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俺がハーレムを全力で阻止する! 第6話

作:青春詭弁

 翌日。

 今日も特に代わり映えしない午前の授業を終えた生徒たちが、各々お昼を食べている中――内木 優大はどくどく脈打つ心臓を抑えながら物陰に身を潜め、息を殺していた。

「はぁ……はぁ……」

 その額には大粒の汗。制服の下にもびっしりと汗をかいている。

「あいつマジか」

 校舎4階。立入禁止の屋上へ続く踊り場には、めったに人が来ない。ここならば”やつ”に見つからない。

 しかし、収まらない動機。なぜならば”やつ”の息遣いが、すぐ下の階から聞こえてくるから。

「ドコへ、イッタ」

 ドシドシ。

 わざとらしく足音を立てて、下の階からおぞましさすら感じる女の声が聞こえる。優大の背筋に緊張が走る。

「ニガサナイ」

 キュッと上履きと廊下の摩擦で音が鳴る。その音は少しずつ優大に近づいているようだった。

 優大は恐怖を押し殺そうと口元を手で覆う。

 やがて――。

「あ、メリア様! こんなところに!」

 女子生徒の声が、優大の喉元まで差し迫っていた怪物――アルメリア・ロイヤルハートの足を止めた。

「あの男は……見つかりましたの?」

「い、いえ、こっちのほうには来てないみたいで……」

「そう。分かりましたわ。それなら西校舎のほうに逃げたかもしれませんわね。いきますわよ!」

「は、はい!」

「絶対……ぜーーーったいに! あの男! 内木 優大だけは生かしておけませんわ! 必ず見つけ出してぎったんぎったんのぼっこぼっこにしてやりますわ!」

 怒りを露わにしながら取り巻きの女子生徒とその場を後にするメリア。何とか見つからずに済んだ優大は、その場で「はぁー……」と安堵の息を漏らした。

「こ、こわっ……」

 そもそも、なぜ優大がメリアから逃げ隠れするはめになったのかというと、発端は時雨の例の作戦である。

 昼休み、優大はさっそく時雨の作戦を実行するべく1組に向かった。しかし、教室にはメリアの姿はなかった。一応、教室の隅――窓際の一番後ろの席で静かに読書をしていた時雨を見つけた。

 が、ひと目がある中で声をかけたところで無視されるだろうと考え、優大は仕方なく自分の足でメリアの捜索を開始。

 そもそも、メリアに微塵も興味がない時雨に「お嬢様がどこに行った知らない?」などと聞いたところで、「知らない」以上の答えが返ってくることはないだろう。期待するだけ無駄というやつだ。

 そんなこんなで優大は「そこの可愛い子ちゃん? ちょっといいかな?」と、ナンパがてらメリアの行方について人(可愛い子ちゃん限定)に訊ねてまわった。

 幸いなことに、アルメリア・ロイヤルハートの銀髪ツインドリルは目立つ。見た人(可愛い子ちゃん)がいれば、覚えているはず。実際、目撃者は多かった。

――あっちからいつもの高笑いが聞こえたよ!

 とか。

 見た目だけでなく言動にも特徴があると、こういう時に便利だなーなどと優大は思った。

 そうしてメリアの居所を掴んだ優大は、そこで見てはいけないものを見てしまった。

◆ ◆ ◆

 時は遡ること数十分ほど前。

 優大がメリアがいるというひと気のない校舎裏に足を運んだところ――。

「メリア氏は今期放送のアニメはなにが気になっていますか?」

 聞こえてきたのは覚えのある声。しかし、特別親しいというわけでもない相手。優大が思い浮かべた人物は、いつもメリアの近くで侍っている取り巻きの女子生徒である。

 ――取り巻きとなにか話してるのか?

 優大は細心の注意を払いながら、壁を背にして物陰からこっそりメリアたちのようすを窺う。

「そうでござるねぇ。小生は、やはり『悪の女幹部を全員デレさせたい』が1番気になっているでござる」

 ――ござ……?

