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俺がハーレムを全力で阻止する! 第5話

作:青春詭弁

「おはよう、優大」

「おう……おはようさん、日和」

 いつもの朝、いつもの待ち合わせ場所。

 優大は今日も幼馴染であり、親友でもある日和と一緒に登校する。

「今日はなんだか眠そうだね? 夜更かしでもしてた?」

「んーまあ、似たようなもんだ」

 昨夜、優大は時雨との協力関係について思い悩んでいたところ、普段の就寝時間を2時間もオーバーしてしまった。

 彼の睡眠時間はきっかり8時間。起床時間はいつも登校時間ぎりぎりに設定されている。それゆえ、2時間の遅れを取り戻すことはできず、本日の彼は睡眠時間が2時間足りていない状況なのである。

「また可愛い子ちゃんのことでも考えていたのかな?」

「それはいつも考えてる」

「ゆ、優大……」

 日和は平常運転な親友に、もはや呆れて言葉も出なかった。

「それよか轟さんのことだぜ」

「え?」

「昨日、昼休み見てたぞ~~~?」

 優大はスマホを取り出し、途中まで撮影していた琥珀と日和のやり取りを見せる。

「ゆ、優大! そういうのやめてって言ったよね!?」

 当然、日和は顔を真っ赤にして、その動画を削除するため優大のスマホを奪い取ろうと手を伸ばす。

 しかし、優大はひょいっと日和の手を躱し、意地の悪い笑みを浮かべる。

「おいおい、日和さんよぉ……親友として言わせてもらうが、昨日のお前はなっちゃいねぇぜ!」

「うっ!? ゆ、優大に言われた通り……ありのままの僕で彼女と接してたけど? なにか間違ってたかな……?」

「いや、それは間違ってない」

「なんだよもう……」

「でも、画的に面白味がない!」

「そっちの都合じゃないか」

「なんかハプニングとかないとなぁ。やっぱり」

「敵か味方か……だね」

「味方だぜ? 一応な」

「自称にもほどがあるよ」

「マジだって。轟さんのことよく知らないけど、いい子そうだしな」

「え? もしかして狙ってる? 狙ってるよね? 君は可愛い子ちゃんが好きだし、事実彼女のこと一度ナンパしてるもんね? ね? 狙ってるんだよね?」

「こわいこわいこわいこわい」

 ハイライトのない目で優大に迫る日和。ヤンデレの素質があるかもしれないなどと、優大は思った。

「狙ってないって……単純に、いい子そうだなって。そう思っただけだよ」

「本当?」

「その目のハイライトはどうやって消してるわけ?」

「消しゴム」

 アナログなのね。

 優大はそう思った。

「そこまで好きなんだな?」

「え?」

「少なくとも、他人に絶対盗られたくないってことだろ?」

「それは……うん。そうだね。特に優大には」

「なんで俺名指しなん?」

「優大みたいな人間に轟さんが靡くとは思わないけど」

「あれ? 俺たちって親友だっけ? これ悪口言われてるってことでいいか?」

「優大みたいな最低な人間のことを万が一にでも轟さんが好きになっちゃったら、優大みたいな人を好きになった轟さんの株まで下がるからね。だから、轟さんの名誉のためにも優大にだけは盗られたくないんだ」

