死神少女【原稿Ver】 第8話
第8話
「おやおや」(死神)
ある日の昼下がり。
良く晴れているわけでも、雨が降っているわけでも、風が強いわけでもない、そんないつもと変わらぬ外を窓から眺めていた少女が、興味深そうに一人の青年を見つめていた。
「どうした?」(ジュン)
「死の匂いがしますね。あの人」(死神)
黒い服、黒い瞳、漆黒の翼をその身に携え、彼女は言った。
死の匂い。
死神である彼女にしか感知できない匂い。
死神は死に近いところへ現れる。
「行ってくるのか?」(ジュン)
「いえ。先約がいるみたいなので」(死神)
「え?」
「ああ、いえ。此方の話です。ま、そうですね。ちょっと顔出してきます」
「???」
先約?
頭にはてなマークを浮かべている俺を放置して、彼女は翼をバサッと広げた。
「すぐ戻ってきますよ。挨拶だけです」
「は、はあ……」
「それでは」
そして、彼女は二階の窓から外へ向かって飛んでいく。
その小さな身体にあまりにも不釣合いなほど大きな翼を、力強く羽ばたかせて。
※ ※ ※
(死神視点)
「どーも」(死神)
翼を畳んで、地面に着地。
目の前に降り立った私を、青年は――
「……」(青年)
一瞥もくれず、無視して歩き続ける。
……ま、そりゃそうでしょうね。見えてないですから。
「あら、こんにちは」(死神お姉さん)
私が挨拶したのは、こっちの方だ。
「……?死神さん?誰かいるの?」(青年)
「ああ、カケルくんは気にしないで。私、ちょっと野暮用が出来ちゃったから先帰ってて大丈夫よ」(死神お姉さん)
「うん、わかった。遅くなる?」
「そんな心配しなくてもいいわ。ちゃんと夕方までには戻ってきますから」
「良かった。じゃあ、先に帰るね」
「は〜い」(手を振る死神お姉さん)
ニコニコと笑って青年を手を振って見送る女性。
黒い服、黒い瞳、黒い長髪に、漆黒の翼。
そして――
「相変わらず胸でかいですねえ」(死神)
「あらあら……、欲しいなら、寿命使えばいいじゃない」(死神お姉さん)
「寿命を使ってまで足枷を増やす必要性がわかりません」
すらっとした長身に、明らかに生きる上で不要であると思われる、むしろでかければでかいほど邪魔だと言い切っていい巨大な脂肪が胸に二つ付いている彼女もまた――、私と同じ、死神。
そう。別に死神は私一人じゃないのです。
死の匂いを持つ人間がこの世に沢山居るように、死神もまたそれと同じくらい沢山存在します。
尤も――、人間が視認出来る死神は一人までですが。
死神が取引できる人間は自分を視認出来ている人間だけ。
一人の人間が契約できる死神は、常に一人までと言うことです。
「あらあら。ユーリは相変わらずお口が悪いわねえ」(お姉さん)
「……」(死神)
「どうしたの?」
「ああ、いえ。名前で呼ばれたの久々すぎて、一瞬誰のことかと思いました」
「因みに私の名前は覚えてる?」
「デカパイコでしたっけ?」
「寿命消滅させますよ?」
「冗談ですから、その鎌しまってください。ディーテ」
この人、怒らせると怖いから苦手です。
まあ面白がって怒らせてる私が言うのもなんですけど。
「仲良くやってるみたいね」(ディーテ)
「おかげさまで」
「寿命800年の価値はあったかしら?」
「どうでしょう?」
思えばそれも結構前の話ですね。
父と最期にキャッチボールがしたいというジュンさんの願いを、彼に代わって私が寿命を使って叶えたのも。
その時、私と取引をしてくれたのが彼女でした。
願いを叶える為に私の寿命を使うにしても、その寿命を貰って願いを発動させる死神が別に一人必要だったのです。
「まあ少なくとも幸せですよ、それなりに。ジュンさんと過ごす毎日は、良いものです」(ユーリ)
「あらあら。ご馳走様」(ディーテ)
「そういうディーテはさっきの青年が取引相手ですよね?」
「そうよ。1年くらい前に出会ってね。重い病気で、余り長く生きられないのよ」
「ああ。そういう……」
