死神少女【原稿Ver】 第9話
第9話
――多くの人間にとって、死と言うのは絵空事。
学校で部活に励む中学生も、会社で一生懸命働く20代のリーマンも、ギャンブルに一喜一憂している30代のおっさんも。
自分が何十年後かに必ず死ぬなんてこと、すっかり忘れて生きている。
そう言うもんだと思ってた。
目の前で人が死んでも。
実際に死を目の当たりにしても。
死ってのは荒唐無稽な話で、悪い冗談で、自分とは無縁の、遠い世界の話だと。
でも違った。
こうしてココに座っていると、嫌でも思い知らされる。
人は誰しも必ず死ぬのだと。
死ぬのは他人だけではない。自分にとっても、また、現実なのだと言う、至極当たり前のことを。
――死刑囚 西条 ケン。
それが、俺だ。
「どーもー」(死神少女)
「なぁッ!?」
「おっと」(死神少女)
「おい!急に声を上げるな!!」(監視官)
「いや……、その……、目の前に……女が……!」
「なに?」(監視官)
女。
いや、少女と言うべきか。
俺の目の前に、確かに一人の少女が立っている。
この中に俺以外の人間がいるはずない。
ましてや、さっきまで人の気配なんてなかったのに、突然現れるなんて正気じゃ――
「……。誰もいない。しっかりしろ」(監視官)
「え……?」
見えて……ないのか?
「おやおや。ダメですよ。拘置所で大きな声出したら」(死神)
「え……あ……」
「そうそう、その調子。私と話すときは小さな声でお願いします」
「……だ、誰だ」
「誰だと思います?」
そう言うと。
少女はニヤァと笑って、宙に浮いた。
黒い翼をバサリとはためかせ。
真っ黒な髪をなびかせ。
漆黒の瞳で俺を見る。
そして、その身体には不釣合いなほど大きな、鎌。
「……あ、悪魔……」
「惜しい」
「え」
「んー、惜しい。いや、極めて正解に近いんですけど、出来れば正確な答えを言っていただきたい」
「え?」
「ほら。この動画のタイトルコール的にも、『悪魔?』『はい、悪魔少女です』じゃしまらないですし」
「動画?」
「ああ、こっちの話です」
こっちってどっちだ。
明らかにこの世のものではない存在感を放つ彼女が言う、こっちと言うのは、死の世界のことを言うのだろうか。
「あ。そういう意味ではないです」
「え」
「少しだけなら心読めます」
「えぇ」
「あー、もういいです。自己紹介します」
大きな翼をスッとしまうと、彼女は地面に降り立って、少し不貞腐れながら言った。
「私、死神です」
「死神……」
「はい。しーちゃんとでも呼んでください」
「そうか……、死神か」
「スルーですか。ジュンさんといい、もしかしてこの呼び名がイケてない……?」
幻覚でも見ているのだろう。
或いは、本当に死神と言う存在がいるのだろうか。
そのどちらでも構わない。
そのどちらだって、ありえる。
俺は死刑囚。
毎日、いつ死ぬか、怯えながら生きている。
そんな俺が幻覚を見るのなんて不思議じゃないし、死神が来たっておかしくない。
「まあまあ、死刑囚さん。残り少ない人生、私が見届けて差し上げますよ」
「……」
「そう。私は死神。死を見届けるもの。あなたはその残りの時間、どう使いたいですか?」
※ ※ ※
「で、どうします?」(死神)
事務作業のように彼女は一通り語り終えると、俺にそう尋ねた。
死神との取引。寿命を使って、願いを叶える。
願いの大きさによって、使用する寿命の量は違う。
「……自由になって、ここを出て、健康に暮らしたい、と言うのは」
「無理ですね」
「……」
「ま、普通の人なら叶う願いですけど。あなたには無理です。足りません」
「足りない?」
「はい。寿命が」
「俺、そんなに寿命が残ってないのか?」
「私たちが言う『寿命』と言うのは、死への強い因果を差します。あなた方が言う寿命とは、少し違うんです。あなたの場合、『死刑囚』と言う強力な死の因果に阻まれています。その期間があなたの寿命なのです」
「じゃあ、俺はどうやっても……」
