俺がハーレムを全力で阻止する! 第8話
「優大、今日はどうしたの? 具合でも悪い?」
時雨と別れた優大が教室まで戻ってくると、日和が心配そうに近寄ってくる。
「いや、別になんもねぇよ」
「けど、今朝からようすが変だよ? 僕と目が合わないだけならまだしも、可愛い子ちゃんを見かけてもナンパしようとしないし……」
食事が喉を通らない――の内木 優大バージョン。優大が可愛い子ちゃんをナンパしない。
なるほど、幼馴染として長く優大と接してきた日和ならではの着眼点である。
「優大が可愛い子ちゃんをナンパしないなんて、明日槍が降っちゃうよ」
「確定事項なのかよ」
「ほら、優大らしくない。いつもの優大なら『降るなら可愛い子ちゃんがいいぜ』とか言うでしょ?」
「言うか……?」
限りなく言いそうではあるが、当の本人はなぜか首を傾げた。自覚がないらしい。
「優大」
日和は姿勢を正し、真面目な顔で優大と相対する。
「僕たちは親友だ」
「……」
短い言葉だった。
だからこそ、「親友」という2文字が優大の中に、剣となって深々と突き刺さる。
「そうだな」
日和が言わんとしていることを察し、優大は首肯する。
日和はこう言っているのだ。
――親友なんだから水臭いことするな。
それが理解できるから優大は、「はぁ…」と短く溜息を吐いて口を開く。
「ちょっとだけ……時間いいか?」
優大はすべてを話すことに決めた。
日和は「もちろん」と快く笑顔で頷く。
そんな親友の顔を見ながら優大は、この後の展開が憂鬱になることを思って、もう一度だけ短く溜息を吐いた。
◆ ◆ ◆
優大たちは屋上に続く扉の前までやってきた。
以前、優大がアルメリア・ロイヤルハートから隠れるために使った場所である。ここなら人が来ず、ゆっくり話せると考えたからだ。
そこで男2人、階段に腰掛けて肩を並べる。
優大は今日まで自分がしてきたことを日和に話した。時雨に協力してもらったことだけは伏せて。
まるで教会の懺悔室で、己の罪を告白する迷える子羊のように。優大は己の罪と向き合いながら、ゆっくりと話す。
日和はただ黙って、彼の話に耳を傾ける。
優大が話を終えるのに10分ほどかかった。
「――って、わけなんだが」
その間、日和は微動だにしなかった。だが、優大の話が終わるとすぐに――。
「はぁあぁあぁあぁぁああぁぁぁ」
その息が深い谷底に届くほど、深々と長い溜息を吐いた。
「あのさ、優大」
次に日和はなんと言うか。優大はギロチン台の上で、刃が落ちる瞬間を今か今かと待つ死刑囚の気持ちで待つ。
日和が口にするのは、優大への罵倒か、それとも慰めか、あるいは――。
最悪の場合、絶交も考えられる状況。
しかし、待てども待てども日和から続く言葉が出ない。
疑問に思って、優大が日和に目を向けると――。
「ていっ」
「あいたっ」
優大は日和にデコピンされ、咄嗟に額を両手で抑える。そこそこ痛かった。
「いたい」
どうやらデコピンした日和にもダメージが入っていたようで、「石頭」と日和は優大に恨みがましい視線を送る。
「いや、俺が悪いのか……? それ?」
「悪いよ。優大がぜーんぶ悪い」
「……日和」
「僕がいつ、そんなことしてって頼んだのさ」
まったくその通りである。
「まったくむかっ腹が立つよ。優大の目には、僕が自分の恋を自分の力で叶えられないとでも思われていたみたいで癪だよ」
「そうは思って――」
「思っていたから、こんな余計なことしたんだよね?」
「……はぁ、悪い。たしかに思ってた。お前は押しに弱いし、はっきり言って……俺が守ってやらないとまともに恋愛なんかできっこないって……思ってたよ」
事実、今まで誰が日和を迫りくる女子たちから守っていたのかといえば、それは他ならぬ優大である。
だが、これは聞きようによっては、優大が日和のことを庇護すべき対象――つまり、自分よりも下に思っているとも取れる発言であった。
もちろん、優大は親友相手にそんなこと微塵も思っていないが、そう思われても仕方がない。
それがたとえ、心からの善意だったとしても。過保護はある意味相手を、信用していないということになる。
どういう形であれ、それは相手を傷つける。
だが――。
「そうだね」
日和は認めた。
激昂するでもなく、否定するでもなく。
己の未熟さを素直に認めた。
「実際、僕はなんども君に助けてもらってきた。僕が女の子に苦手意識を持つようになってからずっと……親友としてそばにいてくれた」