 優大は耳を疑った。なにか重大な病気にかかってしまったのかもしれない。それとも夢か、幻か。白昼夢の中に迷い込んでしまったとでも考えなければ、とても説明がつかない。

 それほど優大にとって衝撃的な光景だった。

 なぜなら――。

「原作を忠実にアニメ化すれば今期の覇権は間違いなしでござろうが、問題はアニメ会社。前期でも作画崩壊で話題になっていたゆえ、拙者心配でござる」

 アルメリア・ロイヤルハートが丸メガネをくいくい持ち上げながら、取り巻きの1人とオタクトーク全開だったから。

「我輩、作画にはうるさいでござるからな~」

 一人称の大渋滞。

「にんにん」

 せめて侍なのか忍者なのか、そこだけははっきりしてほしいと優大は思った。

「!」

 優大は吹き出しそうになるのをなんとか堪えようと、口を手で覆う。

 人の口調やら言動で笑うなどよろしくないことは重々承知しているが、これは無理。あの普段偉そうにしているこってこてな高飛車お嬢様が、まさかまさかのオタクなどと誰が予想できるものか。

「ござるでにんにん」

 しかも、一人称も語尾も定まっていないこってこてのオタクである。普段の彼女を知っている者ほどギャップを覚え、つい笑ってしまう。

 ――ま、まずい。

 このままでは耐えられない。

 優大はこれ以上は見ていられないと視線を切る。

 思い切り笑いたい。今笑えば、さぞ気持ちがいいことだろう。何日もお通じがなかった時のあれに匹敵するくらいには、きっと。

 だが、そんなことをすれば当然メリアに見ていたことがバレてしまう。

 わざわざこのような場所で取り巻きと密会し、人目を避けてオタクトークをしているということは誰にも見られたくないということ。

 そんな場面を優大が見たと知ったら――どのような報復が待っているか。想像もしたくない事態である。

 今、優大がすべきことは決まった。一刻もはやくこの場所から離脱し、お嬢様に聞こえないところで盛大に笑うこと。

 こうしている間にも優大の耳には「ござるなー」とか「にんにん」などの相槌が聞こえてくる。強烈な追撃は、優大の笑いのツボを容赦なく刺激する。

 やめてほしい。優大は心の底からそう思った。肩を小刻みに震えさせながら。

「よ、よし、はやくこの場を離れよう……」

 と、優大が踵返した時だった。

「はぁ……今日もじゃんけんに負けてしまうとは……次こそはじゃんけんに買って、メリア氏にパンを買ってもらって……え?」

 学食のパンを両手いっぱいに抱えた女子生徒――メリアのもう1人の取り巻きと優大は鉢合わせてしまった。

 ――やらかした!

 メリアにはいつも取り巻きが2人いた。そして、あの場には今メリアを含めても2人だけ。その時点で1人だけいないことに気づいて警戒をすべきだった。

 だが、言い訳をさせてもらえるのなら、メリアの裏の顔が衝撃的すぎたあまり、優大の頭が真っ白になってしまったのも仕方ないというか……。

 まあ、そのような言い訳はアルメリア・ロイヤルハートたちには関係ないわけで……。

「く、曲者ぉぉぉぉぉぉ!」

「!?」

 優大は取り巻きの叫び声を聞いて飛び上がり、脱兎の如くその場から離脱!

