俺がハーレムを全力で阻止する! 第10話
時刻は午前10時。
雲ひとつない澄み切った青い空。
清水遊園地。
清水市で最も大きなテーマパークである。
王道のジェットコースターなどのアトラクションがある一方、正直に言えばここでしか味わえない体験はない。
とはいえ、毎月お小遣いでやりくりしている学生にとっては、ここほど優れた遊び場所もないわけで、遊ぶ場所やデートスポットとして必然的に多くの人から選ばれることとなる。
ゆえに清水遊園地の入場ゲート前は、開園前から人でごった返していた。
「おい、大丈夫か?」
「ちーん」
そんな人混みの中に1組の男女がいた。
男のほうは、ジャケットとスキニーパンツを身にまとった内木 優大である。コーデ全体としてはシンプルさを全面に出しており、派手さはないがどことなく大人びて見える仕上がりとなっている。
対して、女のほうは織笠 時雨である。学校の黒いセーラー服とは正反対の白いワンピース。おまけに麦わら帽子を被っており、日差し対策も完璧。
透き通るような白い肌も相まって、清楚でどこか儚い少女のように見える。とても口を開けば毒舌ばかり吐く少女には見えない。
そんな時雨だが、現在顔色が真っ青どころか、紫色に変色しており、体調を崩していることが窺える。
「人に酔ったわ……気持ち悪い……」
「おいおい、しっかりしろよ。ほら、辛いならこっちもたれかかっていいから」
「……ごめんなさい」
時雨は数瞬躊躇った後、控えめに指先で優大のジャケットの裾に摘まむ。
もっともたれてくれてもよかったが、本人がそれでいいならいいか――と優大は前を向く。
そろそろ開園の時間だ。
今日、優大たちは2人で仲良く遊ぶために、遊園地まで来たわけではない。
目的はただひとつ。
高原 日和と轟 琥珀のデートを成功させること。
そのために2人のデートに邪魔が入らないようにすること。
2人がここを訪れた理由は、以上の2つ。
しばらくして入場ゲートが開き、いっきに人々がゲートに向かってなだれ込む。
優大と時雨は人混みにもまれながらもなんとかゲートを通過。
その際、人にもみくちゃにされたことで時雨が「あ」と優大からはぐれそうになったものの――。
「気をつけろ」
優大がはぐれないよう時雨に手をしっかり握ったことで、無事に入場が完了する。
「ふぅ……すごい人の数だったな。でも、ここまで来ればもう大丈夫だろう」
「……あの」
「あん? なんだよ?」
「いつまで、手を握っているつもりかしら」
「ああ、悪い。忘れてたわ」
優大はぱっと時雨から手を放す。
時雨は繋いでいた自分の手をまじまじと見つめた後、ぷいっと優大から顔を背けた。
「なんだよ? いやだったか?」
「別に……ただ、あなたは……」
「?」
「……なんでもない」
「なんでもないことないだろ? なに言いかけた?」
「だから、なんでもない」
「いや、だから」
「な・ん・で・も・な・い」
有無を言わせない迫力に優大は「お、おう」と思わずたじろぎ、それ以上の追及をやめた。
「あ」
ふと、優大は見覚えのある顔を発見する。
「ご、ごめん……! ちょっと遅れちゃって……!」
「いや、ほぼ時間通りじゃないか。気にしないでいいさ」
高原 日和と轟 琥珀である。
「あっちは無事に合流。これからデートか。てか、大事なデートで遅刻すんなよ……」
我が幼馴染ながらほとほと呆れる。
優大は額に手を当てて「やれやれ」と首を竦める。
「となると、あとは”あのお嬢様”だな」
日和が女の子と2人きりでデートなど、アルメリア・ロイヤルハートが黙って見過ごすはずがない。
たとえ、それが自分の友人である琥珀であってもだ。
「この人混みからあのお嬢様を探すのは骨が折れそうだな」
今日2人の目的は、日和と琥珀のデートの邪魔をしようとするメリアを止めること。
可能であれば、メリアが2人に合流するよりはやく、メリアを見つけて先手を打ちたいところ。