「よかった~ちゃんと悪口言われてたわ~。よし、喧嘩すっか? どこでやる?」

「などと言ってはみたけれど、盗られたくないって……まるで轟さんを自分の”もの”みたいに扱ってるように聞こえて、なんだかいやな気分になるよ」

 日和は空を見上げる。先ほどまで出ていた太陽が、雲に覆われる様が映る。

「轟さんが優大のことを好きになっても、僕はそれを止める権利はないと思うんだ。だって、轟さんは誰の”もの”でもない。自分の意思で、自分の恋愛ができるんだよね」

「……」

 優大は日和の言葉を聞いて、時雨とメリアの顔を思い出す。

 彼女たちも日和を他の誰かに盗られたくないと思っているはず。そのために2人とも、あれこれ行動しているのだ。

 今、日和と彼女たちは同じ立場なのかもしれない。

「僕は今、すごく醜いことを考えているね。相手を自分の”もの”にしたいだなんてさ。ひどく自己中心的な考えで、吐き気がするよ」

 ぐさぐさぐさぐさ。

 約2名、日和の台詞が言葉のナイフとなってメンタルをめった刺しにされた気がする。実際に本人たちは、この台詞を聞いていないから彼女たちのメンタルにはなんの影響も与えられていないが……。

 優大は日和の考えに同意して「まあそうだな」と口を開く。

「それでも、それを自覚しているなら大丈夫なんじゃないか?」

「そうかな?」

「少なくとも、お前が嫉妬にくるって暴走した時は俺が止めてやる」

「……優大」

「友達が悪いことした時には、ぶん殴って止めるのが真の友達だかんな」

 にやりと笑う優大。

「それ、友達を殴りたいだけだったりしない?」

 軽口で返す日和。

「お前、俺のことを本当になんだと思ってるわけ?」

「可愛い子ちゃん好きのどうしようもないナルシスト」

「ん-正解」

 優大は特に反論することもできず、両手を挙げて降参した。

◆ ◆ ◆

「お昼なに食べるー?」

「ん~どうしようかなぁ~」

 お昼の相談をする女子生徒2人。

 その横を鼻の下を伸ばしながら通りすぎる男が1人。

「うほっ。可愛い子ちゃんみっけ」

 内木 優大である。

「と、いかんいかん」

 優大は珍しく可愛い子ちゃんへの誘惑を断ち切るために頭を振る。

 今はこんなことをしている場合ではない。

 優大が向かっているのは図書室――の物置部屋。その目的は、とある人物に会うためである。

「遅れたら、またどんな罵倒が飛んでくるか分かったもんじゃないからな」

 優大はぼやきながら、足早に図書室へ向かう。

 ガラガラッ。

 優大が図書室のドアを開けると、室内には数名の生徒がいた。もうお昼を食べてしまったのか、それともお昼を食べる時間すら惜しんで読書がしたい読書家か。

 優大は彼らの横を通り過ぎ、やや躊躇いがちに受付裏の物置部屋へと足を踏み入れる。

「いらっしゃい」

 そう言って出迎えたのは物置部屋の女主人こと織笠 時雨。

 彼女は昨日と同じ場所に座っていた。しかし、昨日とは異なり、手には箸を持ち、膝の上には小さなお弁当箱が置かれている。

 ――なるほど、図書室でお昼を食べるという選択肢もあったか。

 などと、優大は図書室に入った時に自分が考えていたことを思い出す。

 なお、図書室には「飲食厳禁」の貼り紙があることを彼は知っていた。

「お昼休みになったばかりだけれど……あなた、お昼はもう食べたのかしら」

 手ぶらの優大を見て気になったのか、時雨はたまご焼きを口に運びながら訊ねる。

 小さな口で、たまご焼きを半分に。

 上品な所作に優大は思わず見惚れつつ、それを悟られないようわざと肩を竦めた。

「いいや、まだだよ。どっかの誰かさんを待たせると怖いからな」

「そう。よい心がけね」

「でもまあ、次の機会があったら俺もそうしようかな」

 優大はお昼を食べている時雨を見ながら、そう呟く。

 時雨は口元に手を当て「それはダメよ」と優大を嗜めた。