「……怒らないのか?」
「怒る? どうして? 感謝こそすれ、今まで守ってくれた恩義は忘れやしないよ」
「日和……」
「もちろん、それはそれとして勝手なことをしたことには怒ってるけどね」
「だよな……」
「けど、それは僕のためなんでしょ? だったら、怒りはしても……それで君にとやかく言える立場じゃないからね、僕は」
日和は苦笑して、その場から立ち上がる。
「それに、恋を応援しようとして……僕に好意を向けてくれる女の子たちを口説くってさ。褒められたことじゃないけど……だからといって、僕が君のやり方を否定もできないんだよね。だって、僕はそのおかげで轟さんと距離を縮めることができるわけだし」
「……」
「そもそも、優大は最初から最低ナンパ男だしね」
「おい」
日和は「あはは」と笑いながら、階段を一段一段下りていく。
「それでも僕は、優大と親友でいるよ」
「っ――」
「優大がどれだけどうしようもない人間でも、僕は君の親友で居続けるよ」
「そっか」
優大も立ち上がり、日和を追い抜いて、一足飛びに階段を下りる。
「なら、怖いもんはねぇや」
優大はにやりと笑みをこぼしながら、まだ階段を下りている途中の日和に目を向ける。
「だったら、とことん最低な男になってやろうじゃねぇか」
親友が自分を嫌いにならないのであれば、それだけで十分だ。
「いや、さすがに犯罪とか犯したり、女の子泣かせたら叱るけどね……? こらーっ! って。だから、なにしてもいいわけじゃ……」
「でも、そうなっても俺を見捨てない。だろ?」
「まったく優大は……」
「アルメリア・ロイヤルハート」
「?」
「俺があのお嬢様を口説き落として、日和が轟さんと付き合えるようにサポートする」
「……日和、それは」
「よくないことなのは分かってる。けど、これは俺がやりたいことなんだ。だから、止めても無駄だぜ?」
こんな自分と一生親友でいてくれるという幼馴染に、せめてもの感謝の印として、その恋を成就させる。
それがナンパ師・内木 優大の最後の良心だった。
「まったく優大は……でも、ありがとう」
日和はこれからよくないことをしようとする親友を止めるでもなく、ただ感謝を述べた。
「さて、そうと決まれば」
――やらなければいけないことがある。
「あの図書室の女王との仲直りしねぇとな」
◆ ◆ ◆
雨が降っている。
「先生、さようなら~」
「それは追い先短い先生への当てつけですか!?」
「深読みしすぎでは」
昇降口前は帰宅する生徒でごった返している。
そんな中、内木 優大は昇降口から少しだけ外に出た屋根の下で、雨雲を眺めていた。
――そういえば、前にもこんなことがあったな。
つい先日、優大がここで雨宿りをしてい女子生徒をナンパ。いつもの如く失敗に終わったところに、彼女が毒を吐いてきた。
あの頃も今も、優大の時雨に対する評価は変わっていない。外面はともかく、毒しか吐かない性悪女だと思っている。
それでも、今回の件は優大に非があった。少なくともそう思っている。
――嫌いな相手だし、いけ好かないけど、傷つけたいわけじゃない。
だから、共犯や協力を抜きにしても、内木 優大は自身へのけじめとして、織笠 時雨に頭を下げるべきだと思った。
本来であれば自ら教室に出向いて謝罪をするべきところだが、彼女の教室にはメリアがいる。しかも、時雨は教室で優大に声をかけられたくなどないだろう。
優大は時雨への配慮からこうして昇降口で、彼女が出てくるのを空をぼーっと眺めながら待つ。
どれくらいそうしていただろうか。
ふと、優大の視界の端に赤い傘が見えた。
反射的に目を向けると――。
「「あ」」
たった今、優大の隣で赤い傘を開いた時雨と目が合った。
「よ、よう」
ぶっきらぼうな優大の挨拶に、彼女は目を細めて――。
「ぷいっ」
優大のことなどいない者のように扱い、そのまま傘を差して雨の中を歩き出す。
「おい、無視するなよ」
優大は慌てて自分のビニール傘を開き、その後を追う。
「なあ、ちょっとお話しませんかー? 俺と一緒においしい水素水でも飲みながらさ?」
「……」
無視である。
優大は今の時雨のようすを見て、そういえばメリアもこんな感じで無視されていたなぁーと思い出す。
あの時はたしか――。
「なあ、インセクトするなよ」
「――」
ピクリ。
時雨の肩が震える。
「今、ひょっとして笑ったか?」
