば西へ東へ。あっちに目移り、こっちに目移り。それが内木 優大という男である。

「けどな、あのお嬢様はそういうタイプじゃないと思うぜ? あれは一途に恋する乙女だぜ」

 恋に盲目で周りが見えなくなるタイプ。恋している間は、好きな人のこと以外が見えなくなる。ゆえに、目移りする隙がない。

 それが優大のメリアに対する評価だった。

「私も同意見よ。けれど、やらなければあなたの目的は一生果たされないわ」

「……まあ、それもそうなんだが」

「それに私がいるわ」

「どういうことだ?」

「あなた如きでは、あのお嬢様をデレさせることはできないでしょうけれど……私の指示通りに動けば可能だということよ」

「なに?」

「そこにある本の山を見なさい」

「?」

 言われて目を向けると、そこにはたしかに本の山があった。ちなみに本は全部特定のジャンルのものだった。

「恋愛のノウハウ本?」

 『女性を虜にする男の仕草』『気になる男になるための100のこと』『最強恋愛テクニック』などなど。

 そのような本ばかり。それが山のように積まれている。少なくとも両手の指では足りない量はある。

「俺にこれを読めと?」

「いいえ、必要ないわ。私が全部読んで、覚えたから」

「え……」

 この量を?

「今の私は恋愛マスターと言っても差支えないわ」

「そうかなぁ……?」

「恋愛マスターである私があなたを操り、アルメリア・ロイヤルハートをデレさせる。そうすれば、邪魔者は1人いなくなる。完璧な作戦でしょう?」

「穴だらけにしか聞こえませんが」

「……なぜ?」

「なぜもなにも、そんなもん読んだだけで恋愛マスター名乗れるなら、俺だって恋愛マスターだぜ?」

 優大とてモテる男を目指して、そういう恋愛のノウハウ本を購入したことがある。その結果、「恋愛は机上の空論で語るべきではない」という結論に至った。

「あなたと私を一緒にしないでちょうだい」

「ほう。そこまで自信があるなら、日和で実践してどうぞ?」

 うまくいっていない現状が、なによりの証拠。

 お前は恋愛マスターなどではない。

 優大は言外にそう伝える。

「いやよ」

 だが、時雨は簡単に返す。

「なぜ私があなたみたいな軽薄で軟派なことしなければならないのかしら」

「さいですか……」

「ともかく、あなたが私のことを疑っていることは分かったわ。ならば、テストをしてみましょうか」

「テストだぁ?」

 あからさまに怪訝な表情を作る優大。

「あなたが大好きなナンパをしてみましょうか」

「それやってどうすんだよ」

「今からあなたと連絡先を交換するわ。あなたは片耳にイヤホンをしてちょうだい。私はあなたと通話を繋げた状態で指示を出す。あ、イヤホンをはこれを使いなさい。周囲の音が拾えるように少し細工をしたから」

