俺がハーレムを全力で阻止する! 第7話
「もう一度……言ってもらえるかしら」
「はい」
場所は織笠 時雨と内木 優大の密会場所である図書室の物置部屋。お昼の陽気な日差しが窓から差し込む中、室内は鬱屈とした空気に包まれていた。
その空気を作り出しているのは、部屋の主人こと織笠 時雨。定位置となっている椅子の上に、腕を組んで座っている。指で自分の二の腕をリズムよく叩いており、自分の不機嫌をこれ見よがしに表している。
そんな時雨から不機嫌オーラをぶつけられている優大は、彼女の前で正座していた。
「はぁ……なぜこんなことになったのかしら……」
「俺にも分からないっすね」
あっけらかんと答える優大を時雨は「ギロリ」と睨みつける。
「いや、そりゃあ俺だってわざとじゃないっていうかさ! そっちだって知らなかったんだろ? あのお嬢様と日和の想い人が友達だって!」
今、優大がこうして正座をしているのは、すべて昨日起きた出来事が原因だった。
「そうね。けれど、それはどうでもいいことよ。問題なのは、その上であのお嬢様がまさか……あなたと轟さんを直接引き合わせたことよ。あのお嬢様ってバカなの……? 頭のネジがひとつ足りないのかしら。どうしたら、そんなバカな行動が取れるのかしら。人としておかしいでしょう。誰がそんな行動を読めるというのよ」
ぶつぶつぶつ。
どうやら時雨が不機嫌な理由はアルメリア・ロイヤルハートにあるらしい。
「うんうん。まったくその通りだな。つまり、俺は悪くないってことだよな」
「……そうね」
「じゃあ、なんで俺は正座させられてるんですかね」
「八つ当たりよ」
優大は「この野郎」と心の中で毒づいた。
「まさか1人のバカのせいで、ここまでうまくいかなくなるなんて思いもしなかったわ」
「ね」
時雨は深い溜息を吐いた後、おもむろに口を開く。
「それで昨日の放課後なにがあったのか。もう一度、話してもらえるかしら。今度はより具体的に」
「へいへい……分かりやしたよ」
優大はやれやれと肩を竦めながらも、時雨の命令に逆らうことなく昨日の放課後に起こった出来事について語り出す。
「昨日、俺はお嬢様に呼び出されて駅前の喫茶店に行った。そこで俺は轟さんと会った。で、お嬢様によって、俺が轟さんに気があるってことをバラされた」
口にすると余計バカバカしいことこの上ない。
どこの世界に恋愛相談した直後に、気持ちをバラすバカがいるのだろうか。いやいた。この世界に。というかこの学校に。
「それで、その後はどうしたのかしら」
「その後は……まあ、修羅場だったよ……」
思い出すだけで胃が痛くなるような状況を優大は振り返った。
◆ ◆ ◆
時は遡り、優大がメリアによって琥珀に気持ちをバラされた喫茶店。
「さあさあ! ぜひお話なさって! おーっほっほっほ!」
いつもの如く高笑いをしているメリアに対して、優大と琥珀の間には微妙な空気が漂っていた。
「なんか……すまん」
「い、いやぁ……」
頭を抱える優大。気まずそうな琥珀。地獄のような空気である。
一方、メリアのほうはうだうだしている優大を見て、やれやれと肩を竦めた。
「ちょっとあなた! せっかくわたくしがこうして協力して差し上げているのになんですの? もっとがつがつ話しかけてアピールなさいな! そんなことでは、想い人は振り向いてくれませんわよ!?」
余計なお世話にもほどがある。
「ええっと、君は私のことが好きなのかな……?」
琥珀は恐る恐るといった感じで口を開く。優大としては、全力で否定したいところだが、メリアがいる手前それはできない。
「おーっほっほっほ!」
優大は高笑いしているお嬢様に近づくために、「内木 優大は轟 琥珀のことが好きである」という嘘をついているのである。
ここで琥珀の問いを否定するということは、メリアに言ったことがすべて嘘であったことを自白するようなもの。