そう考えて優大がメリアを探してきょろきょろしたところ、隣の時雨が「探す必要なんてないわ」と呟く。
先ほどまで随分とグロッキーだったが、人混みから解放されたことで幾分か顔色がよくなっていた。
「なんで探す必要がないんだ?」
「簡単よ。あのお嬢様の嗅覚なら、あの2人がいるところに必ず現れる。彼女はそういう人よ」
と、そこにちょうど――。
「あら? そこにいるのはユウダイと……シグレ……?」
カツカツとヒールで地面を踏みながら、アルメリア・ロイヤルハートが現れた。
今日の彼女の装いは、ひと言で表現するなら派手。
全体的にひらひらとしていて、白とピンクの組み合わせは華やかながらも上品。手には高級感のある革のハンドバッグ。各所に散りばめられたゴールドアクセサリー。まさに貴族のお出かけコーデである。
「なぜ、2人がここに……?」
メリアの疑問に優大が答える。
「お前を止めるためだ」
メリアは優大の言わんとすることを察し、「ふむ?」と眉を寄せる。
「なるほど。ヒヨリとコハクのデートを邪魔させないため……と?」
「その通りだ。そのために、今日は俺たちとデートしてもらうぜ。アルメリア・ロイヤルハート」
「お断りですわ」
メリアは不快感を露わにし、ハンドバッグから扇子を取り出す。
「わたくし、あなたのことが嫌いですの」
扇子で口元を隠し、嘲笑う。
完全に優大のことを敵と見ている。
「あなたはヒヨリをコハクをくっつけるために、わたくしに近づいた。わたくしの恋を応援してくれると言ったのに、わたくしに嘘をついた」
「……」
優大は自分のすべての目的をメリアに話している。
話したのは優大がメリアに告白して、振られたあの日。けじめとして、メリアにすべてを打ち明けた。
「そこにいるシグレと共謀し、このわたくしをハメようとした……それに、秘密にしてくれると言ったわたくしの秘密もシグレに話した……そんな男と仲良く遊園地で遊ぶとでも? 冗談じゃありませんわ。不愉快極まりない。今すぐ、このわたくしの前から消えてくださる?」
まったく持って反論の余地も弁解の余地もなく、優大は早々に両手を挙げて降参。
「おい、織笠。これは無理っぽいぜ……力づくってわけにもいかねぇし、どうするつもりだ?」
「……私に任せてちょうだい」
バトンタッチ。
優大は1歩下がり、代わりに時雨が前へ出る。
「アルメリア・ロイヤルハート。あなたには絶対に彼とデートをしてもらうわ」
「それはお断りすると言ったはずですわよ」「あなたには彼に惚れてもらう。この私がついている彼に……ね」
「はい?」
「これは勝負よ。私とあなたの。あなたはこの私が助言する彼の虜になる。必ず」
「なにをバカなことを。そんなことありえませんわ」
優大は「おいおい」と不安げに時雨を見る。
「そんなバカ正直に言っていいのか……? こっちの手の内を晒すなんてことしたら……」
「問題ないわ。私を信じて」
「……織笠」
「1度は失敗してしまったけれど、今度はもう失敗しない。織笠 時雨は、同じ失敗を2度繰り返すことはないわ」
自信に満ち溢れた時雨の言葉に優大は頷き、この場は静観することに決める。
メリアのほうはそんな光景を見て、「はっ」と鼻で笑い、扇子を扇ぐ。
「勝手に盛り上がっていますけれど、なぜわたくしがその勝負に乗らなければならないのかしら? 冗談じゃありませんわ。そんな無駄なことに時間を費やすつもりはないので、そちらで勝手にやってくださいなぁ~」
「逃げるのね」
「……あ?」
「そう、逃げるの」
「……逃げる? 誰が?」
「勝負を挑まれたのに、アルメリア・ロイヤルハートともあろうものが、それを受けず敵に背を向けるだなんて――あなたってその程度の人だったのね」
「はぁ!?」
ばきっと、手に力が入りすぎたためか、メリアは持っていた扇子を折ってしまった。
