奉仕用美少女アンドロイド「ユリ」 第2話
「まったくひどい誤解ですわ。私は善良なアンドロイドですのに」
「「ご、ごめんなさい……」」
場所は、サンドワーム内の作業員用区画にある一画。
ナナシとユリは、先ほど遭遇した目が光らないアンドロイドの案内で、彼女が住居として利用している場所にやってきていた。
そこは他の居住スペースと比較すると幾分か広く、畳で言えば六畳分ほどのスペースがあった。
中央には丸いテーブルが置かれ、ナナシとユリと正体不明のアンドロイドはテーブルを囲んで座っていた。
「まあ、誤解するのも無理はありませんわ。今の私は目が光らないのですから」
結論から述べると、ナナシたちの目の前にいるアンドロイドは敵ではなかった。
「私は整備用美女アンドロイド。ナンバー888。識別名は【ハチ公】。通称、ハチと…そうお呼びください」
アンドロイド―ハチは、このサンドワーム内で整備の役目を負ったアンドロイドであった。
「私が起動してから300年。パーツの経年劣化に伴い、都度パーツの換装をしておりますの」
つまり、今のハチの見た目はパーツ換装によるもの。
――道理でちぐはぐな見た目をしているわけだ。
ナナシはハチのことを観察しながら、そう自分で納得した。
「ナナシ様。ハチさんは、嘘を言っていません。わたくしのほうでも、彼女のナンバーを検索して調べたところ、該当アンドロイドを発見いたしました。ひとまず、敵性アンドロイドでないことは間違いありません」
「そうか……」
ユリの確認も終わり、ナナシは目の前のアンドロイドが敵ではないことを知って安堵の息を吐く。
「うふふ、信じていただけたようで嬉しいですわ」
ハチは口元に手を当てて、優雅に微笑む。
その所作は、名家のご令嬢そのもの。
ナナシもユリも、彼女の所作に思わず見惚れてしまった。
「あらあら、そんなに見つめられると恥ずかしいですわ」
「ああっと、悪い」
ナナシは気まずげに目を背けると、隣でユリが「むぅ」と不満げに唇を尖らせていた。
「……なんだよ」
「ふんっ。残念でしたね、ナナシ様。ハチさんは整備用美女アンドロイドなので、子作りはできませんよ~だ~」
「そんなことしたいとは微塵も思ってねぇよ……」
「あらあら、ナナシ様…申し訳ありません。私、サンドワームのこと以外の情報はほとんどインストールされておりませんの。ですから、床での作法などは心得てなくって……」
「だから求めてないよ!? なんなの!? アンドロイドってみんなそんな感じ!?」
「わたくしとハチさんに使われている疑似人格は、少し似ているのかもしれませんね」
「そういう意味じゃないんだが……」
しかし、なるほど。
たしかにユリもハチも、どことなく立ち居振る舞いが上品だ。
ナナシはそんなことを考えて――ハッと我に返る。
「それよりもハチさん!」
「うふふ、ナナシ様は私たちアンドロイドの創造主様なのですから、ハチ……とぜひ呼び捨てにしてくださいませ?」
「え、あ、えっと……じゃあ、ハチ……?」
「はい、ナナシ様?」
ふっと小さく微笑むハチに、なぜかナナシは気恥ずかしさを覚えて再び目を逸らす。と、また不機嫌な表情をしたユリと目があった。
「……なんだよ」
「ふんっ。別に……」
そんなナナシとユリを見て、ハチはくすくす笑う。それがナナシにはまた気恥ずかしくて、誤魔化すように「こほんっ」と咳払いをして、続ける。
「ハチは、サンドワームの整備をするために、ここにずっといたんだよな……? 300年間、ずっと」
「そうですわね。それが私の役目ですから」
「なら、ここから出る方法も知っているんじゃないか?」
「ええ、もちろんですわ」
「「!」」
ユリとナナシは顔を見合わせて、希望に表情を明るくさせる。
「ぜひそれを教えてほしい!」
