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死神少女【原稿Ver】 第2話

第2話

(病院の一室。ベッドの上に横たわるジュン)

「……暇だ」(ジュン)

俺は金井 ジュン。夢も希望もないフリーター。

「なーーんもやることないですからねー」(死神)

そして俺の横で同じく暇そうに腰掛けているこの少女は『死神』。

死神と言う名前ではなく、正真正銘の死神だ。
人の寿命を見通すことが出来、死の近いところへ現れ、死を見届ける存在。

「俺がこうして不幸に見舞われるのは、お前が取り付いているからじゃないかと本気で思っている」(ジュン)
「死の近いところへ私はいるのです」
「やっぱりお前のせいか」
「言いがかりはやめてください。今もご立派に生きてらっしゃるじゃないですか」

今から1年ほど前。突然彼女は俺の前に現れた。
彼女の姿は俺以外には見えず、声も聞こえなかった。

「それでもお前が側にいるってことは、常に俺の周りには死が渦巻いているってことだろ」
「嫌な言い方しますねー。私が寿命を奪わない限り、ジュンさん自身に死が近づくことはありませんよ。……多分」
「多分ってつけるな。お前が言うと洒落じゃすまないから、滅茶苦茶不安になるわ」

彼女は寿命と引き換えにどんな願いも叶える力を持つ。
かつては俺に様々な取引を持ちかけ、俺の寿命を奪おうとしたが、結果として俺は彼女に寿命を奪われることはなく、今に至る。

人の寿命を奪って、自らの寿命を伸ばすのが死神だと彼女は言っていたが、今はもう彼女が俺に取引をもちかけることはない。

どうしたわけか、俺の側にいるのが気に入ったらしく、こうしてのんびりと日々を過ごしている。

「まあ、もうすぐ退院みたいですし、よかったじゃないですか。大した怪我じゃなくて」
「骨折は十分大した怪我だよ、ドアホ」

※ ※ ※

(病院内。入院患者同士が寛ぐ場所。缶コーヒーを飲んでのんびりするジュン)

「コーヒーってそんなに美味しいですかねえ」(死神)
「……」
「苦いし、喉越し悪いし、オレンジジュースのが美味しいと思いますけど」
「……」
「ジュンさーん。無視しないでくださーい」

人前で話しかけるんじゃねえ。

こいつが見えているのは俺だけなんだから、人前で会話したらただの精神異常者に間違えられる。

何がタチ悪いって、こいつはそれを重々理解したうえで面白半分で俺に話しかけているということだ。

「……あ」(目を向けるジュン。視線の先には入院患者のおばさん。40〜50歳くらい)

「どうも」(ジュン)
「あら、ジュンくん」(おばさん)

彼女はヒカリさん。
この病院で入院するようになって、交流するようになった人。
親切でいつも明るく、入院中は良くしてもらっていた。

「実は、もうすぐ退院できそうです」(ジュン)
「あら、それは良かったわ。若いんだから、こんなところにしょっちゅう来ちゃ駄目よ」(ヒカリ)
「肝に銘じておきます」

この人と良く話したが、今まで彼女がどういう容態でここに入院しているかは、一度も聞いたことがなかった。

意図的に避けていたのか、ただ話題に上がらなかったのか。話題に上げたくなかったのか。

でも、今日は自分が退院する日が近かったからだろう。
それが相手の事情を知らない人間が簡単に口にして良い言葉ではないことに気付かず、俺はつい話題にしてしまった。

「ヒカリさんは、どうなんですか?」
「ああ――、私はね」

「多分、ずっとここにいるわ」

※ ※ ※

酷く、後悔した。

尋ねるべきでは、なかったのかも。

あるいは、自分が退院することを陽気に伝えるべきでもなかったのかも。

ヒカリさんは昔から身体が弱く、病院には良く世話になっていたらしい。
今は病も患っており、病院から外出することもそう滅多にないくらいなのだとか。

「今日までだましだまし頑張ってきたけどね」(ヒカリ)
「……」
「主治医の人にも言われたけど、もう長くないかもって」
「そんな……」
「ごめんね、こんな暗い話してしまって……」
「いえ……」

謝るのは俺のほうだ。
暗い話をさせてしまったのは、俺のほうなのだ。

「私にもあなたくらいの年齢の娘がいてね」
「はい」
「だから、つい、話し掛けてしまったの。娘と話しているようで、楽しかったわ」
「……あの」

踏むな。

明らかに、見えている。

その見えている地雷を踏んで、何になる。

「娘さんは……?」

わかっていたのに、俺は踏んだ。

※ ※ ※

「絶縁……」(ジュン)
「そう、私が悪いんだけどね」(ヒカリ)

身体の弱かったヒカリさんは、夫の度重なるDVに耐え切れず、家を出てしまった。
最愛の娘を置いていくことがどれだけ無責任で、ひどいことかわかっていながらも。

彼女は自分の弱い身体では一人で娘を育てきれないと思い、自分が育てると言う手段も放棄してしまった。

そして現在。
事実上、娘を捨てた形となった彼女は、娘から酷く恨まれている。
会うことを拒まれているだけでなく、連絡も取れない。

「会いたいなあ……」(ヒカリ)
「……」
「出来れば、最期に会って、仲直りして、一緒にお出かけしたいなあ……。無理だってわかってるけど、それでもそうなったらいいなって思うの」
「行けば、いいじゃないですか。娘さんに会って、お話をして……」
「無理よ。この辺りに住んでいるのは知っているけど、正確な住所はわからないし、それを探し出す体力もないの」
「……」
「これはね、相応の報いよ。娘を捨てた、私への罰。だから、いいの」