「失望を禁じ得ない。アルメリアお嬢様は、私との勝負が怖いのね」
「かっちーん」
「ライバルだなんだと豪語していたけれど、所詮は口先だけというわけね。そうよね。勝負を受けなければ負けることはないのだし……」
「誰が怖いですって!? 上等ですわ!? やってやろうじゃありませんか!」
優大は「うわぁ」と、安い挑発に乗ってきたメリアに呆れた。
見事メリアを乗せた時雨は、メリアに見えないよう後ろ手に「ぐっ」と優大に向けて親指を立てた。
なんなら表情も微妙にドヤ顔になっている気がする。
「――勝敗は?」
ダンッとメリアは1歩踏み出す。その背には鬼が立っている。時雨の挑発に、かなりご立腹なようすだ。
「そうね。あなたが彼に惚れたら、あなたの負け。逆に惚れなかったらあなたの勝ちでいいわ」
「いいですわ。その勝負、受けて差し上げますわ!」
優大がメリアに惚れてもらうのは容易なことではない。なにせすでに一度失敗している。向こうも、優大がメリアを口説こうとしているのが分かっている状況。
下心が丸見えの状態で、はたしてメリアが口説き落とせるのか。
優大の中に不安が募る。
しかし――。
「吐いたツバを呑み込むなよ、織笠 時雨。俺はてめぇを信じるぜ」
優大はそれらをすべて吹き飛ばし、今はただ彼女を信じることに決めた。
「ええ、任せてちょうだい。私が……いえ、違うわね」
「?」
「私とあなたで、あのお嬢様を口説き落として、高原くんの恋を成就させましょう」
「……織笠」
「それが偽りの恋で、迷惑をかけた高原くんへのせめてもの償いだから」
こうしてここにアルメリア・ロイヤルハートと織笠 時雨の対決が相成った。
◆ ◆ ◆
「おーっほっほっほっほ! この程度でわたくしを口説き落とすとは笑止! ですわーーー!!」
ぶうぅぅぅぅぅぅん――。
決められたコースをゴーカートで駆け抜けるメリアは、のろのろと走っている優大を横から追い抜き、そんな台詞を吐き捨てていく。
すでにメリアと1週差をつけられている優大は、乾いた笑みを浮かべながら耳につけてイヤホン越しに時雨の指示を仰ぐ。
「なあ、このまま勝たせていいのか?」
『構わないわ』
時雨は2人のレースをコースに跨るようにかけられた歩道橋の上から眺め、優大に指示を出す。
『今はあのお嬢様を気分よく勝たせてあげなさい』
「りょーかい…」
『理由は聞かないのね』
「信じるって言っただろ」
『――』
「にしてもあのお嬢様……」
「おーっほっほっほっほ! おーっほっほっほっほ!」
「離れててもどこにいるか分かるな。はしゃぎすぎだろ」
『……今は存分にはしゃいでいただきましょう。感情というのはジェットコースターと同じ。喜怒哀楽は恋愛感情を引き出すための第一歩よ』
「お、出たな? 織笠 時雨大先生の恋愛ノウハウ」
『あんなものは、上辺だけなぞっても意味はないけれどね』
「身をもって証明したわけだもんな」
『……うるさいわね』
時雨はどこか拗ねたような声音で小さく呟く。
そうこうしているうちに、再びメリアが後ろから迫ってきて、「これで2周差ですわ~」と優大を抜き去った。
さて、ゴーカートでターゲットの気分をよくした後、次に時雨が指示を出した場所は――。
『お化け屋敷よ』
清水遊園地で最も人気なアトラクション。
本格的で「ちゃんと怖い」と評判がいい。
「お、お化け屋敷……」
先ほどまでの高笑いはどこへやら。
メリアはすっかりテンションを下げて、びくんびくんとお化け屋敷を見ている。
『お嬢様はホラーが苦手よ』
なるほど、ベタではあるが効果的ではある。
優大は時雨がここを選んだ理由に納得する。
ならば、優大がすべきことはひとつ。
「なんだ? 怖いのか?」
「は、はぁ!? 怖くなんてありませんけれど!?」
「ほう?」
「はんっ! ナイキ ユウダイ! あなたたちの考えなんて見え見えの見えまる子ちゃんですわ!」
「まる〇ちゃん……?」