「いや~本人を前にして好意をさらけ出すは恥ずかしくて~」
などと、嘘の上に嘘を塗ることもできる。が、すでにひとつの嘘が原因で、こんな状況に陥っているのだ。新しい嘘で、またなにが起こるか分かったもんじゃない。
最悪の場合――。
「なにを腑抜けたことをおっしゃってますの!? そんなことでは想い人を射止められないですわよ! 1回全校生徒の前で告白して、漢気を見せなさい!」
とかなんとか言われて、強制公開告白をさせられる可能性もある。そうなれば、日和にバレるのは必至。つまり死刑宣告と同義。
今はこれ以上、お嬢様が余計なことをしないよう嘘をつくべきではない。
優大はそう結論づけて、口を開く。
「俺は君のことが好きだ」
優大がはっきりとそう口にすると、メリアは「あらあらまあまあ」とコイバナ好きな女子高生よろしくな表情を見せる。
琥珀のほうは逆に複雑な表情を浮かべる。
「すまない。私は今、恋愛をするつもりはなくて……」
「あ、うん。大丈夫。お昼にも聞いたから」
振られるのは予定調和。こうなることは分かっていた。だからこそ、優大は躊躇いなく告白できた。
――お昼に轟さんと話しておいてよかった!
これでもしも琥珀が、「彼氏欲しいっピ♡」というタイプだったら優大は親友を裏切った罪の意識から自害するところだった。
「あらあら、振られてしまいましたわね。でも、安心してくださいまし! わたくしが、必ず2人の恋のキューピッドになって差し上げますわ~」
――頼むからそれ以上、口を開かないでほしい。
優大は頬をぴくぴくさせながら内心でそう思った。
「そして、その代わりに! わたくしとヒヨリが付き合えるように手伝ってもらいますわよ!」
「おまっ――」
もはや全部バラしてしまったことに、優大は絶句するしかなかった。
「ヒヨリ……? ああ、高原くんのことか。メリアちゃんは彼のことが好きなのかい?」
「ええ、そうですわ!」
「そっか。どうして好きになったのかな?」
琥珀の問いに優大は「むむ」と聞き耳を立てる。メリアが日和のことをなぜに好きになったのか――その理由を優大は知らない。
興味もなかったし、優大が聞いたところでメリアが教えることはなかっただろう。これはメリアのことを知るいい機会――。
「……ほら、わたくしって本当は……あれでしょう?」
「うん、そうだね。あれだね」
「ヒヨリは、そんなわたくしにも優しく接してくれて……それがすごく嬉しくて……」
もじもじと話すメリア。それをにこにこ聞いている琥珀。
完全にのけ者となっている優大は、2人の言う「あれ」が分からず首を傾げる。
メリアはもじもじとしながらも、「協力者ですし」と呟きながら渋々口を開いた。
「わたくし……オタクですの……」
「ああー」
優大は”あれ”の正体を知って、ぽんっと手の平を打つ。
「おや? メリアちゃん、自分がオタクってこと隠してたのに……いつからオープンにしたんだい?」
「オープンなんかにしてませんわ! ただ、彼にはひょんなことから知られてしまったから!」
「なるほど、それでか。私としては、まったく隠す必要ないと思うんだけどね」
「コハクはそう言ってくれるでしょうけれど、やっぱり英国貴族のお嬢様が……日本のアニメや漫画が大好きなオタクなんて知ったら、みんなきっとがっかりするでしょう……?」
「あはは、びっくりはすると思うけど、がっかりする人なんていないよ」
「そんなことないですわ! みんな、お嬢様といえば今のわたくしを想像するに決まっています! 日本のアニメや漫画に出てくるお嬢様キャラはすべからく! みんなこんな感じじゃないですか!」
「否定はしないよ? けど、だからってわざわざオタク趣味を隠して、お嬢様キャラでやっていくことないんじゃないかい?」
ここで琥珀のびっくり爆弾発言。優大は思わず己の耳を疑う。