 続いて取り巻きの叫び声に「なにごとでござる!?」とすぐさま駆けつけたメリアは、逃げていく優大の背中を見てぽつりと呟く。

「ミタナ」

 決して大きくない声。しかし、優大の耳にははっきりと聞こえた。

 ――あ、これ捕まったらやばいやつ。

 優大は本能でそれを理解し、必死に逃走。そのあとを追うのは鬼の形相をしたお嬢様。

 こうしてナンパ男と高飛車お嬢様によるお昼の追走劇が始まったのだった。

◆ ◆ ◆

 かくしてお昼の鬼ごっこを制した優大は、いまだ校内で自分を探し回っているメリアを警戒しながら校内を歩いていると――。

「おや?」

「お」

 優大は廊下で見知った人物と出くわした。

「轟さん」

 優大の前に現れたのは親友の想い人――轟 琥珀だった。

「うん。君はたしか、内木 優大くんだったかな」

「え? 俺、名乗ったことあったっけ?」

「高原くんからね。君のことを聞いたんだ」

「ああ、なるほど。それはそれは、ぜひあいつが俺のことをなんて言っていたか気になるね」

「ふむ。仲のいい友人と言っていたよ。普段は頼りないナンパ男で、女性の臀部ばかり追いかけている変態だと……」

「おっけー。あとでこれはお仕置きが必要みたいだ」

 こきこきこき。

 優大は拳を合わせて指を鳴らす。

 琥珀はそんな怒れる闘牛な優大を見て、どこか楽しそうに笑みをこぼす。

「はは、いやすまない。私が告げ口したことは内密に頼むよ」

「もちろん」

 竹を割ったような性格だ――優大は、ひと言ふた言の会話でなんとなく琥珀の人となりを理解する。

「ちょうどよかった。少し話せるかな」

「?」

「君と少しだけ話したいと思っていたんだ」

「え?」

 人生で女の子から初めてそんなことを言われた優大は、「オレトハナシタイ?」とそれが同じ言語であるか理解できなかった。悲しきモンスターみたいな男である。

 続いて、その言葉の意味を理解すると、今度はその真意が理解できず余計に困惑した。

「おっと、他意はないのよ。ただ先日――ひったくり犯を捕まえた時、気づいたら君がいなくなっていたものだから……私が間に入るのが遅くて怪我をしてしまったんじゃないかと心配だったんだ。高原くんの話では、元気だと聞いていたのだが……やはり自分の目でたしかめておきたくてね」

「なるほど。それは余計な心配をかけて悪かったね。ご覧の通りは俺は元気だよ」

「そのようで安心した。高原くんの言っていた通りだね」

 優大は「ふむ?」と顎に手を当てる。

 先ほどから琥珀の口から日和の名前が出ている。しかし、すべて「高原くん」という苗字呼び。

 そのことから考えるに、日和と琥珀の間にたいした進展がないことが窺える。

 ――なーにしてんだ、日和のやつは?

 自分ならすでに3回はベッドインしている。

 などと打率0.00の百戦百敗のナンパ師は、心の中で嘯いた。言うまでもないことではあるが、この男は紛れもなく1回もベッドインなどしたことがない純正の童貞である。

 優大はやれやれ仕方がないと、親友のためにひと肌脱いであげることにした。

「ところで轟さんって彼氏いる?」

 ド直球な質問。

 仮にこの会話を時雨が聞いていたら、「あなたバカ? いえごめんなさい。バカなのよね」と毒を吐いたに違いない。

 それほど脈絡なく、唐突な質問だった。普通の女の子なら「え、なにこの人……?」と警戒するだろう。

 しかし、琥珀はにこりと笑みを浮かべ、なんでもないように彼の質問に答える。

「いないよ。作るつもりもない」

「それはどうして?」

「部活で忙しいからね。仮に恋人を作ったとしても、デートにはあまりいけないだろうし……食事管理もしているから一緒においしいものを食べることも難しい」

「ああー」

 優大は先日の日和と琥珀のお昼の会話を思い出す。

「恋人ができても私はなにかを恋人と共有することができないんだよ。そんな女が恋人では、たくさんのことを彼氏に我慢させることになる」

「相手のためにも作らないってことなのか……」

「うん、そうだね。それに私はあまり男性が好むタイプではないだろう?」

「?」

「腹筋が割れている女よりも、お人形のように小さくて可愛らしい女の子を男性は好むだろう?」

 それは人による。少なくとも優大にとって轟 琥珀は思わずナンパしてしまうくらいには可愛い子ちゃんである。が、それをここで口にするのはまるで口説いているみたいになるのではないだろうか。

 親友の想い人相手にそれは憚られた。

「ああ、でも内木くんはこんな私をナンパ? してくれたんだったね。嬉しかったよ。ありがとう」

「その話は掘り返さないで!?」

 最悪、日和との友情が崩壊する事案に優大は血の気が引いた。

「はは、了解。でも、ナンパをされるなんて初めての経験だったから……本当に嬉しかったんだ。まるで普通の女の子みたいに扱われたみたいで」

「……」

 身から出た錆。自業自得。だが、奇しくも優大は1つの貴重な情報を手に入れた。

 ――女性扱いされることに慣れてないのか。

 これは日和にとってチャンスである。本人は恋人を作るつもりがないと言っているが、本気で人を好きになれば、そんなこと言ってられないはず。というのは、あくまで優大の個人的な考え方だが……ともかく。

 日和のモチベーションを下げるような情報は伝えず、益になる情報だけを伝えるべき。そもそも、日和のことだから琥珀が恋人作らないと聞いたら簡単に引き下がる可能性がある。