「どうせお化け屋敷を選んだのは、わたくしが怖がって『きゃっ♡ こわ~い♡』とか言って! あなたに抱き着くとでも考えたからでしょう!? ラブコメみたいに! ラブコメみたいに!!」
「……」
「でも残念でした~! そう簡単にわたくしがラブコメをやるとは思わないことですわね! ふんっ!」
――10分後。
「ふええええええええん! 暗いよぉぉぉぉぉぉぉ! 怖いよぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
先ほどまで威勢のいいことを言っていたメリアは、泣きじゃくりながら優大にしがみついていた。
あまりにも早い即落ち2コマである。
「そんなに怖いの苦手だったのかよ」
「は? 別に怖くないんですけど?」
「生まれたての子鹿みたいに、足をぶるぶるさせながら言っても説得力ないぜ?」
「むきぃぃぃぃぃ! く゛や゛し゛い゛」
それから優大とメリアは、さまざまなアトラクションを回った。
ジェットコースターに乗って――。
「いいいいやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!!?」
「声でっか」
絶叫するメリア。
コーヒーカップに乗って――。
「いいいいやぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「もっとはやく回すぜ」
「鬼か!?」
また絶叫するメリア。
そんなことを数度繰り返した結果、園内のベンチで真っ白に燃え尽きたお嬢様のオブジェが完成した。
「ちーん」
「お嬢様のRGBゼロになってやがる」
「誠に遺憾ながら――」
「おお、色が戻った」
「ちょっと……あなたとのデートを楽しいと思ってしまいましたわ」
「……」
「業腹ですけれど」
「楽しかったなら別にいいじゃねぇか」
「しかしながら、ナイキ ユウダイに惚れることはありませんわ」
時刻は夕方。
日が落ち、空は黄金色に輝いている。あと数十分も経てば終わってしまう。そんな昼と夜のコントラストが生み出す刹那の光景。
メリアは夕日を反射する銀色の髪を靡かせながら、ベンチから立ち上がって優大と対峙する。
「わたくしはヒヨリが好き。あなたを好きになれないし、今後なることもありませんわ」
はっきりとメリアは勝敗を決する言葉を紡ぐ。
それは音として、優大の耳にたしかに聞こえた。
「そーか……分かった。俺の……俺たちの負けだ」
優大はこれ以上、彼女を引き留めることはできないと諦める。
「それでは、ごきげんよう。ナイキ ユウダイ。それから、オリカサ シグレ」
メリアは優雅に淑女の礼を取ると、足早にその場を後にする。
向かう先は日和のもとだろう。
どうあれ勝敗は決した。もはや、優大たちにできることはなにもない。
「お疲れ様」
どこからともなく時雨が優大の背後から現れ、労いの言葉を投げる。
その手にはチュロ◯があり、「もぐもぐもぐ」と小さな口で咀嚼していた。
「これでよかったのか?」
「ええ、"想定通り"よ」
時雨は「あなたも食べる?」と優大にチュロ◯を渡す。
「へぇ、勝負に負けたのにか?」
優大は彼女からチュロ◯を受け取り、並んで一緒に口をもぐもぐさせる。
「そうよ。だって、この勝負はお嬢様が"勝負を受けた時点で"私たちの勝ちだもの」
「そいつはどういうことだ?」
「私たちの目的は、高原くんと轟さんのデートの邪魔をさせないことよ。つまり、私たちはお嬢様を本気で口説き落とす必要なんてないの」
「ああ、つまり今までのは全部時間稼ぎだったわけか」
「そういうことよ」
勝負なんて真っ赤な嘘。初めからそんなことはどうでもよかったのだ。
「今頃、日和くんは轟さんと一緒に観覧車でしょうね」
「なんで分かるんだ?」
「分析」
「なるほど」
「私の予想では、今日にでも告白するんじゃないかしら」