「ここ、飲食厳禁だから」

「いや、お前食べてるじゃん」

「私はいいのよ」

「なんだ? ジャイ〇ンか?」

「だって、私は図書委員だもの」

 担当の図書委員は、その業務のために図書室での食事を特別に許可されている。

 なるほど、それなら彼女がここで食事をしているのも納得だ。

「こっちは昼休みになってすぐ来てやったのに、そっちは端から飯を食いながら話をする気満々だったわけか」

「ええ、そうよ」

「あっさり認めやがったなこいつ。俺が空腹で午後の授業に集中できなかったらどうするんだ。こっちは育ち盛りな男子高校生だぜ?」

「どうでもいいわ。あなたが空腹でも、私は困らないもの」

 身も蓋もない。

「はぁ……もういい。お前とこうして言い争ってると腹が減る。とっとと本題に入ろう」

「もう少し待ってちょうだい」

「は? なんで?」

「たまご焼き……食べるから」

「……」

 もきゅもきゅもきゅ。

 何度目かの咀嚼を終え、彼女はようやくたまご焼きを呑み込んだ。

「お前、食べるの遅くない……?」

「そうかしら。普通のはずだけれど」

「いや、もきゅもきゅしすぎじゃね?」

「咀嚼はひと口30回以上が推奨されているのよ。知らないのかしら」

「いやまあ、聞いたことはあるけど……なにお前? 健康オタク?」

「そういうわけではないけれど、推奨されているし、それをしない理由もないから。ただ、そうしているだけ」

「ふーん……?」

「まあ、それはさておき本題に入りましょう」

 時雨はハンカチで口元を拭い、居住まいを正す。優大は昨日と同じく、近くの棚に背中を預けて時雨の話に耳を傾けた。

「今日からさっそくアルメリア・ロイヤルハート攻略を始めるわ。これはそのための作戦会議よ」

「攻略ね……正直、うまくいくもんかね」

「まだ私の力を疑っているのかしら」

「いいや? お前はたしかにすごいと思うぜ? 俺なんか1度もナンパに成功したことないのに、お前の言う通りにしたら学校の先生を相手に、あと1歩ってところまでいけたんだからな」

「なら、なにが不安なのかしら。あなたが私の足を引っ張らないかどうか……かしら?」

「どんだけ自信過剰なんだてめぇは」

 優大は腕を組み、記憶の中にいるメリアを引っ張り出す。

「あのお嬢様、性格はあれだが日和に対してはマジだぜ」

「……」

「小柳先生と違って、マジで恋している人間を口説き落とすって、かなり難しいだろ」

「なぜ、そう思うのかしら」

「恋は盲目っていうだろ? 相手のことが好きな時は、相手がどんだけクズだったとしても、相手のことが頭から離れないもんなんだ。周りの言葉なんて当然聞こえない」

「私が策を弄しても、彼女を口説くことはできないと?」

「俺はそう思うぜ」

「……そんなことはないわ。感情は所詮、電気的・化学的な反応でしかないもの。人間を理解していれば、あらゆる感情を操ることなど容易なのよ。それは恋愛感情も同じこと。吊り橋効果なんて、最たる例でしょう」

「人を好きになるって、理屈じゃねぇだろ」

「理屈よ。昨日、あなたは見たはずよ」

「……」

「親切にされれば好意を抱くし、悪戯されれば腹が立つでしょう。人間の感情なんて、簡単にコントロールできるものよ」

「ふーん……じゃあ、なんでお前日和のことをコントロールしないんだ?」

「それはいけないことだからよ」

「じゃあ、今やってることはいいんですか」

「私が直接手を汚してないから」

「お前、いい性格してるよな」

「褒め言葉として、受け取っておくわ」

 優大はこの女になにを言っても無駄だと考え、「やれやれ」と溜息をこぼした。

「あなたは彼女について、どれくらい知っているのかしら」

「あん? そうだなぁー……名家のご令嬢ってのは知ってるぜ。本家がイギリスにあるお貴族様。イギリスと日本のハーフ。高飛車な性格で、いっつも周りに取り巻きを侍らせて、偉そうに威張ってる」