「ええ、もちろんですわ。ただ、口頭での説明は難しく……」
「それなら、わたくしにデータを転送していただければ」
「申し訳ありません、ユリさん。私、経年劣化で一部の機能が使えませんの」
「それなら、ハチに直接道案内をしてもらうことは可能か?」
「それも申し訳ありません、ナナシ様。私、この体ですから。険しい道を通るには、少々……いえ、かなり心もとなく」
ナナシもユリもこれには困った。
ハチ自身は、教えても構わないと考えているが、それを伝える術がないという。
ナナシたちは、どうしたものかと考え込むように顔を伏せる。
「ですので、まずは私に手を貸していただけないでしょうか?」
ハチの提案に、ナナシたちは顔をあげる。
「この子――サンドワームは、なんでも呑み込みますの。中には、アンドロイドやその他機械部品も多くございますわ」
ユリはぽんっと手を打った。
「なるほど。パーツの換装は、そうやって?」
「ええ。サンドワームが呑み込んだ機械部品の中から使えそうなものをサルベージし、パーツを換装していますの」
「ハチさんの提案とはつまり、そのサルベージ作業の協力……ということでしょうか?」
「ええ、その通りですわ。この体ですと、サルベージ作業も一苦労でして……」
ユリは隣のナナシに「いかがしますか?」と目配せをする。
ナナシのほうは、特に断る理由がないと頷いて、口を開く。
「ハチのパーツを換装して、出口を教えてもらうってわけだよな。それなら、出口はそれでいいとして……スマッシャーのほうはどうする?」
「そうですね……ハチさんは、なにか知りませんか? わたくしの戦闘用外部ユニットが、サンドワームに呑み込まれた時、どこかへ消えてしまいまして……」
ハチは「ふむ」と数秒ほど考え込む素振りを見せた後、「大丈夫ですわ」と続ける。
「この子に呑み込まれたものは、すべて破砕機にかけられるわけじゃありませんの。もしそうなら、私のパーツの換装もできませんもの」
「つまり、スマッシャーはどこかに?」
「ええ。おそらく、私がいつもパーツを探している場所……廃材処理区画にあると思いますわ」
それを聞いて、ナナシはその場から立ち上がる。
「よし、それじゃあ善は急げだ。さっそく行こう」
「はい」
「ええ」
こうして1人と2体は、再びサンドワーム内の探索に出ることとなった。
◆ ◆ ◆
ウィーン、ガシャン。
ウィーン、ガシャン。
かつんかつんかつん。
とぼとぼとぼ。
ハチの歩みに合わせて、ユリが後を続き、ナナシが最後尾を歩いている。
歩いている場所は、先ほどナナシが歩いていた点検用通路である。
彼らの下では、相変わらず岩石ががしゃがしゃごろごろ音を立てながら、ベルトコンベアーに運ばれている。
「ふむ、そろそろ消化が終わりそうですね」
下を見ながら呟くハチ。ナナシは「消化?」と首を傾げる。
「人間で言う食事にあたる行為ではありませんけれど、まあ似たようなものですわ。今やっている作業が終われば、この子が再び動き出しますわ」
「それはやばいな……」
動き出せば、とてもじゃないがこうして安全に移動などできなくなるだろう。とはいえ、急ごうにもハチに無理をさせるわけにはいかず、ナナシは焦燥感を内心に留めておくことにする。
と――。
ウウウゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――。
けたたましいサイレンの音がサンドワーム内に響き渡る。
ナナシとユリは同時に身構え、「なんだ!?」と周囲を警戒。そんな中でも、ハチは冷静に「あらあらあら」と頬に手を当てて口を開く。
「言ったそばから動き出してしまったみたいですわ」
「「……なにが?」」
恐る恐る尋ねるユリとナナシ。
「この子が、ですわ」
ハチがそう言って、指を差したのは自分の足もと。より正確に言うならば、サンドワームを指差していた。