「は? そんなわけがないでしょう?」
「でも、ちょっと肩が震えていたぜ?」
「バカなことを言わないで。ただ……」
「ただ?」
「……あのお嬢様の滑稽な姿を思い出して、笑ってしまっただけよ」
まあ、たしかにこれが本気で面白いと思っていた自信満々な顔のお嬢様はちょっと面白かったが……。
「てか、もう普通に話してもいいのか? さっきまでインセクトしてたのに」
「!」
時雨はすっかり忘れていたのか、優大の言葉で無視していたことを思い出し、再び口を閉じる。
優大は「おっとしまった」と、余計なことを言ってしまったことを後悔。しかし、悔やんでも仕方がないので、再び口を開かせようと話しかける。
「なあ――」
だが、次の言葉を発することはできなかった。
「っ!」
なぜなら校門を過ぎた辺りで、時雨が振り向きざまに傘を1度閉じた後、開いた勢いを使い、雨粒の散弾を優大に浴びせたからだ。
「――」
当然、優大の全面はずぶ濡れ。壊滅的被害である。
「ふ、ふざけやがってあの女」
優大はこめかみに青筋を立てて、時雨にどうやり返してやろうかと思考を巡らせたのだが――。
「ん?」
自分を濡れネズミにした犯人である時雨が、優大から逃げるためか、散弾銃を撃ってから走り出したのだが、その足がとにかく遅い。
のろのろのろ。
そんな擬音が聞こえてきそうなほど、時雨の逃げ足は遅かった。
しかも、途中で風に煽られ、赤い傘を落としてしまう始末。
「くっ……ごめんなさい……キャサリン……!」
雨なのか、それとも涙なのか。
判断はつかないが、時雨は割と本気で傘をその場に置いていくことを惜しみつつ、優大に追いつかれまいと、雨に打たれながらも走り続ける。
――傘に名前つけてるん???
とてもお気に入りの傘なのかもしれない。
たしかに優大が使っているようなどこにでも売っているビニール傘と違って、鮮やかな赤色の傘だ。
なにかしら思い入れがあってもおかしくはないが……。
「ったく」
優大は”キャサリン”を拾いつつ、のろのろ前を走る時雨に小走りで追いついて、その手を掴む。
「待てって」
「……」
「はぁ……ほら、風邪引くぜ?」
優大は時雨にビニール傘を差し出す。
「ていっ」
「あ」
しかし、時雨は気に食わなかったのか、彼の手からビニール傘をはたき落としてしまった。
「て、てめぇなぁ」
「……ふんっ」
これは相当怒っている。
優大は溜息混じりに、「少し話を聞いてくれ」と頭の後ろを掻く。
お互いに傘はなく、もうすっかりびしょ濡れだが仕方ない。
優大はこのまま話すかと、口を開く。
「悪かった」
「……」
「お前を機械みたいとか言って、悪かった。ごめん。傷つける意図はなかった。本当だ」
「……」
「謝って、許してもらえるなら……またてめぇと組みたい。どうだ……?」
「……」
「いやなら潔く諦める。ただ、これだけは分かってほしいんだ。本当にてめぇのことを機械だと思ってたわけじゃない。あの時、つい責めるような口調になって……ほんと悪かった」
優大は素直に頭を下げる。冷えた雨粒が、頬を伝って地面に落ちる。
それをただじっと黙って眺めていると、やがて時雨が「はぁ」と短い溜息を吐いた。
「これで許さなかったら……私が大人げないみたいじゃない」
「いや、そんなことは」
「……もういいわ。あなたのことを許す」
「いいのか……?」
「むしろ、私のほうこそ……ごめんなさい」
今度は時雨が頭を下げてきた。
優大はまさかの出来事に面を喰らってしまい、「お、おう。いいから頭上げろよ」と動揺してしまった。
「そっちが謝る必要ねぇだろ?」
「そんなことないわ。子どもみたいに癇癪を起こして……ごめんなさい」
「……それだけてめぇにとっては、許しがたいことを俺が言ったんだろ? それなら、やっぱり俺に非があるわ」
「……」
妙な空気になったのを優大は感じ取り、「むむ」と気まずさからとりあえず口を開く。
「てか、2人ともずぶ濡れだな。このままじゃ風邪引くし……あーよかったら、うち来るか?」
「……」
「って、さすがに好きでもない男の家はないか。悪い悪い」
まずい。もっと気まずくなってしまった。
「あー……えっと……」
「その……」
ぽつり。
小さな声で、時雨が言葉を発する。
「迷惑でなければ……」
雨の音に消されてしまいそうなほど、か細く力のない声。
「あなたの家に……お邪魔してもいいかしら……?」
しかし、優大にははっきり聞こえた。
――なんだって?