「身体もうまく動かせなくてね。だからずっと病室に閉じこもりだったけど、私と会ってからは余命を少しずつ取引して、のんびり楽しく過ごしてるわ」
「なるほど。いいじゃないですか」
「なーーーにが、いいんだよ、それの」(ギャル死神)
私たち二人の会話を遮るように放たれた聞き覚えのある声。
声のする方を見上げると、電柱の上に見覚えのある黒い影が座り込んでいた。
「ばかばかしい。さっさと刹那的な願望をドカンと叶えて寿命を全部吸い取ってやればいいじゃねえか。効率悪い」(ギャル死神)
翼を広げ、バサバサと音を立てて、彼女は私たちの前に着地する。
「あら、珍しい。死神が3人も揃うなんて」(ユーリ)
「久しぶりね。ヘーラ」(ディーテ)
「ふん」(ヘーラ)
ヘーラ。
最後に会ったのは79年くらい前でしたっけ。もう覚えてないですが。
直情的な人なので、余り関わりたくない方の一人です。
「『少なくとも幸せですよ』?『のんびり楽しく過ごしてるわ』?ばっかじゃねえの。死神が人間相手に媚売ってどうすんだよ」(ヘーラ)
「別に媚なんて売ってませんよ」(ユーリ)
「ユーリよぉ。お前の寿命、あと100年そこそこしかねえじゃん。そんな甘ったれたことしてるから、そのザマなんだろ。このままじゃすぐ死んじまうぜ」
「十分じゃないですか」
「はあ?たった100年で?」
「ええ」
ジュンさんの寿命より、多いですし。
「お前頭どっか打ったんじゃねえの……。このクソ甘ディーテですら、寿命は1000年以上あるって言うのに……」(ヘーラ)
「あらあら」(ディーテ)
まあ、その内の800年、私の寿命ですけど。
「ま。長さなんてどうでもいいんです。大事なのは中身ですよ」(ユーリ)
「なんだそりゃ。イカレた奴の言っていることはよくわかんねーな」(ヘーラ)
「あらあら」
「お前もお前だぜディーテ。あの男。大して寿命残ってないんだし、適当に誘惑して全部寿命もらっちまえばいいのに。一緒にいる時間が無駄だよ」
「そうかしら。死神の役目はその人間の死を見届けることよ」(ディーテ)
「そうだぜ。どうせいつか死ぬんだから、早い方がいいじゃねえか」
「それを決めるのはその人自身。その人が最も望む形で死を迎えさせてあげるのが私の仕事」
「ばかばかしい。死んだらどうせ何も残りやしねえのに。そんなことにイチイチ心を割いていられるか」
吐き捨てるようにそう言うと、ヘーラは翼を広げて飛び上がる。
「あら、もう行くんですか」(ユーリ)
「お前らと違って、あたしは暇じゃないんだよ」
「可哀想に。私は毎日暇で楽しいですよ」
「皮肉で言ってんだよ!!お前らみたいにノロノロと一人の人間に構ってるなんて言う非効率なことはしてらんねーって話だ!」
そしてそのまま何処かへ飛んでいってしまった。
はあ。ようやく五月蝿いのが消えてくれましたね。
「あらあら。行っちゃったわね」(ディーテ)
「ええ。おかげさまで疲れました。私も戻るとします」
「……ねえ、ユーリ」
「はい?」
「あなた、その今一緒にいる男の人が死んだら、どうするの?」
「……さあ。別に何も変わらないですよ。人が死ぬのは当たり前じゃないですか」
私は死神。
彼は人間。
人が、いつか死ぬのは当たり前。
死神が、人の死に目に会うのは当たり前。
元より、人を死に導くのが死神の役目だ。
今までと、何も変わらない。
「そう。じゃあ、良かったわ」(ディーテ)
「はあ」(ユーリ)
「じゃ、またね」
「ええ」
そして彼女もまた、翼を広げて飛び立っていった。
変わらない。
100年前も、300年前も、500年前も。
ディーテも私も、変わらない。
この街がどれだけ変わっても。
住む人々がどれだけ変わっても。
私たち死神は、変わらない。
そういう、ものなのです。
※ ※ ※
(ヘーラ視点)
「生きてても仕方ねーぜ。残りの人生、ぱっと花を咲かせて気持ちよく死のうや」(ヘーラ)
あたしの目の前に居るのはアパートに一人暮らしする65歳の老人。
老いて身体もボロボロで、満足に外に出歩くこともできない身体で無駄に寿命が20年も残ってやがる。