 スパイ映画とかでよく見るやつか――優大はそんなことを考えながら時雨の言葉を理解する。

「ともかく、あなたは私の言うことをしっかり聞いていればそれでいいわ」

 どうやら本気で言っているらしい。

「イヤホンに細工なんかできるのか?」

「本を読んだわ」

「はぁ……分かった分かった。まあ、1回やってやるよ」

 それでうまくいけば、アルメリア・ロイヤルハート攻略の助けになることは間違いない。

 うまくいかなければ、また別の方法を考えるだけ。

「それじゃあ、連絡先を教えてくれ」

「いやよ」

「ええ……? 今連絡先を交換するって言いましたよねぇ……?」

「あなたに私の連絡先を教えるわけがないでしょう」

「……じゃあ、どうすんだよ」

「あなたの連絡先を教えなさい。あとで、私が作ったラ〇ンの捨て垢からメッセージを飛ばすから」

「わざわざ捨て垢なんて作ってんのかよ」

「あなたに私の連絡先を教えたくなかったら、家族の携帯を使ってアカウントを作ったわ」

「どんだけいやなんだよ……まあ、もうなんでもいいわ」

 優大は渋々といった感じで自分の連絡先を差し出した。

◆ ◆ ◆

「てすてすー。聞こえるかー? どうぞー」

『……』

「あれ? 聞こえてない?」

『耳元からあなたの声が聞こえてくるの……とても不快だわ』

「うぜぇ」

 すっかり人がいなくなった放課後の校舎。そろそろ完全下校時刻を迎える。まだ残っている生徒たちがいないか、教師たちが見回りをしている頃合いだ。

 そんな時間に優大は、3年の教室が集まる校舎の1階廊下にいた。

『ターゲットは3年1組の担任。小柳 裕子(こやなぎ ゆうこ)。34歳、女性。独身。現在彼氏なし』

 右耳のカナル型イヤホンから聞こえる時雨の声。優大は慣れない感覚に眉根を寄せる。

「お前の言う通り、耳元で嫌いなやつの声が聞こえると不快だな」

『それはなにより』

 優大が不快になる分にはなんら問題なしといった感じで、時雨は続ける。

『あなたにはこれから小柳 裕子を落としてもらうわ。練習がてら』

「お前、とんでもないこと言ってるって分かってるか。教師だぞ、相手」

『小手調べにはちょうどいいでしょう』

「こいつマジか……」

『小柳 裕子は今婚活10連敗中。最近、気になっていた男を寝取られて傷心中みたいね』

「なんでそんなこと知ってるわけ?」

『彼女のSNSアカウントを特定したわ。毎日、鬱屈とした呟きばかり。仕事への愚痴も多いわね』

「ふーん?」

『やれ、ガキが調子に乗ってんじゃねぇぞーとか、ガキがなめてると潰すぞとか』

「こっわ……! え? 先生がSNSでそんなこと呟いてるのか!? 保護者とかが見たら問題になるんじゃ……」

『大丈夫よ。これ裏垢だもの。今のところ私くらいしか知らないはずよ』

「お前はどうやって通ってる学校の先生の裏垢を特定したんだよ……」

 裏垢作ってる教師よりもよっぽど怖い存在がここにいた。

『それよりも来るわよ』

「あん?」

 時雨が言った直後、小柳 裕子が優大の前に現れた。

「あら? まだ残っていたの? そろそろ帰らなきゃダメよ?」

 ほんわかした清楚なオーラをまとった優しげな教師。ビジネスカジュアルなブラウスとスカート。身長は時雨と同じくらい小柄で、思わず目が釘付けになってしまう豊満なバストの持ち主である。

 ――うわぁ、なんでこいつは先生が来るタイミングが分かったんだ?

 どこからか見ているのだろうか。優大は一瞬、時雨のことが気になったがすぐにイヤホンから時雨の声が聞こえたので思考を中断する。

『人間は55%が視覚情報、38%が聴覚情報、言語情報は7%によって、相手の印象を決定するわ。ようするに、話す内容よりも見た目や声などが重要ということ。まずは笑顔で、明るい声音で、会話を継続させなさい。勉強のことで聞きたいことがあるとか、そんな理由でいいでしょう』

「……」

 好き勝手言ってくれる。

 優大は内心で悪態をつく。しかし、言われたことはきっちりこなす。

「あぁ、ちょうどよかった。すみません、先生。よかったらちょっと勉強のことで聞きたいことがあるんです」

 努めて笑顔で、相手に好印象を与える声音で。

『へぇ……』

 通話越しに声しか聞こえていないはずの時雨も、優大の演技力の高さに感嘆――。

『なるほど、普段からそうやってナンパをしているのね。やっぱり私、あなたのことが嫌いだわ』

 と思ったらぜんぜん罵倒される優大。

 実際、優大は普段から笑顔と明るい声音を意識してナンパしている。そんなことは時雨に言われるまでもなく実践していること。

 なにやら小難しいことを言っているが、まったくたいしたことなどない。

 この程度では間違いなく失敗する。

 優大はそう確信する。

「あら? 私に……? 君、見たところ2年生よね? 私と面識あったかしら……?」

 さっそく問題にぶち当たった。

 2年生である優大が、3年生の教科を担当する小柳に勉強を教えてもらおうとするのは不自然だ。

 仮に部活動や委員会など、どこかで接点を持っていれば自然に話を勧めることができたかもしれない。

 しかし、優大と小柳にはなんの接点もない。これは不自然だ。

 ――さーて、どうするつもりかなぁー?