今の会話を整理すると、メリアはオタクであり、その趣味を隠している。そして、みんなが望んでいるであろうお嬢様キャラを演じている。
つまり――。
「そのキャラ作ってんのかよ!?」
優大は驚きのあまり、つい口から出てしまった。
「そ、そうですわよ……」
「ふふ、驚くのも無理はないよ。私も初めて知った時は驚いたからね」
「も、もう! コハク! その話はいいでしょう!」
「あはは、ごめんごめん」
かなり仲睦まじいようすのメリアと琥珀。優大としては、この2人がいかにして仲良くなったのかもぜひ聞いてみたいところだが、今は他に優先すべきことがある。
「それで? 日和のこととてめぇのオタク趣味がどう関係するんだ?」
優大は話を戻すと、メリアも思い出して「ああ、そうでしたわね」と続ける。
「ある時、日和にわたくしの素の姿を知られてしまったのですわ。オタク趣味がバレたわたくしは、もうダメかと思いましたの……こんなことがバレたら今まで高飛車お嬢様キャラとして振舞ってきた分、恥ずかしくて死ぬしかないじゃありませんか」
なるほど、それであんな必死になって追いかけてきたのかと、優大はお昼の鬼ごっこを思い出す。メリアと日和の間にも似たような出来事があったのかもしれない。
「でも、日和はこんなわたくしの本性を知っても笑ったり、バカにしたりすることなく、他人に言いふらしたりしなかったどころか……わたくしのオタクトークに付き合ってくれましたの!」
日和らしい。長く彼と付き合ってきた優大は納得して頷きながら、メリアの話に耳を傾ける。
「それに、他人の期待に応えようとするわたくしのことも肯定してくれて……」
「それで、日和のことを好きになったのか」
「はい……彼はとても素敵な殿方ですわ」
そう言って微笑むメリア。いつも彼女の苛烈な側面ばかりを見てきた優大からすると、「こんな穏やかな表情もできるのか」と意外に思った。
「なるほどな」
優大は呟きながら腕を組み、体重を背もたれに預ける。
――秘密の共有と趣味の共有。
日和の性格からして狙っていたわけじゃないだろうが、それがメリアにとってクリティカルだったのだろう。
それがきっかけでメリアは日和に好意を抱き、今に至るというわけか。
「そんなことがあったとはな。びっくりしたぜ。日和からはなにも聞いてなかったからな」
「ふふん。日和は他人の秘密をべらべらと話すような殿方ではありませんもの♪ どこかの誰かと違って!」
「それ、俺のこと言ってんのか?」
「はい。わたくし、あなたのこと信用してませんので」
にっこりと微笑むメリア。もちろん、先ほどの穏やかな笑みとはまったく別種の表情であることは言うまでもない。
「まあ、日和とてめぇのことは分かった。てめぇが日和に本気なこともな」
「ええ、当然ですわ!」
「ただ、他にも気になることがあるんだが――」
言って、優大は琥珀とメリアを交互に見る。
「2人はどういう繋がりなんだ? お嬢様と格闘家、特進組とスポーツ組、知力と体力……なんか2人が仲いいって意外すぎる情報だぜ」
もしや琥珀もオタク趣味繋がりだったりするのだろうか。彼女の好きなものや趣味を知るチャンスと考え、優大は2人の関係に探りを入れる。
「実は私もアニメや漫画が好きでね。なんというか流れで、メリアちゃんと仲良くなかったんだ」
「へぇ~轟さんも好きなんだ」
「といっても、メリアちゃんほどではないけれどね」
「ふむ?」
優大がどういうことかと首を傾げると、メリアが横から割り込む。
「わたくしは幅広いジャンルを愛していますの。アニメや漫画に限らず、わたくしは日本そのものが大好きですから。コハクはわたくしと違って、ジャンルがバトルやスポ根に限定されていますの」
「スポ根……スポーツ漫画ってことか」
「私は熱い話が好きなんだ」
なるほどなるほど、把握。優大は琥珀の好きなジャンルをインプットする。
「熱いバトル、熱い試合……私も物語の世界のような好敵手と出会えたらいいなと、常日頃から思っているよ」