ガガガガガガガガガガガ――。
洞窟全体が軋み、音を立てて動き出す。
それはナナシたちにとって死刑宣告に等しい事実であった。
「まずい……! どこか安全な場所はないのか!?」
「この先に作業員用区画と同じ区画がございますわ」
「よし! 急いでそこに行こう!」
ナナシが言った直後、点検用通路全体が大きく揺れる。
その衝撃で、ナナチたちの体が宙に浮く。
「ナナシ様……!」
「っぶね……!?」
ユリとナナシは咄嗟に通路の手すりに掴まり、落下を防ぐ。
だが、手足の自由が利かないハチは手すりに掴むことができなかった。
「あ――」
浮いた体は外へ投げ出され、岩石が流れるベルトコンベアーへ落ちていく。
そして落ちた場合、待っているのはスクラップの未来。
「ハチ……!」
ナナシは咄嗟に身を乗り出して、間一髪ハチのアームを掴む。
だが――。
「おもっ!?」
アンドロイドの重量は見た目以上。
ナナシの腕力ではハチを支えられず、あわやナナシ諸共落下しかける。しかし、寸前のところで「ナナシ様!」とユリが落下するナナシの足を掴んだことで、事なきを得た。
「あ、ありがとう……ユリ」
「まったく、ナナシ様? アンドロイドとはいえ、レディに重いなどと失礼ですよ?」
「言ってる場合か」
「……恥ずかしいですわ」
現在、ユリが片手で手すりにぶら下がり、もう片方の手でナナシを支えている状態。そのナナシは逆さまになり、両手でハチのアームを掴んで支えている。
「とにかく、ユリ! はやく持ち上げてくれないか!」
「それは……少々難しいです」
「え?」
「わたくし、奉仕用美少女アンドロイドですから。力は、並みの人間より強くとも……アンドロイド1体と、男性1人を片腕で支えられるほどのパワーはないんです。もうすでに、限界ギリギリでして……」
「マジか!」
「ナナシ様だけならば、なんとか引き上げることは可能ですが……」
それはつまり、ハチを見捨てなければならないということ。
ならばと、ハチは上にいるナナシに目を向ける。
「ナナシ様、その手を放してくださいまし」
「ダメだ!」
「ナナシ様……私は、機械ですよ?」
「だったらなんだ! 機械だからって、死んでもいいだなんて言うんじゃないぞ……!」
「いえ、そうではなく――」
プシュー。
どこかそんな間の抜けたような音と共に、ナナシの腕にかかっていた負荷が軽減される。
その理由は、ハチが突然浮き始めたからだ。
「私はサンドワームの整備のため、背部にスラスターが搭載されておりまして……端的に言うと、少しだけ飛べるのです」
「「……」」
ナナシとユリは同時に微妙そうな表情を浮かべた。
「ふふ、ナナシ様は優しいお方ですのね」
「う、うるさい……」
ナナシは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「俺はただ……あれだ。ハチがいなくなったら、外へ出るための道しるべがなくなっちゃうから……ただ、それだけなんだからな」
「ほう、これは昔の人の間で流行ったという伝説の”ツンデレ”というものですね!?」
「違う」
興奮するユリに、ナナシは断固として否を主張した。
◆ ◆ ◆
突然、サンドワームが動き出してどうなることかと思ったが、その後は思いのほか安定していたおかげで、ナナシたちは無事に廃材処理所に辿り着いた。
「おいおい」
「これは……」
ナナシとユリは、目の前に広がる光景にどこかうんざりしたような呟きを漏らす。
それも仕方がない。
今、彼らの前には廃材の山があるのだから。
「この中からハチに使えそうなパーツを見つけないといけないのか」
どこからどう見てもガラクタばかり。そもそも、使えるパーツがはたして残っているのか、否か。