 ――よーし、日和には轟さんのことを徹底的に女の子扱いしろってことだけ伝えよう。

 優大は都合の悪いことはあえて伝えないことにした。

「さて、私は用も済んだし、もう行くことにするよ」

 琥珀は優大の無事を確認したかった以上の用がなかったようで、優大に背を向ける。

 優大もあまり詮索すると勘ぐられると考えて、「それじゃあまた」と琥珀と別れようとしてピタリ――体を硬直させる。

 理由は簡単。

 彼の視線の先に怒れる獅子がいたからだ。

「ミツケタ」

 アルメリア・ロイヤルハート。

 彼女に見つかった。

「おや?」

 琥珀もメリアに気づく。

「ご、ごめん! 俺もう行くな!?」

 優大は泡を食ったように体を反転し、そのままメリアから逃走。メリアは「逃がしませんわー!!」とスカートの裾をつまみながら、猛烈なスピードで彼を追走。

 一連の出来事を黙って見ていた琥珀は小首を傾げ、「メリアちゃん楽しそう」とにこやかに呟いた。

 さて、廊下を走る優大はというと、廊下に散らばる生徒たちの間を縫って依然逃走中。一方、メリアは「お邪魔ですわー!」とパトカーのサイレンよろしく「おーっほっほっほ」と高笑いすることで、生徒たちに道を開けさせていた。

 基礎体力では優大が有利。まっさらな直線であれば追いつかれることはない。しかし、こうも”生徒”という障害物がある状況では、どうしてもスピードを出すことができない。

 反対にメリアの方は、生徒たちが自主的に廊下の脇に寄っていくことで、障害物を避ける必要がない。

 どちらが速いかなど一目瞭然だった。

 とはいえ、メリアは女の子。しかも、スカートの裾を摘まんで走る”お嬢様走り”。それでスピードが出るはずもなく、結果的に両者の距離は変わらず平行線。

 であれば後は体力と時間の勝負。

 午後の授業のチャイムが鳴るまでに優大が逃げ切れば、ひとまず優大の勝利。逆に、チャイムが鳴るまでに優大がメリアに捕まれば、メリアの勝利。

 優大は自分の勝利条件を確定させ、なんとしてでも逃げきるべく階段を利用。踊り場から下の階へと跳躍することで、一気にショートカット。間髪入れず、さらに下の階へ跳躍――。

「ちらり」

 優大はこれで距離を離せたかを確認するべく、背後を確認。

「おーっほっほっほ! 逃がしませんわー!」

「!?」

 驚いたことにお嬢様も階段を跳躍して、優大の後を追いかけてきていた。優大が驚いたのは、お嬢様にそんなことできやしないと思っていたからだ。なぜならお嬢玉はスカートだから。

 スカートで階段を跳躍するなど自殺行為。そんなことをすれば、下の階にいる優大にスカートの中が丸見えなのだから。

 パンチラどころかパンモロ。

 しかし、優大の考えていることなどお見通しと言わんばかりに、メリアはにやりと笑う。

「バカめ! 見せパンですわ!」

 ――いや、見せパンは見せパンでありがとうございますって感じで合掌。

 相手がメリアでもいいものを見せてもらったお礼に手を合わせる優大。

 それでメリアもいくら見せパンとはいえ恥ずかしくなったのか、反射的に手でスカートを抑えてしまった。それが致命的なミスとなり、メリアはうまく着地態勢がとれなかった。

「ひでぶっ!?」

 結果、メリアは勢いあまって顔面から廊下に突っ込んだ。

「お、おい? 大丈夫か?」

 さすがの優大も心配になって声をかけたところメリアはすくっと立ち上がり――。

「絶対に許しませんわ!」

「え、俺のせい?」

 鬼ごっこ第2ラウンドの幕開けである。

「お待ちなさ~い!」

 顔を真っ赤にして追いかけるメリア。

「いい加減諦めてくれ!」

 必死に逃げる優大。

 迫るタイムリミット。

 優大は時計を確認。

 キーンコーンカーンコーン……。

 そして、試合終了のゴングが鳴り響き、優大は安堵の息を漏らして足を止める。

「よし、俺の勝ちだな。諦めてさっさと教室に帰るんだな」

 優大が勝ち誇った顔でそう言いながら振り返ると、突然体に衝撃が走る。耐え切れず優大はバランスを崩し、そのまま廊下の上に転がってしまった。

「ふっふっふ、ようやく……捕まえましたわよ? ナイキ ユウダイ……」

 そう口にしたのは、優大の上に馬乗りになっているメリアだった。彼女は終わりのチャイムを聞いても立ち止まらず、勢いそのまま優大に突進し、彼を押し倒したのだ。

「お、おいおい!? もう授業始まるぞ!?」

「それがなにか?」

「え」

「今のわたくしの最優先事項は、このわたくしの秘密を知ったあなたの始末ですの」

 にこりと微笑むメリアにぞっとする優大。

 ――やらかした……!