「はい。死刑執行されるその日以上に生きることはできません」
「……」
「願いを叶えて早く死ぬか、いつ死ぬか怯えながら一秒でも長く生きて死ぬか、選んでください」
「……そんな」
「そんな?私を崖っぷちから救ってくれる神様か何かと思いました?最初に言いましたよ。私は死神です」
「私に出会って、普通より長生きできるはず、ないじゃないですか」
※ ※ ※
「そろそろ夕飯の時間では?」(死神)
16:00。
隣に座る死神がふとそんなことを言った。
「……詳しいな」
「はい。まあ、ここはそこそこ来るので」
「へえ」
「私は死の近いところへ現れます。ここは私と取引する資格のある人間が多いんです」
「じゃあ、拘置所にいる人間は殆どお前が見えるのか?」
「いいえ。全員じゃありません。限られた人だけです」
「それは、どういう条件で……」
「さあ?わかりませんよ。私も『死の匂い』がした人のところへ引き寄せられるだけなので」
※ ※ ※
「俺、人を殺したんだ」(ケン)
夜。
眠りにつきながら俺は自分のことを話し始めた。
人と自由に話すことが認められていない拘置所。
横に人がいる。人ではないけど、コミュニケーションのとれる相手がいる。
話さずには、いられなかった。
「ま、そうでしょうね」(死神)
「なんだ、それ」
「数時間前にも言いましたけど、私、ここの常連ですよ。ここにいる人たちが、どんなことをした人たちかってことくらい、わかってます」
「……随分身勝手な理由だった」
「情状酌量の余地があるような罪なら、ここにいませんよ」
「ほんとに、詳しいんだな」
「ええ」
「……」
「ま、自分で身勝手って言えるだけマシじゃないですか。開き直っている人なんて、ごまんといましたから」
「反省してるんだ。凄く。自分が悪かったって。なんであんなに、自分のことしか考えてなかったんだろうって」
「無駄ですよ、それ」
「無駄……」
「はい。死をもって償うのが死刑です。反省して更生させるための罰じゃないんです。あなたには何も求められていないんです。死、以外」
その通りだ。
その通り過ぎて、言葉もない。
毎日、どれだけ悔やんでも、自分を見つめなおしても、全て意味がない。
死刑を宣告された時点で、俺はとっくに死んでるんだ。
身体だけ生かされているだけ。
「……死んだら、どうなるんだ」(ケン)
「知りませんよ。私、死んだことないですから」
「え」
「ま、強いて言うなら、生まれた前に戻るだけじゃないですか」
「……天国も、地獄も、ないのか。完全な無なのか。俺と言う存在が消えてしまうのか」
「考えたって仕方ないですよ。どうせ訪れるものです。それも、あなただけじゃなくて、全員に」
「……」
人は誰しも、必ず死ぬ。
罪を犯していない、真っ当に生きた人間ですら、必ず死ぬ。
俺はただ、それが間近に迫っているだけ。
「なあ、死神」(ケン)
「はい」
「外に、出たい」
「……」
「健康に生きたいとは言わない。一日だけでもいい。少し遊べるだけのお金と、時間が欲しい」
「……ま、それくらいならギリギリでしょうか」
ギリギリ。
と言うことはつまり。
その願いを叶えたら、俺はすぐ死ぬのだろう。
「では明日。10万円と一日の外出権を差し上げましょう」(死神)
「そ、そんなに早く?」
「ええ。あなたが眠った後、何故かあなたは夢遊病の如く目を覚まし、何故か鍵の開いていたこの部屋を出て、何故か全員監視員が居眠りしてしまったこの施設を出て、近くの公園で目を覚まします。そしてその事実に何故か24時間誰も気付かないことでしょう」
「……荒唐無稽な話だ」
「荒唐無稽な存在に出会っておいて、言うことですか」
「自分で言うのか」
「ええ」
そうか。
俺は明日、外に出られるのか。
明日は起きて、一日必ず生きられるのか。
それは、安心だ。
安心して――、眠れる。
※ ※ ※
「……うーん」
朝。
目を覚ます。
「おはようございます」(死神)
朝日の下、死神が俺の顔を覗き込んでいた。
朝日……?