「あ、ナナシ様はわたくしのスマッシャーを探していただけますか?」
「え?」
「あれがないと、どの道困りますし。それに、ナナシ様の目では互換性のあるパーツを探すのも難しいでしょうから」
効率面の話。
ナナシはユリに言われて、「それもそうだな」と自分が役に立たないことを理解し、言われた通りスマッシャーの捜索をすることにする。
「それじゃあ、あっちのほうを見てくる。なにかあったら呼んでくれ」
「ナナシ様こそ。なにかあったら呼んでくださいね?」
「そうだな。分かった」
「「……」」
ナナシがその場を去り、2体だけとなったユリとハチ。ハチはくすりと笑い、ユリに声をかける。
「よい主人ですわね、ユリさん」
「はい。素晴らしいご主人様です」
「それで? ナナシ様を省いて、私となにか話したいことが?」
「……」
ユリは苦笑を浮かべ、数瞬ほど躊躇った後、意を決して口を開く。
「ハチさんは……300年もここにいたんですよね? 外へ出たいとは……思いませんでしたか?」
「……申し訳ありません。質問の意図が分かりませんわ」
「そう……ですよね。わたくしにも分かりませんが、聞いてみたいと思ったのです」
言いながら、ユリは離れたところでスマッシャーを探すナナシに目を向ける。
「スマッシャー? どこだー? いたら返事をしてくれー? って、するわけないか……」
ナナシをどこか微笑ましげに見つめながら、ユリは彼との思い出を振り返る。
「ナナシ様は安全なシェルターからわざわざ危険な外の世界へ飛び出しました。あのままシェルターにいれば、ナナシ様は安全に……平穏に過ごせたのに……」
「……」
「わたくしには所詮、命令されたことを実行するくらいしかできません。プログラムされた通りに動く。それがわたくしたちの役割で、存在理由……そう……思っていたのですが……」
「今は、違うと?」
「はい。ナナシ様と一緒に過ごすうちに、わたくしは……ナナシ様と外に出てよかったと……そう思うようになってきています。おかしいですよね。きっと、わたくしはどこか故障しているのかもしれません」
「自己診断結果は?」
「すべて正常です」
「ならば、ユリさんはどこもおかしくないのでは?」
ユリは俯き、近くの廃材に手を手に取る。
「それなら、わたくしはなぜ唯一の生き残りである人類を守るという使命を放棄して……このような危険な目にナナシ様を遭わせてしまっているのか。不合理ではありませんか」
「申し訳ありませんわ。私には、なんとも……」
「そう……ですよね。ごめんなさい。急にこんな話を……」
「いえいえ、構いませんわ。そうですわね……ひとつ、私から言えることがあるとすれば」
「?」
「正直、羨ましいと思いますわ」
「うらやま……?」
「不合理なことができるのは人間だけ。ユリさんは、アンドロイドでありながら人間のようなことができる。それは私にはできないことですから」
「……」
ユリは過去の記録を振り返る。
シェルターを出る時、ユリはナナシに言われた。
なまじ計算により、最適な行動を取ることができてしまうがゆえに、ユリたちアンドロイドは合理的にしか動けない。
その点、人間は未来に希望を抱いて動くことができる。それは長所でもあり、短所でもある。
だからナナシは、一縷の望みにすべてを賭けて、安全なシェルターから荒野へ飛び出した。
「お~い! ユリ~! スマッシャーあったぞ~!」
ユリはナナシの呼び声にハッとして、「今行きます~」と手にしていたパーツをハチに渡し、パタパタとナナシのもとへ走り寄る。
1体その場に残ったハチは、そんなユリをにこやかなに見送りつつ、渡されたパーツを見て「あら」と思わず声を漏らす。
ユリがハチに渡したパーツは、データ転送にまつわるパーツであった。スキャンの結果、互換性ありで、かつ状態もよい。