「まあ、その程度よね」

「そういうそっちはどうなんだよ?」

「私はあなたよりも彼女ことを知らないわ」

「なんでだよ」

「なぜって?」

「だって、あいつ1組だぞ? お前と同じ特進組だぜ? 俺よか知ってることあるだろ?」

「ないわ」

 断言である。

「だって私、彼女に微塵も興味がないから」

「……」

 絶句である。

 普通ここまでクラスメイトに酷薄でいられるものだろうか。いや、ない。

「というか同じクラスなのね」

 ひどすぎる。

 優大は額に手を当てて、おーほっほっほと高笑いするお嬢様に少しばかり同情した。

「つーか、改めて気づいたけど……特進組ってことは成績いいんだなぁ。アホっぽいのにな」

「ね」

 静かに同意する時雨。

 やっぱりひどすぎる。しかし、アホっぽいと思っていた優大も十分ひどいので、おあいこである。

「ともかく、あのお嬢様を口説き落とすためには、現状情報が不足していると言わざるを得ないわ」

「つまり、情報集めか」

「なんでもいいわ。好きなもの、嫌いなものでも。少しでも彼女の人となりが分かるような情報が欲しいの」

「もしかして、俺に調べろって言ってる?」

「あら、言わなければ分からない?」

「てめぇ、同じクラスだろうが……そっちのほうが調べるの簡単だろうがよ」

「いやよ。なぜ私が興味のない人に話しかけなければならないの?」

「こいつほんま」

 いや、ここで言い争っても無意味。折れてあげるのが大人の対応というもの。

「それじゃあ、まずは情報集めを優先するということで。今日は解散ね」

 時雨はそう言って、そそくさとお弁当箱を包んで優大のそばを通り過ぎる。

「あ、おい」

「そうだ。あなたと一緒にいるところを見られたくないから、遅れて出てきてね」

 彼女は言いたいことだけ言って、そのまま物置部屋から去っていく。取り残された優大は、頭の後ろをぽりぽりと掻いて深い溜息を吐いた。

「自由人め……」

 とはいえ、仕事はきっちりこなそう。

 気乗りはしないが、これも親友の恋を応援するため。

 優大はそう考えることで、なんとか自分を納得させつつ、時雨に遅れて物置部屋から出る。

 図書室は先ほどよりも人が増えていた。お昼を終えた生徒たちが、暇つぶしに利用しているのだろう。

 優大はそんな生徒たちを尻目に図書室から出ようと――。

「おーっほっほっほ! こんなところで会うとは! 奇遇ですわね! オリカサ シグレ!」

 廊下から聞き覚えのある高笑いが聞こえてきた。

 優大はそっと顔だけ廊下に出してようすを見る。すると、廊下には見知った2人の顔。

「おーっほっほっほ!」

 今にもギュイィィィンッと音が聞こえてきそうな銀髪ツインドリルのアルメリア・ロイヤルハート。その後ろには、彼女の取り巻きと思われる女子生徒が2人ほど付き従い、「素敵です! メリア様!」となんか持ち上げていた。

 そんなメリアと対峙しているのは、先ほど物置から立ち去ったばかりの織笠 時雨。手にはお弁当箱を持っている、

 ――図書室を出た時に偶然鉢合わせて捕まったみたいだな。

 優大はそう分析する。

「ここで会ったが! 100年目ですわ! オリカサ シグレ!」

「……」

 時雨は視線を斜め下に落としている。そこにはなにもない。メリアにまるで興味がないのだろう。その姿は、「先生の説教はやく終わらないかなー」と待っている子ども。

「……はやく終わらないかしら」

 なんなら口でも言っていた。

 幸い小声だったためメリアには聞こえず、「おーっほっほっほ」と上機嫌にいつもの高笑いを披露していた。

「オリカサ シグレ。1年最後の期末テストでは、惜しくもあなたに敗北し、学年2位という結果でした。しかし、次のテストでは必ずやあなたをボコボコのボコにして! 吠え面をかかせてやりますわ!」