朗らかな笑みを浮かべる琥珀。しかし、その瞳の奥には闘志が燃え盛っているのが、はっきりと見て取れた。
「コハクったら、戦うのが好きですわねぇ」
「まあね。強い人と戦うのは楽しいから」
「でも、琥珀の試合って見ていてハラハラしますのよね。わざと相手の攻撃をすべて受けるだなんて……いくらでも避けられるし、いくらでも防げるでしょうに」
「あはは、やっぱり自分の成長のためには相手の技をすべて受けきった上で勝たないとね。相手よりも上回ったとは言えないんじゃないかなって思うんだ」
「それで毎回勝ってしまうんですから、コハクの体ってどうなってますの? サイボーグ?」
「いつか鉄くらいガチガチの体になるまで鍛えたいよね」
「いえ、同意を求められても困りますわ……」
バトルジャンキーなのだろうか。優大はにこにこしている琥珀を見ながらそう思った。轟 琥珀のことがまたひとつ理解できた気がする。
「ふふ、それにしてもユウダイ! 振られてもめげずに相手の好きなものを探るとはやるわね! その不屈の精神、見直したわ!」
またお嬢様が余計なことを口走り、優大と琥珀の間に微妙な空気が漂う。
もう口を開かないでほしい。お願いだから。
「あはは……ごめん。私、付き合うつもりないから」
「わ、分かってるって」
「あらあら、残念でしたわね~おほほほほ」
張っ倒してやろうか、この女。
優大は心の中でそう思ったが、なんとか我慢した。
◆ ◆ ◆
「以上が昨日の話だ」
「……」
優大が時雨に説明を終えると、彼女は目頭を抑えて「少し待ってちょうだい」と間を置く。
「まさか、このような事態になるなんて」
「ね」
「誰のせいだと思っているのかしら」
「俺のせいだってのかよ」
「そうよ」
「いや、仕方ないだろ! あのお嬢様がこんな突飛な行動に出るなんて誰が思うんだよ!? そっちだって予想できなかっただろ?」
「……」
「ともかく、次のこと考えようぜ! 次!」
時雨は溜息を吐きながら、やれやれといった感じで口を開く。
「そうね。まだ高原くんの耳には入っていないでしょうし、最悪あなたと高原くんの仲が悪くなっても私には関係ないものね」
「おい」
「冗談よ。あなたがショックのあまり使い物にならなくなったら、誰があのお嬢様を止めるというの?」
「俺はてめぇの”物”じゃあねぇぞ」
「ともかく、またあのお嬢様が変なことをしでかす前にさっさと口説き落として、轟さんの誤解を解きましょう。幸い、貴重な情報が手に入ったのだし」
「そうだな。そうしよう」
「それにしてもあなた、なんの躊躇いもなくアルメリア・ロイヤルハートの秘密を私に教えたわね。サイテー」
半眼で優大に避難の視線を向ける時雨。優大は「へいへい」と肩を竦める。
「こっちは好きでもない相手を口説き落とそうとしてる時点で、割と最低なことしてるんだから今更だろ。元から俺たちには大義名分なんてねぇだろうが」
「……それもそうね」
「んで? 俺はこれからどうすればいいんだ?」
「今日の放課後、デートに誘いなさい」
「デートだぁ?」
「そこで決着をつけるわ」
「もう?」
「必要なピースはすべて揃っているもの。理論的には、あのお嬢様を口説き落とせるはずよ」
「そんなうまくいくものかねぇ」
時雨の力の一端を見た後でも、優大は彼女の力にいまだ懐疑的であった。
「まだ私の力が信じられないのかしら」
「……なんつーか、てめぇは機械的すぎるんだよな」
ピクリ――と、時雨の肩が震える。
「人間の感情はプログラムじゃねぇだろ? 特にあのお嬢様は、感情の赴くままに行動しているタイプだぜ。てめぇのやり方で、はたしてうまくいくかね」
「……やってみればすぐに分かることだわ」
「ん?」
いつもクールな時雨には珍しく、どこか棘のある語気。優大は彼女が怒っていることに気づき、首を傾げる。
「なんか怒ってる?」