ああ、勿体ねえ。
その20年、どうせ腐って終わりだよ。
だったらほら、さっさとあたしにくれよ。
「そうだな……」(老人)
「少し、考えさせてくれないか……」
「時間は有限だぜ、ジジイ。早く決めろよ」
「……」
ケッ、くだらねえ。
どうせ遅かれ早かれ死ぬんだよ。
※ ※ ※
「……少し前に、息子が事故で死んでな」(老人)
「……」(ヘーラ)
「5年前に妻も亡くし、もう生きてるのはワシだけなんだ」
「……」
「丁度、思ってたんだよ。なんで、ワシはまだ生きてるんだろうってな」
「聞いてねーよ、ジジイ」
狭いアパート。
小さいテーブルをはさんで、ぽつぽつとジジイが語る。
ああ、老人ってのは話がなげえ。
まあ、あたしからすれば、65歳なんて若造もいいとこだが。
「そりゃ悪かった。ついな。話す相手も、ずっとおらんかったもんで」(老人)
「話なんていいんだよ。さっさと願いを決めろ。あたしの目的はそれだけだ」
「願い、かあ」
「決まったら呼べ。あたしは出かけてくる」
「呼ぶってどうやってだ?」
「心で願え。取引相手が取引を望めば、あたしは勝手にやってくる」(ヘーラ)
くだらねえ。時間の無駄だ。
どうせ死ぬ人間と、長々語らうほど無意味なことはない。
あたしは翼を広げると窓を開けて、飛び立つ準備をする。
「どこへ行くんだ?」(老人)
「どこでもいいだろうが」(ヘーラ)
「何か用事があるのか?」
「ねーよ。飛ぶのが好きなだけだ。高いところってのはいいもんだからな」
「ほお……。どこまで高く飛んだことがあるんだ?」(老人)
「ああ?」
せっかく出て行こうとしたのにイチイチ呼び止めるんじゃねえ。くだらねえな。
「さあな。精々鳥と同じくらいだよ。飛ぶのだって楽じゃねえんだ」
※ ※ ※
「死神や。覚悟が決まった」(老人)
「そうみてえだな」(ヘーラ)
夜中。
死を望む声に導かれ、あたしは再び老人のアパートへやってきていた。
「ワシの息子な。事故で死んだって言ったろ」
「覚えてねえよ。どうでもいい」
「登山家だったんだ。山登り中の事故でな。昔、いつか一緒に富士山へ登ろうって約束をしたんだが……、叶わないまま逝っちまった」
「ふーん」
「だから、ワシを富士山に登らせてくれないか?どうかな?」
「……」
こいつの身体で富士山登頂、ね。
中々いい具合の非現実具合だ。
残り寿命を食い荒らすにはちょうどいい。
「それならお前の寿命20年、いただくぜ」(ヘーラ)
「20年……」
「おう。いいじゃねえか。どうせ生きてても仕方ねえんだ。むしろ20年減ってよかったと思えよ」
「そうか……。うん、そうだな」(老人)
「したら、早速明日出発だ。何せ時間がねーからな」(ヘーラ)
そう。
こいつはもう、明日には死ぬ。
死ぬ前にサッサと、願いかなえてやらねーとな。
※ ※ ※
「驚いたな」(老人)
「あん?」
「まさかこんなに身体が動くとは……」
「当たり前だろ」
「羽のように軽い。これなら登山用の装備なんかなくてもよかったかもしれない」
「無くても登れるぞ。ま、周囲の目への対策だ」
昼過ぎ。
既にあたしたちは富士山の5合目まで来ていた。
あたしは地上すれすれを飛びながら。
老人は取引によって得た一流登山家をも凌ぐ最高級の肉体で、さくさくと富士山を攻略していく。
「なあ。死神」
「あんだよ」
「ワシはこれを登りきったら……、そのときが最期か?」
「くだらねーこと考えてねーで足動かせよ。願いが叶えば、悔いはねえだろ」
「……そうか。そうだな」
※ ※ ※
「着いたぜ」(死神)
「おぉ……」
頂上。
あたしでもここまで高いところにきたことはない。
「雲が下に見える……」(老人)
「だな」
「息子も、こんな風景を沢山見てきたのかなあ……」
「さあな」
「どうだ?一緒に写真でも撮るか?」
「無茶言うな」
あたしは写真には写らない。
あんた一人の写真が撮られるだけだよ。
「残念だな。せっかくの記念なのに」(老人)
