ボツの館 ボツ2話:言葉のない場所
ボツ2話:言葉のない場所
俺は桐生 ミキヤ。
16歳の高校1年生。
「……」(マリナ)
「一緒に帰るか」(ミキヤ)
「……」(マリナ)
俺がカバンを持って席を立つと、笑顔で俺についてくる彼女。
名前は間中 マリナ。
俺の幼馴染。彼女は生まれつき、耳が悪い。
補聴器もつけているし、全く聞こえないわけではないが、こと人との会話となるとほとんど聞き取れない。
その為、彼女自身もほとんど言葉を発することが出来ず、もっぱらコミュニケーション手段は手話を除いてはラインでのやり取りか、表情での会話となる。
だが俺はそれで問題なかった。
むしろ、その方が良かった。
俺はね、人の顔色を読むのが得意なんだ。
俺とマリナが出会ったのは9歳の頃。
丁度、俺の両親が離婚した時のことだ。
俺の両親は俺の見てないところで喧嘩ばっかりしてるような二人でね。
俺の前だけは仲良いふりをする、所謂仮面夫婦って奴だった。
俺は両親二人とも好きで、ずっと一緒にいて欲しかったんだけど、結局離婚してしまった。
そんな両親を見て育ったから、その頃はどいつもこいつも嘘つきに見えたんだ。
どんな都合のいいことを言っても、その仮面の裏で別のことを考えてるってさ。
だから誰とも一緒にいたくなかった。誰といても居心地が悪かった。
「……」(回想マリナ。土手で座るミキヤの隣にいる)
たった一人。
マリナの存在を除いては。
「……なんだよ、何笑ってんだよ」(ミキヤ)
「……」(マリナ。ちょっと心配そう)
「いいだろ、別に。一人が好きなんだよ」
言葉を語らない彼女は、その頃の俺にとって一番嘘のない場所だった。
その上俺は、散々両親を見てきた反動で、人の顔を見てその人がどんなことを考えているかよくわかるようにもなってたんだな。
「……」(笑ってミキヤの手を取るマリナ)
「一緒に帰ろうって?いいよ。帰りたくない。もう少しここにいる」
「……」(やれやれって顔で再び座りなおすマリナ)
「何だよその顔。別に付き合わなくていいんだぞ」
耳の聞こえない彼女は、俺の言葉も聞こえないし、また言葉も発していないのに、俺は自然と彼女とコミュニケーションが取れていた。
「……!」(マリナ)
「……いいよ、帰ろうぜ」(立ち上がってマリナの手を取るミキヤ)
「……!」(コクコクと顔を縦に振るマリナ)
そしてその日から、俺とマリナはいつも一緒に行動するようになった。
彼女の前では不思議と自然体でいられる。居心地が良かった。
彼女もまた、言葉を発せなくても表情である程度読み取ってくれる俺と一緒にいるのが居心地良かったのだろう。
「お、今日も仲良いねー、お二人さん」(友人男)
「からかうなよ」(ミキヤ)
「……」(マリナ)
廊下で知り合いに声をかけられる。
マリナは俺の腕をぎゅうっと握って、そいつのことをジッと見た。
「……」(マリナ)
ついでに、ぷくーっと頬を膨らませる。
「あらら、威嚇されちゃった」(友人男)
「これ以上近づいたらその喉笛を噛み千切るって言ってるぞ」
「こわっ!」
ちなみに言ってない。
「おー、よしよし。怖くないぞー」(友人男。恐る恐る手を伸ばそうとする)
「ふーっ!」(マリナ。猫が威嚇するみたいな声)
「うぉっ!?」(友人男)
言ってたかもしれない。
「おい、飼い主!噛まれそうになったぞ!どんな育て方してるんだ!」(友人)
「そうか?大人しいぞ」(ミキヤ。マリナの喉を撫でながら)
「♪」(ごろごろしてるマリナ)
「ほら」(ミキヤ)
「そりゃお前にだけだ」
マリナは俺にしか懐かない。
他の人に対しては常に一定の距離をとる。昔からそうだ。
「まあ、いいや。じゃねー」(友人)