「怒ってないわ」
「怒って――」
「怒ってないわ」
――怒ってますやん。
とはいえ、これ以上追及するのも無駄だと判断。優大は話を戻そうとして、「それで」と続ける。
「どうやってお嬢様をデートに誘う?」
「高原くんとデートをセッティングしたから、その下見のためとでも言えばいいでしょう」
「おーけー。まあ、ひとまずそれでやってみよう」
「ええ……今日、証明してあげるわ」
「あん?」
「私が正しいことを」
「……」
やはり、あきらかに怒っている。
優大はなにが彼女の怒りに触れたのか分からないまま、その場を後にした。
◆ ◆ ◆
「遅いですわよ! ユウダイ!」
「へいへい、すんませんね。お嬢様」
放課後。
優大とメリアは学校最寄りの駅前で待ち合わせをしていた。
「感謝しますわ! ユウダイ! ヒヨリとのデートをセッティングをしてくれるなんて!」
「まあ、こっちも轟さんと話す機会を設けてもらったからな。その礼だとでも思ってくれ」
「そのうえ、デートの下見まで付き合ってくれるとは……あなた、意外といい人ですの!?」
「それ褒めてんだよな?」
「ベタ褒めですわ~」
まったく褒められている気がしないが――ともかく。
これから2人が向かう先は、2つ駅を跨いだところにある大型ショッピングモールである。
彼らが通う学校の生徒が、放課後に立ち寄る遊び場所といえば基本的にはここだ。
多種多様なお店と長時間お喋りができるフードコート、暇つぶしに最適なゲームセンターやシアターなどなど。
若者が遊ぶには、十分な設備が揃っている。
「それではさっそくどこへいきましょう!?」
想い人である日和とのデート本番に向けてやる気十分なようすのお嬢様。
と、そこに優大の耳に装着されたイヤホンから「待ちなさい」と時雨の声が聞こえる。
待ち合わせ場所に到着する前から、すでに優大は時雨と今日の打ち合わせを終えており、時雨は離れた場所から2人を尾行していた。
実際、優大が視線を少し彷徨わせたところ、モール2階の吹き抜けから1階にいる優大たちを見ている時雨と目があった。
『行き先はアニ〇イト』
「アニメイトだ……?」
優大はメリアには聞こえないくらいの声量で、時雨の指示に異を唱える。
「お嬢様がオタクだからか? 安直じゃねぇか……? それに目的はどうあれ、一応日和とのデートの下見っつー理由で来てるんだぜ?」
それでメリアが好む場所へ連れていくというのは、変な勘ぐりをされて警戒されないだろうか。
だが、時雨はそんなことは折り込み済みであると言わんばかりに、イヤホン越しに溜息を吐く。
『今日でそこのお嬢様を落とすのよ? 警戒されないように行動していては、距離を縮めることすらできないでしょう。警戒されてでも、お嬢様の好感度を稼ぎにいくべきだわ』
「……好感度って」
ゲームじゃあるまいに。
「どうかなさいましたの?」
メリアはずっとぶつぶつ言っている優大を不審に思い、首を傾げる。そんな彼女に「なんでもない」と首を横に振り、とりあえず時雨の指示に従うことにした。
「まずはアニ〇イトでもいくか?」
「え?」
「そういうところ好きだろ?」
「ええ、まあ、好きですけれど……なぜわたくしの好きなところへ? これは日和とのデートの下見なのですから、日和の好きな場所へ案内してもらいたいのですけれど……?」
メリアの表情にあきらかな警戒の色が表れる。言わんこっちゃない。
『誤魔化しなさい』
時雨からは雑な指示が飛んでくる。仕方ない。
「日和の性格を考えると、自分だけが楽しんでる状況はあまり好まない。相手が楽しんでくれたほうが、日和は楽しめるタイプなんだよ」
「む、なるほど! そういうことだったのね!」
「というわけで、まずはアニ〇イトに行こうぜ」
「分かりましたわ! いざ出発ですわ!」
メリアは銀髪のツインドリルをギュイィィィィィンと音を立てながら、元気よく駆け出す。