 優大は高みの見物を決め込む。

 この問題に対して、時雨はまったく考える時間なしで、即座に新たな指示を飛ばす。

『先輩に聞いたとでも答えましょう。あとは私に続きなさい』

「……」

 よくもまあ、ぽんぽんとそんな嘘を思いつくものだと優大は感心した。

「先輩から聞いたんです。先生の教え方、すごく上手だって。分からないところがあったら、先生に聞くといいって言ってたんですよ」

 そう言って、微笑する優大。顔だけはそこそこいいことも相まって、なかなかの好青年に見えた。目の錯覚だろうか。

「あら、そんなことを……? 嬉しいわぁ……私、あんまり自分の教え方に自信がなくて」

「いえいえ、先輩すっごく褒めてましたよ」

「そうなの? その先輩って誰なのかしら?」

「う゛っ」

 当然、そんな先輩など存在しないので優大は言葉に詰まる。

 そこにすかさずイヤホンから時雨の声が聞こえる。

「……間島 清隆(まじま きよたか)」

 ぽつり。

 1人の男子生徒の名前を呟く優大。

 その名前を聞いた小柳は、「ああー……」と微妙な面持ちで目を泳がせる。

「間島先輩から聞きました」

「そ、そう……なんだ……間島くんね……そっかそっか……」

「はい、間島先輩です」

 ――いや誰? 間島先輩?

 優大はまったく知らない、名前すら聞いたこともない先輩の名前だった。

『間島 清隆は小柳 裕子に告白して玉砕して振られた3年1組の男子生徒よ。小柳 裕子としても、彼に直接確認するのは気まずいでしょう。まず、自分から話しかけることはないわ。そして、彼が褒めていたという信憑性もこれで増すはずよ』

 事実、小柳は「まだ彼……私のこと好きなのかしら……」と思い悩んでいるようす。

『さて、時間をかけていられないわ。私の後に続きなさい』

「……」

 はいはい、と優大はここまで来たら最後まで付き合ってやるかと自分の意思を手放し、ロボットとしての役割を果たすことに専念する。

「俺、結構進路に悩んでて……尊敬する先輩が褒めてる先生にいろいろ相談乗ってほしくて……」

「わ、私に……?」

「ダメ……でしょうか?」

 落ち込んだふりをして。

「うーん……そうね。ええ、いいわ。先生でよければ、いくらでも相談に乗ってあげるわ」

 相手を騙す。

「ああ、でももう今日はこんな時間ですし、先生もまだ仕事がありますよね」

「あ、そうね。また今度でも大丈夫かしら?」

「はい。先生さえよければ、休みの日にでも外で……」

「そ、外で? そ、それはちょっと……難しいわ。生徒と先生が外で会っているのを見られるのは、世間体的にちょっとねぇ……」

「あ、そ、そうですよね! すみません! 俺、ぜんぜんそういうつもりじゃなくてですね!?」

「いいのいいの! 先生、勘違いとかしてないから! あははは……」

『今のは嘘ね。間島 清隆に告白されたことを思い出して、恋愛のことを意識しているはずよ』

 はたして、それも作戦のうちだったのか。

 今の優大はそれを思考することができない。

「そういえば、先生……間島先輩に告白されたんですよね……?」

「な、なんでそれを……!? もしかして、間島くんから……?」

「す、すみません……」

「い、いえ……いいのいいの」

「ちなみに、どうして間島先輩のこと振ったんですか?」

「え!? いえ、それは……生徒と先生だし?」

「もし仮にそうじゃなかったら、間島先輩と付き合いましたか?」

「それは……どうかしら……? 仮にそうだったとしても、やっぱり付き合わなかったかと思うわ。ほら、私もうすぐアラフォーだし……こんなおばさんが君たちみたいな若い子と付き合うっていうのも……ねぇ?」

「俺はぜんぜんありですよ!」

「え?」

「恋愛に年齢とか関係ないと思いますし! 先生、ぜんぜん美人じゃないですか!」

「え……あ……えぇ……?」

 頬を赤くする小柳。

『婚活市場であぶれ、同期がどんどん結婚していく中、自分は売れ残っていく。他者から見向きもされず承認欲求が満たされない状況が続き、フラストレーションばかりが募る。彼女はSNSでキラキラとした生活を送る人たちを見て、きっと羨ましいのでしょうね。だから、裏垢を作って、そういう人たちと同じになれない自分と比べ……罵詈雑言を呟くことでストレスを発散する』

 そのような人間が、いざ自分を認めてくれる人と出会ったら?