ほんの冗談のつもりだったのだが、あの織笠 時雨が優大の家にお邪魔したいという。
「一体、どういう風の吹き回しだ? 自分で言っておいてなんだけど、俺みたいな男の家に来るなんて……」
以前までの織笠 時雨ならありえないことだ。
「私の家、ここから距離があるの……それでその……」
「?」
「寒くて……震えが止まらなくて」
がたがたがた。
時雨は自分の体を抱きしめ、震えながらそう言った。
「私、あまり体が強くないの……このままだと本当に風邪を引いて……くしゅんっ」
もうすでにその兆候は出ていた。
優大は慌てて「悪い!」と自分の制服の上着を彼女に羽織らせた。
「濡れてるけど、ないよりマシだよな!?」
「え、ええ」
時雨は自分よりも幾分か大きい上着を胸元に手繰り寄せる。
「よし、じゃあすぐ行こう! 風邪を引く前にな!」
優大は”キャサリン”を広げ、時雨に傘を渡す。
「あなたは……?」
「え?」
「傘に入らないの?」
「いや、俺は」
「入って」
「え?」
「あなたまで風邪を引いてしまうわ」
「――」
今日だけで何度彼女に驚かされたことか。
織笠 時雨が内木 優大を心配するなど前代未聞だ。
「い、いや……ほら、俺には自分の傘があるから」
「……あなたの傘なら」
と、時雨は申し訳なさそうに、地面に落ちている優大の傘を指差す。
優大の傘ははたき落とされたせいか、ぐにゃっと骨組みが折れて傘としての機能が失われていた。
「あー……」
「ごめんなさい……」
優大はぽりぽりと頬を掻きながら、「じゃあ」と続ける。
「一緒の傘でいいか?」
「もろろん、私のせいなのだし……」
「けど、俺と相合傘をすることになるぜ? 他の生徒にそんなところ見られて平気か?」
「問題ないわ」
「じゃ、じゃあ……いくか?」
「ええ」
優大は赤い傘を差す。その中に、優大と時雨が入る。
2人はそのまま並んで、雨が降る道を一緒に歩き出した。
◆ ◆ ◆
「もう少し……寄ったら?」
「これ以上は、肩がぶつかるぞ」
「いいから……あなた、大きいんだから、そのままだと肩が濡れてしまうわ」
ひとつの傘に、男女が2人。
小柄な時雨と大柄な優大が並ぶと、どうしても優大が傘からはみ出てしまう。
それを解決するには、優大と時雨の肩がくっつくほど密着する他ない。
とはいえ、2人は交際している男女でもなければ、気心の知れた友達でもない。
ゆえに、優大は彼女と物理的な距離を縮めることに躊躇いを覚えた。
少なくともこの溝を、男である優大が超えるべきではない。
そう考えてのことだった。
「――」
しかし、その溝を飛び越えて、時雨は優大に身を寄せる。
ぴったりと、寒さを凌ぐため仲間に寄り添う小さな雀のように。
「おまっ……」
優大が驚いて声をあげると、時雨は恥ずかしそうに俯く。
「だって、こうでもしないとあなた……ずっと私側に傘を傾けるでしょう? そういう気遣いは、無用だわ」
――私はあなたに気遣われるほどか弱くない。
気位の高い彼女らしい言い分だが、それならどうして顔が俯いているのか。
織笠 時雨らしくない言動に、優大は調子をくるわされながらも「分かった分かった」とそのまま歩き出す。
ぽつぽつぽつ。
時雨の赤い傘に雨粒がぶつかる音。
地面に落ちる音。
水が流れる音。
いろいろな音が2人の沈黙を守る。
「私、実の両親に捨てられたの」
そんな沈黙を破ったのは、時雨の何気ないひと言。
ちょっとこれから買い物に行ってくる――それくらい彼女は、なんの脈絡もなく、緊張感もなく、淡々と「両親に捨てられた」ヘビーな話をしてきた。
優大は「深刻な顔で聞くべき内容か?」と気まずげに訊ねる。
「そうね」
「じゃあ、もっと深刻そうな顔をしてくれ……茶化していいのか、反応に困るだろうが。てか、なんだ急にそんなヘビーな話」