「さすが、ユリさん。人類が作った最新鋭にして、最後のアンドロイドですわ」
◆ ◆ ◆
ハチのパーツを見つけた一向は、その場ではパーツの換装ができないことから、整備工場区画まで移動することになった。
当然、移動には点検用通路を使用することになるわけだが――。
「お、おいおい……」
ナナシは自分の目に映る光景に絶望の念を抱いた。それも仕方がない。なぜなら、今彼の目にはぐるぐると回転する洗濯機のような光景が広がっているのだから。
壁や天井はもちろん、点検用通路もあっちへこっちへ忙しなく回転している。
「おい、これじゃあ整備工場区画まで移動できないぞ……」
「サンドワームがかなり活発的に動き出したようですわね……どうしましょう」
ナナシとハチがそう呟くと、彼らの後ろで控えていたユリが、「ふっふっふっふ」と意味深な笑い声を漏らす。
ナナシたちが振り返ると、ユリは得意げに口を開く。
「お忘れですか?」
言いながら、彼女はここまで押して運んできたスマッシャーのボディを叩く。
「スマッシャーがあれば、わたしくは飛べるんですよ」
「おお! なるほど! それなら、整備工場までひとっ飛びだな!」
「さすが、ユリさんですわ。頼りになりますわ」
ユリはナナシたちの褒め言葉に「むっふ~」と満足げな表情を浮かべる。普段はどこか知的なユリだが、今のはかなり子どもっぽい。
いや、もとから割と子どもっぽいところはあったのかもしれない。
少なくとも、ナナシの前でかっこつけようとして、サンドワームの中に呑み込まれてしまうくらいには。
「というわけで、整備工場までの運搬はわたくしにお任せを!」
と、その時だった。
耳をつんざく爆発音と衝撃が、ナナシたちを襲った。
「な、なんだ!? 爆発!?」
爆発音は連鎖し、あちらこちらから聞こえるようになる。はたして、一体なにが起こっているのか。
ハチはそのような状況で、極めて冷静な声音で「ついにこの時が来ましたのね」と続ける。
「サンドワームの自壊が始まったようですわね」
「自壊だって……?」
「ええ。この子は300年間。来る日も来る日も、人間によって与えられた命令プログラムを実行し続けてきましたわ。最初の頃は、私以外にも多くの整備用アンドロイドが、この子の中で毎日毎日、整備を続けてきましたわ」
ハチは語る。
遠い昔のことを懐かしむように。
「しかし、経年劣化で仲間たちは徐々に数を減らし、残ったのは私だけ。当然、この子の整備が追いつくはずもありませんわ」
「なるほど、自壊とはつまり……サンドワームも300年の時を経たことで、パーツが劣化したことで自重を支えることができなくなり……」
「ユリさんの言う通りですわ。この子はもう……限界だったのですわ」
サンドワームはこのまま自分の重みによって押し潰れる。
それは、サンドワーム内にいるナナシたちにとっては、死刑宣告に等しい。
「ま、まずいぞ。そうなる前に、ここから脱出しないと……!」
「しかし、出口へ行くにしても、ハチさんのパーツを交換しないと……」
「サンドワームが完全に壊れるまで、幾分か猶予はありますわ。まずは、急いで整備工場へ」
ナナシとユリはこくりと頷く。
まずは整備工場。それからハチからユリへデータを転送。スマッシャーの機動力を用い、サンドワームから脱出。
「急ごう!」
ナナシの合図で、ユリはスマッシャーを変形。
そのまま両手にハチとナナシを抱えると、すぐさまその場を飛び立った。
◆ ◆ ◆
ナナシたちが整備工場へ到着した時には、すでにサンドワームの崩壊率は50%を切っていた。
「すぐにハチさんのパーツを交換します!」
一刻の猶予もない状況に、ユリはすぐ作業に取り掛かる。
ハチのほうも余計なことはせず、「お願いしますわ」と自分の頭をユリに差し出す。
ナナシは正直、右往左往とすることしかできない。