 勝手にチャイムが鳴れば大丈夫。普通の学生ならば、学業が優先。それが当たり前。

 そう思い込んでた優大の常識をメリアは容易くぶち破った。

「おーっほっほっほ! さ~て、どう調理して差し上げようかしら~」

「……」

 アルメリア・ロイヤルハートは仮に午後の授業をさぼることになろうとも、内木 優大という目撃者を消したがっている。

 それほどの真実だったことを優大は見抜けなかった。それが彼の敗因。

 彼女は優大の胸倉を両手で掴み、頭を持ち上げる。

「後頭部に衝撃を与えれば、あなたの記憶を消せるかしら?」

 ハイライトのない目で、そんな恐ろしい台詞を口にする彼女。

 すでに優大の命運はメリアの手に握られていた。

 ここで優大にできることはひとつだけ。

「話をしようじゃないか! アルメリア・ロイヤルハート嬢!」

 みっともなく命乞いをすることだけだ。

「話? なんの?」

 虚ろな瞳が優大を見下ろす。ひとつでも言葉を間違えれば、優大に命はない。

「俺はてめぇの秘密を誰にも言いふらさない! 話さないと誓う!」

「それを信じろと? わたくしの弱みを握ったあなたを生きて帰すリスクよりも、ここでワンチャン記憶喪失を狙って後頭部を……」

「それ下手したら死ぬから! 犯罪者にはなりたくないだろ!?」

「……」

 今のメリアは正気じゃない。後先考えずに、優大を亡き者にしようとする可能性もあった。しかし、まだギリギリで理性が保たれているようで、「ふむ」と優大の胸倉から手を放した。