彼が手を振ると、マリナは曖昧に笑って手を振った。
さっきは威嚇していたが、別に本気で威嚇しているわけじゃない。マリナなりの冗談って奴だ。
※ ※ ※
(小学校回想)
「ねー、マリナちゃん。一緒に遊ぼう」(小学校女子A)
「耳聞こえなくても大丈夫な遊びするからさ。トランプとかどう?」(小学校女子B)
マリナの耳が悪いのは昔から皆知っていて、いじめられたりということはなく、むしろ親切にしてくれる人が多かった。
だけど、彼女は、
「……」(曖昧に笑って首を横に振るマリナ)
「えー、なんでー?」(女子A)
「ま、仕方ないよ。ユウちゃん、トランプなんて別に好きじゃないじゃん」(女子B)
「マリナちゃんと遊ぶ為にわざわざ覚えたのになー」(女子A)
いつも曖昧に笑っては、拒絶する。
多分、居心地が悪いんだろう。
皆、なんだかんだ言ってもコミュニケーションのメインは音だ。
手話が出来るわけでもない。
声を発さなくてもコミュニケーションが取れる俺の方が、彼女にとって都合がいいのだ。
※ ※ ※
(また小学校回想)
「おい、ミキヤー。一緒にサッカーしようぜ」(友人男)
「いい」(ミキヤ)
「なんだよ、つれねーなー」
「……」(マリナ。くいくいっとミキヤの袖を引っ張る)
「うん、行こう」(ミキヤ)
そしてそれは俺も似たようなもので。
小学校の頃は、殆どマリナ以外と交流をすることはなかった。
「……」(マリナ)
帰り道。
無言でトコトコとマリナは俺の服の袖を掴みながら、少し後ろを付いて来る。
振り向いて彼女の様子を確認すると、視線が少し横を向いていた。
「?」(ミキヤ)
マリナと目を合わせ、俺は彼女がさっきまで見ていた方向を指差し、首をかしげる。
マリナはコクコクと縦に振って、ニコッと笑った。
どうやらあそこの饅頭が食べたかったらしい。
「つぶあん2つ」(ミキヤ)
注文し、饅頭を受け取り、彼女に一つ渡す。
嬉しそうな顔をしてほうばるマリナ。
(ラインで送信)『美味いね』
スマホのラインで彼女にメッセージを送った。
彼女はそのメッセージを受け取ると、俺の方を見てニコッと笑った。
「……」(マリナ。また他の店を見ている)
「お前、さっき食べたばっかりだろ」
饅頭を食べて間もなく、たい焼き屋に視線を奪われているマリナ。
俺の袖をぐいぐいと引き、目をキラキラさせている。
「ダメだ。食いすぎ。太るぞ」
「……!……ッ!」(マリナ)
首を振って否定する俺に、その場でぴょんぴょんと跳ねて食べたいアピールをするマリナ。
(ラインで送信)『明日にしておけ』
ラインで釘を刺す。
「……!……!」(マリナ)
「明日やろうは馬鹿野郎っていう言葉はこう言う時に使うんじゃないぞ」
「っ!っ!!!」(マリナ)
「見てない。魚もマリナに食べて欲しいって目でこっちは見てない」
「……!」(笑顔でたい焼き屋に行こうとするマリナ)
「言ってない。買っていいなんて言ってない。こう言うときだけ伝わってない振りするな」(それを腕で掴んで阻止するミキヤ)
こいつ、聞こえなくても俺の雰囲気で察してるくせに、都合悪いときだけすっとぼけやがる。
……マリナは表情豊かに感情をストレートに表現する。
ラインで言葉を交わすことも出来るが、彼女はあまりそうしない。
それが心地よかった。
言葉がない場所。嘘のない場所。
それが、マリナの隣だった。
※ ※ ※
ある日の高校の昼休み。
「よお、ミキヤ。今週のステップ見た?」(ナオト)
「ああ、見たよ。悪滅の刀、最終回だったよな」(ミキヤ)
「劇場版もはじまったって言うのに、すぱっと終わっちまうんだもんなー」
「ラスボス倒しちゃったんだし、続けようがないからな」
「そしたら次はもっと強いボスを出せばいいだろ」