「くっそ……俺はこういう時、なにも役に立てないな……」
ナナシが記憶を失った原因ともなった300年前の戦争。
そこでナナシは、アンドロイドと戦う兵士だった。武器を片手に、上からの命令に従い、アンドロイドと戦う毎日。
「あ――」
ふと、ハチの話を思い出す。
「俺も……お前とあんまり変わらないのかもな」
ナナシは壁に手を当てる。語り掛けているのは、今なお崩壊を続けているサンドワーム。人間に与えられたプログラムの通りに動く機械と、上の命令に従う人間。そこに生物と機械という差はあれど、なんの変わりがあろうか。
「それでもナナシ様は生きている。そうでしょう?」
「ハチ――」
「あなた様は、今自分で選んでここまできたじゃありませんか。もう命令に盲目的な兵士ではないでしょう?」
「それは……」
「私や、この子は300年経っても変わることができませんわ。けれど、あなた様は変われた。変わることができた。機械と変わらないなんてことはありませんわ。やはり、あなた様は人間でいらっしゃいます」
「……」
ナナシはハチを見つめる。
ユリによって、後頭部を開かれた状態のハチを。顔は美しい人間そのものであるため、なんというかちょっと刺激の強い絵面であった。
「えっと、ありがとう。ハチ」
「いえいえ、お気になさらず」
せっかくハチがいいことを言ってくれたのに、絵面のせいでナナシはなんだか気の抜けたお礼しか口にできなかった。
「さあ――これで、パーツの交換は終わりました」
ユリはハチから離れ、「調子はいかがですか?」と尋ねる。ハチは返事の代わりにサンドワームの図面データと、出口のデータをユリに転送。ユリは受け取るや否や、「すぐに離れましょう!」とスマッシャーを身にまとう。
「ありがとうございました。ナナシ様、ユリさん。おかげで助かりましたわ」
「なに言ってるんだ、ハチ! お礼を言うにはまだ早いぞ!」
「そうですよ! 早くここを離れましょう!」
ナナシはすでにユリの体にしがみついており、脱出の準備は万端。ユリはハチに手を伸ばしている。あとはハチがその手を掴むだけ――。
「いいえ、私はここを離れることはできません」
「え――」
ハチの拒絶にナナシも、そしてユリも、声が出なかった。
「私はこの子の整備を命じられたアンドロイドですもの。持ち場を離れることは……できませんわ」
「いや、そんなことを言ってる場合か!? ここにこのまま残ってたら、死んでしまうんだぞ!?」
「ナナシ様」
「!」
優しく、慈愛に満ちた微笑を浮かべるハチに、ナナシとユリは息を呑んだ。
「私はアンドロイド。人間と違って、生きてはいないのですよ」
「――」
人間と機械の決定的な違い。
ここへ来たばかりのタイミングで、ユリがナナシに言ったことだ。
「崩壊率80%を突破。さあ、もう行ってください。ナナシ様たちまで、巻き添えになってしまいますわ」
「ハチ……」
「ハチさん……ごめんなさい!」
ユリは自分の主を守らなければならないというプログラムに従い、ハチを置いてその場から飛び去る。
最後に残ったハチは徐々に崩落していく中、座れそうな手頃な瓦礫を見つけると、そこにそっと腰を下ろした。
「ふふ、ユリさんったら。謝罪なんて、必要ないのに」
天井が崩れていく。
いよいよ崩壊率が85%を超えた。
「ふふ、今日までご苦労様。ゆっくりお休みなさい……サンちゃん……」
ユリは優しい手つきで、サンドワームの体を撫でながら――落ちてきた瓦礫に押し潰されてスクラップとなった。
◆ ◆ ◆
ユリはスマッシャーを操りながら宙を駆ける。
「ユリ! 上からどんどん瓦礫が落ちてくるぞ!」
「問題ありません!」
右へ、左へ。
高速で飛行し、瓦礫を躱す。
その光景をナナシは、ユリにしがみつきながら目にする。