 メリアの宣戦布告。

 時雨はその間、ずっと自分の爪を見ていた。綺麗な爪ではあるが、特別爪に興味なんてない。ただ、手持無沙汰だから見ているだけ。

 それはようすを見ている優大も察しており、「爪なんて興味ないだろ……」と呆れていた。

「ふふふ、さすがのあなたもそろそろ、このわたくしをインセクトできなくなってきたのではなくて?」

「そうですねー」

 覇気のない返事をする時雨。どう見ても無視している。

 というか、インセクトってなに。優大の中に疑問が生まれる。

「おおっと、失礼しました。インセクトとは、虫と無視をかけた高度なユーモアですわ」

「へぇー…そうなの」

 どこまでも興味がなさそうな時雨。

 一方、インセクトお嬢様の取り巻きたちは、「さすがメリア様w」とか「抱腹絶倒w」などと、単芝を生やしている。もはやそれはバカにしているのではないか。優大はそんな感想を抱く。

「ありがとう、みんなありがとう」

 しかし、お嬢様は機嫌をよくしていた。

「あらあら、どうやらオリカサ シグレには、このユーモアが理解できないようですわね。まあ、わたくしのユーモアで笑うには、知性が必要ですから。お勉強ができることと知性は、まったく別の話ということでしょうか……お可哀想に」

 メリアは憐みの目を時雨に向けて、あからさまな挑発をする。

 自分が知性ある動物と証明したければ、同じ土俵で戦ってみせろ――そう言っているようだった。

 しかし、そこは織笠 時雨。メリアの安い挑発など気にも留めずに、「あなたってユーモアがあって面白い人ね」と敗北を認める。

 これには挑発した本人も「む」と肩透かし――。

「将来は道化師がお似合いだと思うわ。きっとみんな、笑ってくれるわ。同情で」

 それじゃ――と、時雨はメリアの横を通り過ぎ、その場を後にする。

 メリアは少しの間、その場で思考を巡らせた後、「あ」と振り返った。

「今のひょっとしてバカにされましたか? わたくし?」

 ――おせぇ。

 優大は図書室の中に顔を戻し、呆れ混じりの溜息を吐く。

「しっかし、これはこれで意外な収穫だったな」

 さっそく情報とやらが手に入った。

 時雨はメリアのことなど微塵も興味がないようだが、メリアは違う。いつも話題に上がるのが時雨ばかりで、すっかりその陰に隠れていたがメリアは学年2位。

 そして、学年1位の時雨に対してライバル心を剥き出しにしている。

「てか、めっちゃ頭いいのな……」

 アホっぽいのに。

 これは負け犬の遠吠えである。優大はせいぜい平均よりも高い程度の成績。可もなく不可もなく。親に迷惑をかけない程度にしか勉強をしていない。

 ゆえに、相対的に評価するのであればアホなのは優大だった。

「なんか悲しくなってきた……お腹も空いたし……適当になんか食って、教室に戻るか」

 優大は妙な敗北感を覚えつつ、空腹を満たすために学食へ向かうのだった。

◆ ◆ ◆

「私、彼女に嫌われているんじゃないかしら」

 放課後。

 すっかり集いの場所となった図書室の物置部屋。

 織笠 時雨は定位置の椅子の上で、神妙な面持ちでたわけたことを口にした。これには優大も思わず、「は?」と手に持っていた本を床に落としてしまった。

「ここにある本は大事にしなさい」

「悪い。お前がたわけたことを抜かすから、つい」

 優大は破損がないか確認しながら本を拾う。

「彼女ってのは、ロイヤルハートお嬢様のことだよな」

「もちろん」

「今まで嫌われてるって、分からなかったのか?」

「興味がなかったから」

「……」

 これは優大の推測だが、昼休みのようすから思うに、メリアは1年の頃から時雨をライバル視していたはず。なにせ時雨は1年の頃からずっと学年1位。メリアがずっと2位だったかはともかく、今こうして敵意を剥き出しにしているのだから、昔からそうだったと考えるのは打倒である。