「そんな無茶苦茶な」
「そんでそのボスを倒すために主人公の髪が金髪になる」
「なんで!?」
隣の席のナオト。
高校になって出来た友人。
俺もなんだかんだ9歳の頃のトラウマを引きずっているのか、中学校まではマリナ以外とはあまり深く交流をしなかった。
しかし高校になってからは若干今までの傷が癒えたのか、それとも心が大人になったのかはわからないが、こうして友人もできるようになった。
「あ、マリナちゃん!今日も可愛いねー」(ナオト)
いつの間にかマリナが俺の後ろに来ていたらしい。
ナオトがニコニコとマリナに笑いかける。
しかし、マリナは曖昧に笑うとススっと俺の背後に隠れてしまった。
「ちぇー。なかなか心を開いてもらえないんだよなあ。なんかいつも怯えたような顔されるんだよね」(ナオト)
「お前が怖いんじゃないか?」
「ミキヤには懐いているのにな」
「まあな」
一方。
マリナは相変わらず俺と以外殆ど交流を取れていない。
自負があった。
マリナと一緒にいられるのは俺だけだって言う自負が。
或いは、思いあがっていたのかもしれない。
言葉を話せないマリナの気持ちを正確に察知し、気遣ってやれるのは俺だけだと。
彼女が一緒にいて、居心地良くさせてあげられるのは俺だけだと。
自分がマリナを助けてあげているとでも言うような、思い上がりが。
「じゃ、俺はマリナと飯食べてくるから」(ミキヤ)
「おう。たまには俺も混ぜてくれよー」
「はは。考えておくわ」
俺がマリナの方を見ると、彼女は怯えたような表情をして俺をジッと見ていた。
は?
なんで、そんな顔してるんだ?
もしかして、怯えているのはナオトにじゃなくて俺……?
「……!」(マリナ)
俺が席を立つと、マリナはパァっと笑顔になって俺の袖をぎゅっと掴む。
……なんだったんだ、今の。
※ ※ ※
また別の日。
「ミキヤ。今日さあ、みんなで遊び行くんだけどお前も来ない?」(ナオト)
「え」
放課後、帰り仕度をしているとナオトが友人を2人ほど連れて俺に声をかけてきた。
思えば、友達は出来たとは言え、誰かと遊びに行ったことはない。
そこまで深い仲ではなかったと言うのもあるが――
「……」(マリナ)
俺の後ろでニコニコしながらカバンを持っているマリナ。
そう。
俺は常にマリナと一緒だった。だから他の人と遊びに行く機会がなかったんだ。
「たまにはいいだろ。お前と遊び行ったことないしさあ。マリナちゃんもほら!誘えばいいし!」(ナオト)
「そうだなあ」
行きたい気持ちはある。
マリナも一緒なら尚の事。
チラッとマリナを見ると、俺の方をジッと見て、心配そうな顔をしていた。
……なんでだ?
なんで心配そうな顔をしている?
「よっしゃ、じゃあ、カラオケ行こうぜ!」(友人A)
「いいね!カラオケ」(友人B)
「あ、いや、ちょっと……!」(ミキヤ)
「?」(友人A)
「カラオケだと、マリナが……」
「おい、そうだぜ。ちゃんと考えろ」(ナオト)
音がメインのカラオケはマリナにとって、全く楽しめない場所だ。
幸い、今の会話内容はマリナには聞こえていないからいいものの――
「……」(マリナ)
振り返ってマリナの表情を確認すると、マリナは笑っていた。
曖昧に笑って、俺に手を振っていた。
「え」(ミキヤ)
俺のスマホが鳴る。
そこには滅多にこない、マリナからのメッセージ。
『先、帰るね』
※ ※ ※
『なんで先帰ったんだよ!』
ナオトらに謝罪をし、俺も慌てて校舎を出たものの、既にマリナの姿はない。
彼女の行動の意味がわからず、俺はラインで真意を問いただそうとする。
――なにやってんだ、俺?
『気にしないで。大丈夫』(マリナ)
なんでラインで真意を問いただそうとしているんだ?