何が残念だ。記念なんか残して、何の意味がある。
「ワシはな、今感動してる。お前はどうだ、死神」
「……」
こいつと無駄話をするつもりはない。
どうせすぐ死ぬ。
何を話したところで、すぐになかったことになる。
「そう、だな」(死神)
でもつい、な。
つい、見たこと無い風景に気を取られて。
あたしはこいつの言葉を、肯定してしまった。
「お前さん。高いところ、好きって言ってたろ」
「あ?」
「鳥と同じくらいしか飛べないって言ってたからな。日本で一番高い山の頂上につれてきてやれば、喜ぶかなって思ったんだ」
「……」
なんだこいつ。
馬鹿にしてんのか。
お前の願いだろうが。
なに勝手にあたしの気を使ってんだよ。
「よかったよ。せっかく登るんだ。最期の景色なんだ。誰かと感動を分かち合いたかったんだ」
「……」
「お前の言うとおり、ワシはもう生きてても何の意味も無かった。生きがいも、楽しみも、何も無かった。ずっと一人で、孤独に朽ち果ててくだけの人生だった。そんなワシが最期にこんな景色を見れたんだ。それも、一人じゃない。誰かと一緒に」
「……」
よせよ。
お前、これ以上、馬鹿なこと言うな。
「ありがとうな」
「……」
「ワシのところに、お前さんが来てくれて、ワシは本当に、運が良かった。幸せだよ」
※ ※ ※
「逝ってしまった?」(ディーテ)
「……」(ヘーラ)
――ここに来て、何時間経っただろうか。
日が沈み、暗くなったこの山頂。
いつの間にか、ディーテの奴があたしの後ろに立っていた。
「……何しに来た」(ヘーラ)
「うふふ。別にいいじゃない。私も、山に登ってみたくなったの」
「チッ」
いけすかねえ奴。
「……あいつさ。最期に一番言われたくねえこと、言っていきやがった」
「ふうん?」
「ありがとう、だってよ。あたしが一番嫌いな言葉だ」
何がありがとうだよ。
誰にお礼言ってんだよ。
頭、おかしいんじゃねえのか。
「馬鹿だよ、あいつ」(ヘーラ)
「……」
「あたしに寿命、取られてんだよ?あたしの私利私欲に使われてんだよ。なのに、あたしに感謝してやがんだよ」
「……」
「あたしは死神だ。死を与えることしかできない。そんな奴に感謝するなんて、頭がおかしいんだよ」
「……ヘーラ」
「……なんだよ」
「泣いてるのね」
「うるせえ」
そうだよ。頭、おかしいんだよ。
あたしは死神だ。死を与えることしか出来ない。
そんなあたしが、人間の死を悲しんでるなんて、どこか、頭イカれてんだよ。
どうせ死ぬのに。
いつか絶対別れる事になるのに。
そいつと何話したって。どんな思い出作ったって。すぐに無くなってしまうのに。
そんなわかりきったことが、イチイチ耐えられないくらい弱いから、あたしは極力さっさと取引を終わらせているのに。
あの馬鹿が、あたしに「ありがとう」なんて言いやがるから。
結局それも全部、無駄になっちまった。
あたしの精一杯の強がりは、何の意味も無かった。
「別れは、遅かれ早かれ、必ず訪れるわ」(ディーテ)
「……」
「だから私は、その出会いをゆっくり噛み締めるの。ほんの少ししか一緒にいられないからこそ、その時まで、ゆっくりと。そして、また次の素敵な出会いを待つのよ」
「……」
「別れに慣れなさいヘーラ。じゃないと、死神なんてやっていけないわよ」
「……やっていきたくねーよ、ばーか」
……綺麗ごとばかり言いやがって。
「ん?どうしたの、そのスマホ」(ディーテ)
「あの老人の。拝借してきた」
「また勝手に……。って、なにしてるの?」
「自撮りだよ。見りゃわかるだろ」
「……死神は写真には写らないけど」
「知ってる」
スマホを見る。
そこには暗くなった富士山の山頂が映し出されていた。
もちろん、あたしの姿は無い。
「……それ、何の意味があるのかしら」(ディーテ)
「さあな」
「さあな、って……」
「記念、だよ」


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