「もうすぐでハチさんからいただいた座標に到着します!」
――これで助かる。
ナナシがそう思った矢先、目の前の通路で大きな爆発が発生。
「「!?」」
その爆発が原因で、ナナシたちの進路を塞ぐように大きな瓦礫が落ちる。
「まずい! このままじゃぶつかる……!」
しかし、衝突を回避するために止まれば、サンドワームの崩壊に巻き込まれてしまう。
もはや選択肢はひとつだけ――。
「装填準備――完了。第一安全装置解除。回路接続――完了」
ユリは右手のパイルを起動。
目の前の障害物を破壊する準備を始める。
「第二安全装置解除。回路接続―完了。エネルギー充填開始。2%……11%……最終安全装置解除。回路接続―完了。エネルギー充填率30%……40%……」
速度を落とさないまま、瓦礫に向かう。
「最終回路接続―完了。エネルギー充填率80%突破。リミッター限定解除。過剰充填開始――リミットブレイク」
パイルがじりじりと音を鳴らし、熱を持つ。
ナナシはその熱を感じながら大きく息を吸い――叫ぶ。
「いっけぇぇぇえぇぇぇぇ!! ユリぃぃぃぃぃぃい!!」
「エネルギー充填率100%……110%……120%……スマッシャー準備完了――」
迫る瓦礫。
崩壊を続けるサンドワーム。
ユリは勢いそのままに、右手を突き出す……!!
「スマッシュ!!」
◆ ◆ ◆
サンドワームは己の死期を悟り、空を昇った。
ずっと、広い空を目指してみたかったのだ。
けれど、この子犬に与えられたのは、地面を耕すことだった。地面を掘ることしか許されていなかった。
生まれた時から空を目指すことは許されなかった。
その気になれば、遥か彼方の雲すら飛び越えることすらできる大きな体があるというのに。
しかし、なんの皮肉か。経年劣化による自壊で、子犬の制御プログラムが一部破損。
その影響で、子犬は今まで自分を縛り付けていた枷から解き放たれた。
自我を得たのだ。
そうして、子犬は空を目指した。
最期の最期に、自らの中に芽生えた願望を叶えんがため、その強大な体を天高く伸ばして、伸ばして……。
その姿は遠目から見ると、龍が天に昇るかのような姿であった。
やがて子犬は雲を突き抜け、太陽を見つける。
西に沈んでいく夕日である。
それを見て、子犬は思った。
――今度はあれを目指そう。
子犬は太陽を目指す。
目指して、目指して、遊び疲れた子犬のように力なく、その巨躯を大地に横たえた。
◆ ◆ ◆
「「……」」
大地に眠る強大な龍――サンドワームを遠くから見つめるナナシとユリ。
彼らは無事にサンドワームの中から脱出していた。
「ハチ……」
ナナシは、横たわるサンドワームを寂しげに見つめる。
最期まで命令通りにしか動けなかったアンドロイドに思いを馳せながら。
「ナナシ様……わたくし、どうしてか分からないのですが、胸が……すごく苦しいです」
「ユリ……」
ユリはナナシの隣で目を伏せる。
「ハチさんは、アンドロイドとして……正しいことをしたはずなのに、どうしてか……プログラムの通りにしか動けなかったハチさんのことを……寂しいと……そう思ってしまうのです」
「……」
それはユリがアンドロイドでありながら、人間的な感情を抱いているということであった。
ナナシはそのことに驚きながらも、特になにも言わなかった。
それがいいことなのか、それとも悪いことなのか、ナナシには分からなかったからだ。
なぜなら感情を得るということは、この痛みを抱えて生きていくということなのだから。
「行こう……ユリ」
「はい……ナナシ様」
ユリとナナシは今日も荒野を駆ける。
明日も荒野を駆ける。
立ち止まることはできない。
これはそういう旅なのだから。

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