なんで、彼女の顔を見て、彼女の心が読めなかったんだ?
俺を見て怯えていたマリナ。
俺を見て心配そうにしていたマリナ。
その表情の意味を、なぜ理解できなかった?
いつの間に俺は、マリナのことをわからなくなっていたんだ?
『先、帰るね』(回想マリナ)
そのメッセージを残して、曖昧に笑った彼女。
その笑顔には見覚えがある。
彼女がいつも、他の人たちに向けている笑顔だ。
『一緒に帰ろう。どこにいる?』(ミキヤ)
『せっかく誘ってもらったんだから、遊びに行っておいでよ』(マリナ)
『誘われてない。ちょっと話しただけだ』
『嘘つき』
「~~ッ!!」(ミキヤ)
馬鹿か、俺は。
『確かに誘われたけど、マリナも一緒に来て欲しかったんだ』(ミキヤ)
『私がいたら邪魔になるよ。行きたいところも行けないでしょ』(マリナ)
『邪魔なことなんてない』
ああ。ダメだ。
何を言っても、薄っぺらい。
俺は、馬鹿か。
マリナには聞こえていないから大丈夫だって?
――表情でコミュニケーションを取っているマリナが、人の顔を見て心を読めないわけないだろ。
『どこいるんだよ。教えてくれ』
『お願いだから追いかけないで。私に気を使わないで』
彼女が離れていくのは当然だ。
だって、いつも見てただろ。
彼女はいつも『自分が周りの人の負担になる』から。
『周りの人に気を使われるのが嫌』だから、周りと距離を置いていたんじゃないか。
彼女が俺の傍にいたのは――
彼女が唯一、俺にとって『一緒にいても負担にならない存在』だったからじゃないか。
何が俺は人の顔色を窺うのに長けている、だ。
マリナ相手に、何を思いあがっていたんだ。
ずっと、ずっと。
気を使われていたのは、顔色を窺われていたのは――
俺の、方だったんだ。
「馬鹿野郎……」
怒りがわいた。
彼女に。
勝手に人の顔色を窺って、決め付けて。
一人でわかった振りして、気を使ったつもりでいて。
「はあー……!はあ……!」(ミキヤ)
「っ!」(マリナ)
追いついた。
肩で息をしながら、俺はマリナの腕を取って振り向かせる。
「俺さ……」(ミキヤ)
「マリナといると、居心地いいんだよ」(ミキヤ)
ラインでもない。スマホに文字を打ち込むわけでもない。
彼女の鼓膜を震わせるはずもない、自分の声で、俺は彼女の目をしっかりと見て、言った。
「嘘じゃない。マリナの横が一番なんだ。俺にとって」
酷い思いあがりだった。
彼女にとって自分が居心地の良い人間になってあげられるって。
「俺、お前の事、好きなんだよ」
違う。
ただ、俺が好きなんだ。
彼女の傍にいることが、俺にとって幸せなんだ。
声は、彼女に届かない。
それでも、文字にする必要はない。
言い訳や自分を取り繕うような薄っぺらな言葉は、彼女に必要ない。
だってそうだろ?
人の顔を良く見れば、その人がどんなことを考えているかわかるんだ。
そして彼女がそれを――、読めないはずないんだから。
※ ※ ※
(マリナ視点)
はじめて会った時、私は嬉しかった。
私と一緒にて、自然に過ごしてくれるあなたが。
私の顔を見て、なんでも察知してくれるあなたが。
ああ、私にも居場所があるんだって、思えたから。
この人と一緒なら、お互い負担なく、やっていけるんだって思えたから。
だから、さっきのあなたの表情を見たとき、私あの場に居られなかった。
ああ。今私の存在が彼に迷惑をかけたんだなって、わかったから。
だって、負担になりたくないんだ。
あなたに、嫌われたくないんだ。
「――ッ!」(ミキヤ)
私の耳には彼の声は聞こえない。届かない。
だから――
「っ!」(ミキヤ)
「……」(マリナ)
私はその口を塞いであげた。
だって、必要ないもの。
聞こえない言葉を発さなくても、もう十分。
あなたの気持ちは、伝わっているから。


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