『さて、始めましょうか』
「……そうだな」
作戦開始。
優大はメリアの後に続いて移動。
「ここですわ~」
「おおー」
目的地へ到着するとメリアは目を輝かせ、優大は感嘆の息を漏らす。
彼はこういう場が初めてであった。これだけアニメや漫画のキャラクターたちに囲まれたことがなく、素直に圧倒された。
「驚いていますわね?」
「初めて来たもんでな。漫画以外にもグッズとかもあるんだな」
「ここはなかなか品ぞろえがいいですわね……あ、ほら見てくださいな! こんなところに推しの缶バッチが!」
メリアはあちこちに目を光らせる。それだけ興奮しているのだろう。
『楽しんでいるようね』
時雨もしっかりと付いてきて、優大たちのようすを見ている。
『ひとまず、彼女の好きなものの話でも振って、話を聞いてあげなさい』
「……へいへい」
優大はグッズの前で「全部欲しいですわ~」とよだれを垂らすメリアに、やや引きながらも声をかける。
「このグッズの作品が好きなのか?」
「ええ、大好きですわ!」
優大が指し示したのは、筋肉隆々とした男が描かれたタペストリーであった。
「どういう作品なんだ?」
「バトル漫画ですわ~。男と男が殴り合う……熱いバトルが売りの作品ですの! ライバルとの和解……男の友情……そしてくんずほぐれつ……きゃ~~~」
顔を真っ赤にして、なにやら興奮しているメリア。一方、優大はドン引きである。こいつは腐っている。
優大はその界隈に詳しくはないが、本能的にメリアとは分かり合えないであろうことを悟った。
『いい調子ね』
時雨にはそう見えているらしい。優大からしたら、まったくそのようには見えないのだが。
それからしばらく優大は、メリアに付き合ってお店の中を巡る。
「ほくほく」
ほくほく顔のメリア。優大は彼女の横顔を見ながら焦燥感を覚える。
――ここにいる間、お嬢様から話題を振られることがなかった。
終始、優大からメリアに話題を振っているだけ。話そのものは盛り上がっているが、優大には徹頭徹尾、興味がないという空気をメリカからひしひしと感じられる。
離れたところから見ているだけの時雨には分からないのだろうか。どう見ても優大にはうまくいっているようには思えない。
「俺の杞憂に終わればいいんだけどな……」
しかし、そんな優大の希望も虚しく砕け散ることになる。
日が傾き、夕焼けに染まった空の下。優大とメリアはモールの屋上庭園にいた。
『ここまでで十分、距離は縮まっているはずよ。告白して、いっきに攻め落とすわよ』
「……」
優大は時雨の判断に従い、ロマンチックなシチュエーションでの告白を試みる。
だが――。
「ごめんなさい。わたくし、あなたを好きになることは絶対にありえませんわ」
「……」
優大はまったく歯牙にもかけられることなく、淡々と拒絶された。
◆ ◆ ◆
ザーザーザー。
雨が、降っている。
「……」
時雨はいつもの物置部屋の窓辺に立ち、雨音に耳を傾けていた。
しとしとしと。
雨粒が落ちる音が聞こえる。
優大は彼女の背中を眺めながら溜息を吐く。
昨日の放課後、優大がメリアに振られてから1日明けた今日。朝から続く雨に、優大はうんざりとしていた。
ただでさえ、メリアに振られたことで多少なりとも気分が落ち込んでいるのだ。おかげでお昼休みになっても、食欲が湧かない。
もちろん、食事も喉が通らないほどメリアに好意を抱いていたからというわけではない。
「失敗したな、作戦」
メリアを優大に惚れさせてライバルを減らそうという時雨の作戦――それは、ものの見事にあっさりと、あまりにも呆気なく、失敗に終わった。
原因は――。
「てめぇの見積もりが甘かったんじゃないか?」
優大は時雨に責任追及する。
「……」
時雨は口を噤む。
「一緒にデートして、好きな場所に連れてって、話が盛り上がったからってそれで好感度が稼げてるわけねぇだろうが。ゲームじゃないんだぜ。プレゼントすれば、無条件に好感度が上昇するとでも思ってんのか?」