「そりゃまた急だな……正直OKされるか微妙じゃねぇか?」
「どこかの誰かさんが、友達のために体を張ったと知ったら……彼ならそうするでしょう」
「ああ」
長年、日和と幼馴染をしていたから優大も理解した。
日和ならそうすると。
「今からあのお嬢様がどんなに急いだところで、2人の時間に介入することはできない。時間稼ぎの目的は十分果たされたわ」
「だな。結果はどうなるか分からんが、てめぇのおかけだな。ありがとう」
「……実際にこなしたのはあなたでしょう? 私はただ助言していただけ」
「けど、あのお嬢様が時間稼ぎに気付かないように、ちゃんとデートプラン考えてくれてただろ?」
「……」
「それに途中、日和にも会わないようにルート作ってただろ?」
そこまで広くもない遊園地だ。すれ違わなかったということは、時雨がルートやアトラクションの待ち時間までしっかり計算して、優大たちを誘導していたことがよく分かる。
「地味な活躍だが、織笠がいなきゃここまで上手くいかなかった。マジで助かったよ」
「……そう」
時雨はチュロ◯を加えたまま、ぷいっとそっぽ向く。
それから2人は、ただ黙って残ったチュロ◯を完食。
ほどなくして、優大のスマホに日和からメッセージが送られる。
内容は、ただ一言。
――ふられた。
優大と時雨は顔を見合わせた後、なんとも言えない表情で夕陽を眺めた。
◆ ◆ ◆
アルメリア・ロイヤルハートは、沈んでいく太陽を前に、膝を抱えて座り込んでいた。
「……ぐすん」
俯いて、微かに啜り泣く、1人の女の子。
そんな彼女を心配してか、あるいは下心からか、数名の男が近寄る。
しかし、途中まで歩みを進めて――踵を返した。
その理由は、メリアの傍らに立つ人物にある。
「先ほどから……ずっとなにをしていますの……? ナイキ ユウダイ……」
そう――啜り泣く女の子のそばに優大がいたから、彼らは近寄ることができなかったのだ。
「別になにも? 俺はここで夕陽を見ているだけだぜ?」
土手沿いの遊歩道。そこに設置された手すりに肘をつき、ぼーっと夕陽を眺めている優大。
嘘は言っていない。
ただ、河川敷に続く階段に座り込み、泣いている女の子がそばにいるだけ。
ここは清水遊園地からすぐの場所である。
「嘘……もうずっとそうしているじゃありませんの。わたくしを寄ってくる男から守ってるつもり……?」
「まさか。てめぇが守られるってタマかよ」
「……」
メリアは顔をあげて、優大と同じように夕陽を見る。
「振られましたわ」
「……」
「ヒヨリに……告白しましたの。コハクからヒヨリに告白されて振ったと連絡がきて……わたくし、今なら傷心につけ込んでいけると……そう思ったんですの」
「んで、ダメだったと」
「……」
メリアは再び俯く。
「もうあっち行ってくださいまし……! あなたにとってはヒヨリのほうが大事なのでしょう! 慰めるなら……そっちにしてくださいな」
「バカが。男が男に涙を見せたがるわけがねぇだろうが。慰めなんてもっといやなもんだぜ?」
「……相手が友達でも?」
「友達だろうが、親友だろうが、幼馴染だろうが、全部一緒だ」
「男性の友情って冷たいんですのね」
「熱いからこそってもんだぜ、お嬢様? プライドとか意地とか、そういうのを尊重するのが男の友情なんだ」
今もどこかで涙を流しているであろう親友を思いながら、優大は微笑を浮かべる。
日和なら立ち直れると信じて。
「今はあいつよか、てめぇのそばにいるべきだ。俺は少なくともそう思った」
「ふふ……もう口説く必要もないのに……そんなこと……」
「知ってるだろ? 俺は可愛い子ちゃんには目がねぇんだ。そこに可愛い子ちゃんがいれば口説くのが、俺って男だぜ?」
「……嘘ばっかり」
メリアはわずかに顔をあげ、優大を見る。真っ赤に腫れた両目で、優大に向かって小さく微笑んだ。
「本当に、あなたは嘘つきですわ」
◆ ◆ ◆