 しかし、当の時雨がこれだ。メリアに好意の欠片もない優大でも、さすがに同情を禁じ得ない。

「まあ、いいわ。私が彼女に嫌われてることは、たいした問題じゃないもの。それで、なにか彼女に関する情報は手に入れたのかしら」

「おいおい、昼休みから放課後の間でそんな余裕があったと思うか?」

「休み時間があるでしょう」

「10分そこらでどうしろと……? それこそ同じクラスなんだからお前がやればいいだろ」

「いやよ」

 本当に協力をするつもりがあるのだろうか。甚だ疑問である。

「まあ、ひとつ分かったことがあるぜ」

「なに?」

「あのお嬢様が、お前をライバルだと思ってるってことだな」

「そう。あなたが使えないことは分かったわ」

「おい」

 優大は先ほど拾った「これで痩せられるダイエット飯!」という本を元あった棚に戻しながら、口を尖らせる。

「つーか、情報って言われてもなぁ。誰かに聞いて回るわけにもいかんだろ?」

「そうね。あなただと、犯罪になるわ」

「俺のことなんだと思ってるわけ、マジで。まあ、実際そうなんだけどな」

 たとえばこんな感じ。

「へい、そこの可愛い子ちゃん。アルメリア・ロイヤルハートって知ってる? よかったら教えてくれない?」

「きもっ」

 となるだけなので、結局進展は得られないに違いない。

「あなたのことだから、そんなことだろうと思っていたわ」

「ほう? それじゃあ、学校一の才女様はどうすべきだとお考えで?」

「策ならあるわ」

「それはそれはぜひ教えていただきたいねぇ?」

「アルメリア・ロイヤルハートに接触して、彼女から直接情報を聞き出すのよ」

「どうやって?」

「理由はいくらでも作れるでしょう。あなた、得意じゃない」

「自分で言うのも悲しいが、俺は百発零中だぜ」

「本当に自分で言うのも悲しい戦績ね」

「一体なぜだ。俺は可愛い子ちゃんとただ楽しくお喋りしたいだけだというのに」

「そういう軟派なところが気持ち悪いのでしょう」

「うるせぇ」

「そもそも、狙う相手を間違えているんでしょう。成功率の低い相手ではなく、成功率の高い相手を狙うべきじゃないかしら」

「というと?」

「頭も股も緩そうな……アルメリア・ロイヤルハートみたいな女」

「ひどいことを言う」

 同級生に対してあまりにも辛辣すぎる言葉である。

「しかし、残念。俺は性格のいい可愛い子ちゃんが好きなんだよ」

「そう。残念ね。性格のいい女の子は、あなたに靡かないから諦めたほうがいいわ」

「さいですか……」

 閑話休題。

「アルメリア・ロイヤルハートをデートに誘いなさい」

「無茶をおっしゃるなこの女王様は。俺の戦績を聞いた後に言うことがそれか?」

「デートに誘うのは、それほど難しいことじゃないわ。理由さえあれば簡単よ」

「その理由がないわけだが」

「ないなら作るのよ。あなた、たしか動画を撮影していたわね」

「動画だぁ?」

「昼休み、中庭で私と会った時」

「もしかして、日和と轟さんが一緒にいた時のあれか?」

 優大が日和をからかうために撮影した動画である。当然、まだ削除せずに「日和をからかうネタ」というフォルダに保存してある。

「まずはそれを見せて、高原くんと轟さんの関係を彼女に教えて焦らせなさい」

「それ大丈夫なのか? まだあいつは日和に好きな人がいることを知らない。教えることで、躍起になって邪魔しようとしないか? どっかの誰かさんみたいに」

「そうならないために、あなたが手綱を握るのよ」

「ふむ」

 優大は腕を組み、顎で先を促す。

「筋書はこうよ。あなたは轟 琥珀に片思いをしている。しかし、高原くんと轟さんがいい雰囲気。そこであなたは、2人の関係を引き裂くために、あのお嬢様に協力を要請するの。高原くんとお嬢様がくっつく手伝いをするから、代わりに自分と轟さんがくっつく手伝いをしろってね」