「わ、私が美人だなんてそんな……君ったら口がうまいんだから。大人をからかっちゃダメよ?」

「いえ、俺は本気でそう思ってます!」

「あう」

 本気の目と本気の声。

 55%の視覚情報と38%の聴覚情報をフルで活かし、優大の本気を伝える。

「もし、俺が生徒じゃなければ……先生と付き合いたいって思いますもん。あはは」

 照れたような笑顔。

 緊張と弛緩。

 本気のようでもあり、冗談でもあるような。

 そんな曖昧な言葉。

 だからこそ受け取る側は、本気なのか冗談なのか分からなくなり混乱する。

「ふ、ふーん……そっか……ふーん」

 小柳は満更でもなさそうに呟き、忙しなく髪を触る。

 ちらちらと優大に目を向けては逸らす。そのようないじらしい仕草を間近で見て、優大は不覚にも「かわい」と思った。

『王手ね。これ以上は本気の本気になってしまうわ。それはあなたも困るでしょうし、ここら辺で引き揚げましょう』

 時雨の指示に優大は心の中で頷く。

「って、俺なんか変なこと言っちゃいましたね! すみません! 忘れてください!」

「え!? あ、いや……その……えっと」

「おっと、もう帰らないと! 失礼します!」

 優大はその場から駆け出す。後ろから小柳の「ええ!?」という怒っているような、はたまた名残惜しいような声を背に、優大は学校を出た。

「ふぅー……」

「お疲れ様」

 学校の外までやってきた優大にそう言ったのは、先ほどまで通話越しに指示を飛ばしていた時雨だった。

「お前、俺と一緒にいるところを誰にも見られたくなかったんじゃないか?」

「もうこの時間ならほとんど人は残っていないでしょう」

「あっそ。まあ、お前がいいなら別にいいけどな」

「それにしても、驚いたわ。あなた、なかなか演技がうまいのね」

「そっちこそ嘘が上手だな。ほぼ出鱈目ばっかじゃねぇか」

「そうよ。恋愛なんて嘘ばかり。そうでしょう?」

「なにその恋愛やだわー」

「少しでも自分をよく見せようとみんな嘘をつくものでしょう」

「間違ってないけど、お前のそれは嘘がすべてみたいじゃねぇか。本当のことだってあるだろ?」

「それは?」

「相手の気持ちとかだよ」

 優大の解答がお気に召さなかったのか、時雨は「そう」とだけ答えて彼に背を向けた。

「さて、これで分かってもらえたかしら」

「……相手の情報を細かく分析して、弱点をついて落とす……か。まあ、お前らしい陰湿なやり口だわな」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

「はぁ……あんまりいい気分じゃねぇなこれ」

「そう。あなたはてっきり喜ぶかと思ったのだけれど。小柳 裕子も先ほど、『先生と先生の禁断の恋ってあり?』という旨の呟きを投稿していたわ」

「マジかよ」

「本気だったら、困るのかしら?」

「そりゃあな」

 可愛い子ちゃんが好きな優大でも誰彼構わず声をかけまくっているわけではない。

 たとえば教師。

 生徒と先生など、災いのもと。相手に迷惑をかけないためにも声をかけないことにしている。

 他だと以前ナンパして断られた子などが挙げられる。しつこく行かないのが、彼のポリシーであった。

「なら、やめる?」

「……」

 時雨の問いに優大は数秒ほど考える。

「やめない」

「そう」

「まあ、俺は別に正義の味方とかじゃないしな。友だちの恋がうまくいけば、とりあえずそれでいいわ」

「なら、次はいよいよ本命ということで」

「アルメリア・ロイヤルハートか」

「そうよ」

 時雨は優大に背を向けたまま歩き出す。もう今日の用事は済んだと言わんばかりだ。どうやら帰るらしい。

 ――自由奔放なやつだな。

 優大は時雨の小さな背を眺めながら、ふと思いついたように口を開く。

「そういえばお前さ? 日和に対しては、嘘ついてるのか?」

「……」

 時雨はなにも言わず、ただ1人、帰路を歩く。

 優大は答えを期待していたわけでもなく、そのまま黙って彼女の背中を見送った。

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