「機械……」
「?」
「私が怒った理由。話しておこうと思ったの。あなたに」
「別に、無理に話すことはねぇけど」
「聞きたくないなら話すのをやめるわ。ただ、けじめとして話しておくべきだと思ったの」
「なるほどねぇ」
時雨は理不尽に怒ってしまったと思っているようだ。
そのけじめとして、自分の話を優大にしたいのだろう。
「分かった。それなら話せよ」
優大は彼女のけじめに付き合うことにした。
「それじゃあ話すけど、私は両親に捨てられたの」
「初手からヘビーだな……」
「あなたの言う通りだと思うわ。私は機械なの」
「やっぱそれが地雷だったか」
「機械的な思考。人の感情ですら、数式に当てはめようとする。そうしてしまう」
時雨と組んで、メリアを口説き落とそうしていた優大だからこそ、彼女の言っている意味が理解できる。
「私には妹ができる予定だったの」
「それは……」
「でも、生まれる前にこの世を去ってしまった。悲しむ両親に私はこう言った。『もう1回作ればいい』と」
「――」
それはなんというか……。
「その時の両親が私を見る目、今でも忘れられない」
「……」
どんな目をしていたのだろうか。
優大には想像することしかできない。そして、両親にそんな目を向けられた彼女の心情も。
「両親は小学生だった私を母方の祖父母の家に預けて、それっきり。今はずっと……山奥の洋館で祖父母と暮らしているわ。
2人とも、私にすごくよくしてくれる。けれど、いつもどこか私に同情の目を向けてくる。初めは両親に捨てられた私を憐れんでいるのかと思ったけれど、違ったわ。
2人が同情していたのは、機械みたいに冷たい私自身だった。陰でいつも『機械みたい』と……私を憐れんでいた。
私はそれがいやだった。
私はそれが許せなかった。
私は機械じゃない。
私は1人の人間。
それを証明したくて、私だって普通の人間のように生きていけると……両親や祖父母に示したかった。
だから、私は恋をしたの」
優大は彼女がなにを言ってるのか、その”恋をした”意味を理解した。
「じゃあ、てめぇが日和に恋したって話……」
「嘘よ……」
「……」
最初から最後まですべて嘘。
ただ、彼女は自分が人間であることを証明するために、ちょうど手頃なところに”好意を抱く理由”が転がり込んできたから、高原 日和に恋をした――ということにした。
実際は別に好きでもなんでもなかった。
酔っぱらいから助けてもらったことは本当。それで好意を抱いたことも本当。でも、そこまで。そこから先はすべて嘘。
ただ、”恋をする”のにちょうどよかった。
高原 日和が選ばれたのはそれだけでしかなかった。
「てめぇ」
日和を親友と思っている男は、この事実にわずかばかり腹を立てる。しかし、現在進行形で、自分のそばでしゅんっとしている小柄の女の子を怒るに怒れず、振り上げた拳の落としどころを失った。
「はぁ……まあ、てめぇがどうして怒っていたのか分かったよ。なんつーか……話してくれてありがとな」
「なぜお礼を? 私はただ、けじめのために話しただけよ」
「分かってるよ。ただまあ、俺みたいなのに話してくれたからな。その礼」
「……なにそれ」
「俺にもよく分らん」
「……そう」
くすっ。
時雨がわずかに笑みをこぼす。
まさか自分にそんな表情を見せるとは思わず、優大の肩に力が入る。
「どうかしたのかしら……?」
「いや……別になんでもねぇよ」
――不覚にも綺麗だと思ってしまった。
優大は内心を悟られぬように努めて冷静さを保つ。
それから2人はまたしばらく無言で、雨の中を並んで歩いた。

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