日が落ちた。
帷が下り、街には灯がともっていく。
「全部終わったな」
「……そうね」
優大と時雨は、夜道を並んで歩く。
「日和がこれからどうするかは分からんが、ひとまずまた元の日常に戻ることになるだろうな。あいつを狙う女は、他にもいるからな」
「そうね……」
「まあ、轟さんに振られたってんなら……今回みたいに俺があれこれやる必要はもうねぇんだが……」
なぜ日和が琥珀に振られたのか、優大はそれを知らないし、知る由もないことだ。
それは日和と琥珀の物語。内木 優大という男は、所詮その物語の脇役にしか過ぎないのである。
「ねえ、内木くん」
「ん? なんだ?」
「恋ってなんなのかしら」
優大は立ち止まる。
時雨もそれに合わせて、歩みを止める。
車道を走る車のライトで、2つの影は伸び縮み。
2人の間に妙な沈黙が下りること数秒。
「分からん」
優大は端的に答えた。
「急になんだ? その質問は」
「いえ……気になったのよ。高原くんやお嬢様は、本気で相手に恋をしていた。振られたら傷ついて、想いが伝わらなければ悲しい。それなのに、どうしてみんな恋をしたがるのかしら」
「それでも伝えたい気持ちってのがあるからだろ」
傷つくことも厭わず、伝えたい想いがある。繋がりたいと思う。
「私にそれを理解することができるのかしら……機械である私に」
「またそれかよ?」
「だって、私は」
「ったく」
優大は頭の後ろを掻きながら、自分の胸に手を置く。
「ほら、俺の真似をして、自分の胸に手を置いてみろ」
「え、ええ……」
時雨は戸惑いながらも言われた通りにする。
「んで、目を瞑って深呼吸するんだ」
「すー……はぁー……」
「そうしたら、ほら、感じるだろ? 心臓の鼓動を」
「それがなんだというの?」
「心臓の鼓動があるってことは、それはてめぇがちゃんと血の通った人間ってことじゃねぇか」
「私が言いたいことは、そういうことでは」
「うるせぇうるせぇ。てめぇはな、ちゃんと人間なんだよ。じゃなかったら、失敗だってしないだろ?」
「あ」
「お前は今回、失敗した。それはなにより、てめぇが人間である証拠じゃねぇか。そして失敗から学んで、その経験を次に生かした。こんなの1番人間らしいことじゃねぇかよ」
「――」
優大は微笑を浮かべ、時雨と目線を合わせる。
「だからてめぇは人間だよ。今も昔も、徹頭徹尾、頭の先からつま先まで。れっきとした人間だ」
時雨はしばらく口を開いたり閉じたりを繰り返した後、「ふぅ」っと息を吐く。
「私、ようやく分かったわ」
「なにがだよ?
「私、あなたのことが好きだわ」
「……へ?」
あまりにも予想外のことを言われ、優大は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「いやいやいや、てめぇ急になにを!?」
「だって私、今すごくドキドキしているもの」
「!?!!?」
「それに今、なぜかあなたへの好意を伝えたくなったの。これは恋じゃないのかしら?」
「そ、そんなの……俺が分かるわけないだろ」
「そう」
「ったく、ついこの間まで毒舌マシマシだと思ったら、突然なんなんだ……?」
「私にも分からないわ。こういう感情を抱くのは、初めてだから」
「そ、そうか」
「ええ、でも……不思議といやじゃないわ」
いまいち反応しづらいことを言う。
優大はぽりぽり頬を書きつつ、止めていた歩みを再開する。
「まあ……なんだ……? それが本当に恋か分かったら……そん時は俺も本気で考えて答えを出すよ」
「そう。なら、この気持ちが本当に恋かどうか、一緒に調べてちょうだい」
「ええ……?」
「私、今すごく楽しいわ」
「……そりゃよかったな」
こうして機械と蔑まれた少女と、ナンパ男の物語は幕を下ろした。

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