「それもそうですわね。あなたなんかを殺した罪で刑務所に入るのもバカらしいですわ」

「ほっ」

「では殺さない程度に後頭部を……」

「だから死ぬって」

 やっぱり理性なんて保たれていなかった。

「言いふらさないなんてあなたに言われても信用できると思いまして?」

 結局はそれが問題。

 2人の間に絆など微塵も存在しない。敵同士として、日々殴り合っている間柄。弱みにつけ込んで脅したり、利用することはあってもそれを使わないなどあるだろうか。

 信用は積み重ね。一朝一夕でどうにかなるものではない。この場で優大がどれだけ言葉を尽くしても、メリアが優大を信用することなどありえない。

「あ」

 ふと優大は時雨のことを思い出す。

 彼女と優大の間にも信用や信頼などというものは存在しない。あるのは利害関係。目的を達成するため、お互いがお互いを利用しているにすぎない。

 人間関係としてはあまりにも冷たく、距離のある関係。しかし、その時雨との関係性こそが、今この窮地を切り抜けるのに必要な関係であると、彼は反射的に理解する。

 徐々に伸びるメリアの手。 優大はメリアが行動を開始するよりもはやく、その言葉を口にする。

「俺と協力関係を結ばないか!? アルメリア・ロイヤルハート!?」

「は?」

 メリアはピタリと動きを止め、意味が分からないといった表情で優大を見る。優大はメリアの興味を惹けたことに安堵しながら、懐からスマホを取り出す。

「まずはこの動画を見てくれないか?」

「?」

 優大が見せたのは日和と琥珀が一緒にお昼を食べている例の動画。

「これは……」

「今、日和には好きなやつがいる」

「!」

「それがこの女子生徒だ」

 優大が今生き残るために思いついたのは、時雨が考えた策だった。

「はっきり言うが、俺はこの女子生徒のことが好きだ」

「……」

 優大の言葉の真意を探るように、メリアは目を細める。

 つい最近、優大は表情や仕草の重要性を時雨から聞いていた。だから、ここはメリアに自分の本気を伝えるために真面目な顔で、彼女と視線を交える。

「俺は彼女と付き合いたい。けど、そのためには日和が邪魔だ」

 ちくり。

 優大の中に小さな針が刺さる。

「お前に頼むのは癪だけど……正直、お前は織笠 時雨や他のやつよりはマシだ。だから、そんなお前に日和のことを任せたい」

「つまり?」

「お前と日和がくっつく手伝いをしてやるから、俺と彼女がくっつく手伝いをしてほしい」

 一瞬の沈黙。

 メリアは優大の上から立ち上がる。

「あなた最低ですわね」

 ぐうの音も出ない批判の言葉だった。

「友達の想い人に懸想したから、友達の恋の邪魔をするために他人の恋愛感情を利用するなんて」

 まったくもってその通り。

「本当に最低ですわ」

 反論などできようもない。

「しかし――」

 メリアはおもむろに地べたを横たわる優大に手を差し伸べた。

「さいっこうですわ……!」

 恍惚とした顔で、ついに自分の恋が叶うと思った乙女は躊躇いもなく悪魔と取引することを選んだ。

 優大はそのことに困惑した。

「おいおい、最低なんじゃないのか?」

「ええ。しかしまあ……ヒヨリと恋人になれるのなら悪魔とだって取引しますわ」

「驚いたな。そんなに好きだったのか?」

「あら、知りませんでしたの? わたくし、ヒヨリのことを世界で1番愛していますのよ」

「……」

 どうやったらこんなお嬢様にここまで好かれるのか。優大にはまったく見当もつかなかった。

「ったく……」

 優大は苦笑しながらメリアの手を取って立ち上がった。

「それで? わたくしとヒヨリが付き合えるように協力してくれるというのは本当ですの? いつもみたいに邪魔はしないと?」

「そうだな。でも、こっちのほうにも協力してもらうからな。それと、こっちの指示にも従ってもらう。ちゃんと協力してやるから、いつもみたいにやたらめったら絡むの禁止」

「む……」

「安心しろ。てめぇが協力してくれる限り、俺もちゃんと手伝う」

「……分かりましたわ。ヒヨリのことは、少なくともあなたのほうが知っていますしね。あなたが敵ではなくなると考えれば、心強いことは認めますわ」

「そいつはどうも」

 なんとか首の皮が1枚繋がったことに、優大は安堵の息を吐く。それと同時に、ついに始まっちゃったなーと溜息も吐く。

「とはいえ、わたくしはあまり我慢強いほうではありませんの」

「?」

「というわけで、さっそくわたくしがあなたとコハクの恋を手伝って差し上げますわ! そのあとはわたくしとヒヨリを手伝いなさいね!」

「いや、そんな急に言われても……ん?」

 今、メリアが気になることを口走ったことに優大は気づいた。しかし、なにがおかしかったのかが分からない。思い出せそうで思い出せないあの感覚。喉まで出かかっているのに、正解に辿り着けない。

 だが、その正解は案外すぐに判明した。

「紹介いたしますわ! わたくしのお友達のトドロキ コハクですわ! こっちはナイキ ユウダイ! 同じくわたくしのお友達ですわ~。ユウダイがコハクと付き合いたいというので、こうしてお見合いをセッティングしましたの~。ささ、存分にお話してくださいな~」

 時刻は放課後。

 場所は学校最寄りの駅にある喫茶店。

 そこのソファ席で、陽気に話しているのはアルメリア・ロイヤルハート。その隣で気まずそうにしているのは轟 琥珀。その向かいで、さらに気まずそうにしているのは内木 優大である。

「や、やあ……また会ったね?」

「――」

 かたまる優大。

「うふふ~これでヒヨリとついに……!」

にこにこしているメリア。

「あはは……」

 苦笑している琥珀。

 三者三様。

 優大は天井を仰ぎ、心中でこう叫んだ。

 ――なにしてんだこいつぅぅぅぅぅうぅぅ!?!!?

 まさかアルメリア・ロイヤルハートがここまでアホだったとは。

 まさかアルメリア・ロイヤルハートと轟 琥珀が友人関係だったとは。

 誰が想像できただろうか。

「はぁー……」

 溜息を吐く優大。

 こんなことがもしも日和に知られれば、どんな誤解をされてしまうか分からない。

「マジどうしよう」

 優大は頭を抱えた。

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