「っ!」(ケン)
慌てて飛び起きる。
外、だ。
周りを見渡すと、どうやら小さな公園のようで、俺はベンチの上に寝ていたらしい。
「さ、時間がないですよ」(死神)
「……ほ、本当に、外に」
「あと上着のポケット、触ってみてください」
「!?」
「封筒、入ってます。中身は10万円。あとはお好きにどうぞ」
※ ※ ※
「どこ行くんです?」(死神)
死神はどうやら外に出ても俺についてくるようで。
俺は死神と一緒に街を歩いていた。
「俺が殺したのは2人」
「……」
「その人の妻であり、母である人に会いに行く」
「何しに?」
「謝りに」
「自己満足も甚だしいですよ。先日も言いましたが、あなたに求められているのは死だけです。ほかは何も望まれていません」
「それを、変えたい」
「……」
「わがままだけど、それを変えたいんだ」
5年。
俺が拘置所に入ってからそれだけの月日が経った。
住所が変わっていなければ、まだそこにいるはず。
この10万円を渡して、謝って、それから死ぬんだ。
そうしたら、ほんの少しでも、抗えた気がするんだ。
もうとっくに死んでいる、ただ生かされているだけの身体の運命に。
※ ※ ※
「……あれ」(ケン)
「……」(死神)
目的の場所。
そこにかけられた表札は俺の知る苗字ではない。
「ひ、引っ越してしまったのか?」(ケン)
「あなた、自分がしでかしたこと、わかってるんですか?」(死神)
「……」
「あんな犯罪に巻き込まれておいて、同じ場所に住み続けられるわけないでしょう。馬鹿ですか」
「……さ、探さないと」
「どうやって?」
「く……!と、とにかく足を使って!」
「時間はありませんよ」
「う、うるせえ!!」
早く。
早く見つけないと。
俺は一体何の為に、ここにいるのか。
※ ※ ※
「はぁ……はぁ……」(ケン)
「……」(死神)
日が落ち、辺りが暗くなる。
今あの人がどこに住んでいるのか、未だ見当もついていない。
「あ、あと、どのくらいだ……!」(ケン)
「……」
「俺の命、あと――!」
「企業秘密です。教えられません」
「く……!」
あと何時間ある?
いや、何時間もあるのか?
10万円は未だ俺の手にある。
俺の残りの人生全てを懸けて得たお金と、自由。
それが全部、無駄になってしまうのか?
そんなの、駄目だ。
それじゃ結局俺は――
「!」(ケン)
え。
あれ?
う、上着に入れていた封筒は?
「う、嘘だろ……!」(ケン)
「落としたんですかね?」
「そ、そんな馬鹿な……!」
「あれだけ走り回ったら、落としても不思議じゃないですよ」
「……」(ケン)
なんだよ。
なんだよ、これ。
なんだったんだよ。
俺の、寿命は。
「だから、言ったじゃないですか」(死神)
「あなたに求められているのは死だけです。反省も、更生も求められていません」
「……」(ケン)
「さて、お時間です」
「あ……」
「あなたに出来る、一番の償いを、してください」
※ ※ ※
(女性視点)
「あら?」(女性)
道端に封筒が落ちていた。
拾い上げて中身を確認する。
「えっ、お金!?」(女性)
数える。きっちり10万円。
こんな大金、誰が落としたんだろう。
警察に届けないと……。
「いえ、届ける必要ありませんよ」(死神)
「!?」
急に声をかけられ、驚く。
知らない少女が目の前に立っていた。
瞬間、眩暈。
一瞬、意識が飛びかかり、また、戻る。
……あれ?この10万円、どこで手に入れたんだっけ?
「それ、あなたのものですよ」(死神)
「え……?」(女性)
「封筒の裏、見てみてください」
「……」
言われたとおりに封筒の裏を見る。
そこには、確かに私の名前が書いてあった。
「わ、私いつの間に……?」
「なんでもいいじゃないですか。とにかくその10万円はあなたのものです」
「うーん……」
なんか釈然としない。
10万円なんて、持っていた記憶ないし。
でも、名前が書いてあるのだから、やはり私のなのだろう。
「ま、いいわ。せっかくだし、今日は少し美味しいものでも食べようかな」(女性)
「是非、そうしてください」
「よくわかんないけど、たまには良いこともあるものね」
「はい」
今日までの、5年間。
辛いことばかりで、自殺することすら考えた、5年間。
その全てが帳消しになるはずなんてない、ささやかな幸福だったけど。
それでも世の中、理不尽な不幸ばかりではない。
こんな私の周りにも、たまには幸福くらい、訪れる。
そう、思えた。
「あの」(死神)
「え?」
「生きていれば、悪いことはたくさんあります」(死神)
「でも、反対に、良いことだってきっと起こります」
「この先の人生で、過去の悪いこと以上に良いことが起こらないとは、限りません。だから、とりあえず生きていくのも悪くないと思います」
「……勿論、過去が消えるわけじゃ、ないですけどね」(死神)
「……あなた、何者?」(女性)
「さあ?」
「通りすがりの、死神ですよ」(死神)
※ ※ ※
「やれやれ……」(死神)
あなたには反省も更生も求められていない。
ええ、そうです。そう言いました。
あなたが反省や更生をしたところで、あなたに待ち受ける結末は変わらない。それだけのことをした。
でも――
そのあなたの反省や更生が、誰かの為にならないとは言っていません。
例え、それがほんの僅かであっても。
すこーーーーーーしだけ、寿命多く貰いましたよ。ケンさん。
ちょっとしたご都合主義と、記憶の改ざんが出来るくらいの、寿命を、ね。


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