「……お前、正気か」

「あなた、風の噂で聞いたところによると轟 琥珀をナンパしたそうね」

 心当たりは例のひったくり事件。あの時、優大はたしかに琥珀をナンパしている。

「あのお嬢様の周りには噂好きの取り巻きもいることだし、あなたが轟さんに想いを寄せていることに信憑性が増すと思わない?」

「まあ、そうかもしれねぇけど……」

「あとは協力関係を結んだ後、ゆっくりとお嬢様攻略の糸口を探せばいい。これならあなたがお嬢様の手綱を握って操ることもできるから、轟さんと高原くんの関係を邪魔させないように立ち回れる」

「んで? こっちがお嬢様にかかりきりになってる間、てめぇが日和につけ込むって寸法か?」

「……少しは信用しなさい。私としても、あのお嬢様が目障りなんだから。あなたと協力している間は、裏切るような真似はしないわ」

「だといいがな」

「それで、どうかしら? この案に乗るなら、明日からさっそくお嬢様に接触してもらうけれど」

「……」

 気は乗らない。時雨と協力関係を結んでからずっと。嘘とはいえ、親友の想い人を狙っていることになろうとは。ついに自分もここまで落ちたかーと、優大は頭の後ろをぽりぽり掻く。

 やがて、諦めたように溜息をひとつ。

「分かった。それでいこう」

「それじゃあ、明日から」

「へいへい……今日はもう終わりか? 帰っていい?」

「私はここで読書してから帰るから、お先にどうぞ」

「……」

「なに? 帰るんじゃないの?」

「その前に、ひとついいか?」

「……」

 沈黙は肯定。

 時雨は黙って先を促す。

「ダイエット中の女の子に食べさせるなら、どんな夕飯がいい?」

「……それは、新手のセクハラかしら」

「違う。お前にセクハラしてどうすんだよ。そんな恐ろしいこと、誰がするか」

「質問の意図が分からないわ」

「いや、なに。家族が……つーか、妹がな。ダイエット中でな。今日、俺が飯を作らなくちゃいけないんだ。前はサラダを作ったんだが、今日はなににしようかと」

「なるほど。そういえば、あなたダイエットに関する本をさっき読んでいたわね」

 時雨は顎に手を当てて思案する。

「悲しいかな。男飯のレパートリーなら充実しているんだが、女の子が好きそうな洒落たサラダなんてまったく知らなくてなぁ」

「やはり、たんぱく質は重要ね。それと、極端に炭水化物を減らすのも推奨しないわ。全体的なカロリーを抑えつつも、栄養はバランスよく摂らせること。あなたの妹さんがいくつか分からないけれど、若い女の子は体型を気にしすぎるあまり食事を抜きがちよ」

「あーたしかに、よく朝飯抜くんだよなぁ」

「ある程度、個人差があるとはいえ、1日3食は大事なことね。ひとまず、夕飯は野菜中心。レパートリーを増やしたいということなら、まずは野菜スープがいいと思うわ。生で食べるよりもかさが増すし、食べやすいから」

「なるほど。さすが、学校一の才女様だな」

「……意外ね」

「ん? なにが?」

「あなたは家族のために料理なんてするのね。シスコンというやつなのかしら」

「違う。邪推するな。まあ、うちの妹は世界一可愛いけどな」

「シスコンじゃない……」

「我ながら俺はいい兄貴じゃないからな。まあ、これくらいはな……」

「……」

「んじゃ、教えてくれてありがとうな。帰るわー」

「……ええ」

「じゃあな」

「……」

 優大からの別れの挨拶。時雨から返ってくることはなかった。

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