「私は……」
「まあ、てめぇ1人だけを責めるのはお門違いなんだけどよ」
優大は打率0.00の男。メリアが自分に微塵も好意を抱いていないことは気づいていた。しかし、成功体験の少なさから自分の直感を信じることができず、結局時雨の指示に従ってしまった。
とはいえ、それでも責めずにはいられない。失敗の実害を被るのは、優大なのだから。
「お前やる気あるのかよ? あんな大見得切っておいて」
「……もちろんあるわ。私は、彼のことが好きなのだから」
好き――。
優大は時雨が日和に向ける好意について、常々疑問を抱いていた。
「お前は、なんで日和のことが好きなんだ?」
「なぜ、そんなことを聞くの。それも今」
「なんとなく。お前って、人を好きになるタイプじゃないだろ」
「……」
優大はここのところ人を本気で好きになった人物と触れあってきた。
自身のトラウマを乗り越えて、轟 琥珀に恋をした高原 日和。
秘密を共有し、趣味を共有し、高原 日和に恋をしたアルメリア・ロイヤルハート。
それに比べて時雨はどうなのだろうか。
「私は――」
時雨は窓の外に向けていた視線を優大に向ける。その瞳は、雨に濡れているようであった。
「私は……困っているところを彼に助けてもらったのよ……」
「困っているところ?」
「酔っ払いに絡まれているところを、彼が助けてくれたの」
時雨は弱々しく優大から視線を外して俯く。
いつもはあんなに堂々と力強い目をしていた少女が、今はどうだ。信じられないほど弱っている。雨に打たれた捨て猫のように。
「そりゃあ、またベタだな」
「なにか、問題でも?」
「別にねぇよ? それで日和に惚れても、まあ不思議じゃあねぇな。助けられた女の子が、織笠 時雨じゃなければな」
ザザーザザー。
時雨の心情を表すかのように、雨脚が強まった気がする。
「私が普通の女の子のように、助けてくれた男の子に恋をするのはおかしい……と……?」
「ちょくちょく感じてはいたが、お前の考え方や思考はどこか機械的だ」
「――」
「まるでそうされたから、自分はこうするべきみたいな……プログラムで動いてるのかてめぇは」
「私は機械じゃない……!」
ピシッ――と、窓ガラスが軋む。
「私は……! プログラムじゃない……!」
優大は目を見開く。信じられないものを目にしたから。
「はぁ……はぁ……」
あの織笠 時雨が声を荒げた。自分の感情を表に出すことなく、いつも冷ややかな視線を他人に向けていた彼女が、感情を昂らせ、あまつさえそれを露わにした。
普段の彼女を知っている優大からしてみたら、頭を鈍器で殴られたような衝撃である。
「くっ……」
時雨は優大の脇を通り過ぎ、力強く扉を閉めて、物置部屋から出ていく。
「織笠のやつが、まさかあんなに怒るとはな」
優大はどうせいつもの如く、自分がぼこぼこに言い負かされるだろうと思っていただけに、予想外の展開に戸惑った。
「地雷だったかー……」
思い返せば、昨日のやり取りの時も、彼女の怒りに触れていたことを思い出す。
そこから考えるに、彼女の地雷ワードは「機械」なのだろう。
「はぁー……」
深い溜息。
優大はその場で膝を折り、頭の後ろを掻く。
「どうしたもんかね……この状況」
日和の恋の応援をしようと思っていただけなのに。
メリアを鞍替えさせる作戦は失敗。
親友の想い人には下心があると誤解。
協力者とは諍いで喧嘩別れ。
「――」
いずれメリアが日和に優大のことを告げ口するだろう。
そうすれば日和との関係も終わる。
嘘をつき続けた嘘つきの幕引き。オオカミ少年の末路。
「詰んだ」
嘘はなにも生まない。
こうして内木 優大の物語は幕を閉じた。

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