※ ※ ※

(街を歩くジュンと死神)

「お人よしが過ぎますよ、ジュンさんは」(死神)
「いいだろ。あそこまで話させてしまって何もしなかったら、目覚めが悪い」(ジュン)
「他人の事情にそこまで感情移入できるジュンさんの生き方は、いつもながら興味深いですが、まさか3日間丸々娘さん探しに明け暮れるとは……」
「骨折した関係でバイトやめることになったからな。退院したはいいものの、仕事もなくて暇だったし」
「暇だったからーで、人助けですか。流石ですねえ」

(アパートの部屋の前で立ち止まるジュンと死神)

「ここだ。着いたぞ」(ジュン)
「上手くいくといいですが……」(死神)

※ ※ ※

(回想シーン。病院のベッドの上のジュンと座っている死神)

「無理です」(死神)

あの日、自分のベッドに戻ってから。
死神は開口一番にそう言った。

「確かに娘さんと会う程度の願いだったら1年、条件が悪かったとしても10年程度の寿命で叶えられると思います」(死神)

10年……、はもしかしたらおばさんの寿命が足りないかもしれないが、1年だったら或いは。
寿命を賭けるか賭けないかはヒカリさん次第だが、それでも提案の余地はあるはずだった。

「そもそも私の姿が見えていない時点で契約対象外です」(死神)
「……」
「然るべき相手にしか、私の姿は認識できません。ジュンさんのように……」
「だったら――」
「シャラップ。馬鹿なこというの禁止です。自分の命より大事なものなんかねえよと言っていたジュンさんが、他人の都合に自分の寿命を使うなんて言わないでください」
「うっ……」
「それにあなたの寿命がなくなったら、私はジュンさんと一緒にいられる時間が減るので、個人的にも困ります」
「……」
「そしてご存知、死神が死神自身の寿命を使って願いを叶える場合は、人間の寿命を使うより何十倍も寿命が必要です。今の私はそこまで寿命が残っていない。なので、それも出来ません」
「じゃあ……」
「?」
「じゃあ、俺がヒカリさんの願いを叶える」
「え?」
「お前の力に頼らずとも、俺が叶えてみせるよ。その願い」

※ ※ ※

(アパートの玄関。出迎えている一人の女性)

「嫌です」(女性)
「……」
「一体どういうお節介か知りませんが、他人が家庭の事情に首を突っ込まないでください」
「うっ……」
「あの人は私を捨てたんです。それを今更会いたがっているなんて調子が良いにもほどがあります」
「……ヒカリさんは、もしかしたらもうそんなに長くないかもしれない」
「……」
「ここで会わなければ、二度と会えないかもしれない」
「……」
「ヒカリさん、本当に後悔しているように見えた。本当にあなたに会いたがっているように見えた」
「……」
「俺も少し前に親父を亡くした。最期に小さい頃のように二人でキャッチボールしたんだ。その後、すぐ親父は死んじゃったけど、でも満足そうな死に顔だった」
「……」
「お節介かもしれないけど、ここで会わなかったら、あなた自身が今後苦しむかもしれない」
「……もう、帰ってください」

(閉まる扉)

※ ※ ※

(二人で帰り道。死神は何か思いつめたような表情)

「駄目だったか……」(ジュン)
「……」(死神)
「いや、諦めないぞ。こうなったら明日も説得を――」
「……」
「おい?どうした」
「え?あ、はい!なんでしょうジュンさん」
「どうした?さっきから様子がおかしいぞ?」
「あ、いえ、ちょっとその、考え事を……」
「考え事?」
「はい。ちょっとあの女性を見ていて、気になったことがありまして……」
「なんだよ、気になったことって」
「企業秘密です。いえません」
「お前ら死神カンパニーは秘密が多いな」
「ふふふ。ジュンさんも入社します?」
「勘弁してくれ」

※ ※ ※

(夜中。ジュンのアパートを一人出て行こうとする死神)

「…………おい」(ベッドの上のジュン)
「……」(死神)
「どこ行くんだよ。こんな夜更けに」
「…………呼ばれている気がしたので」
「?」
「まあ、朝には戻りますよ。それでは」

※ ※ ※

(病室。ヒカリおばさんが窓から外を眺めている。前に降り立つ死神)

「……え?」(ヒカリ)
「……」
「夢、かしら?急に、目の前に女の子が……」
「……」

そう、ですか。
見えちゃいましたか、私。

「あなたは、一体……?」(ヒカリ)
「死神です」
「死神……。そう、そうなの。私もそろそろ、なのね」
「さあ、それはどうでしょうね」
「私の魂を、奪いに来たの?」
「もしかしたら、そうかもしれません」

私は、死神。

「そうしたら、死神様。どうか私の魂を奪う前に、一つだけ願いを叶えてくださらないかしら」(ヒカリ)

死を見届けるもの。

「最期に、娘に会いたいんです」(ヒカリ)

その私が見えたということは。

「私の身体は、もう長くない。せめて、最期に一度だけ、娘に会いたい。それが叶ったら、すぐに死んでしまっても、構わない」

あなたもまた、『死』に取り付かれしものと言うことでしょう――。

※ ※ ※

(翌日の日中。ジュンのアパート)

「ねえ、ジュンさん」(死神)
「ん?」
「あのおばさん、私の姿、見えたみたいです」
「え!?それじゃ――」
「あの人の、娘さんに会いたいという願いをかなえるには、寿命30年が必要です」
「なっ!?」

30年。
あのもう長くないと言われていた身体で30年?
あのおばさんに、そんな寿命が残っているわけがない。

「なんでだよ!?そんなに難しいことなのか!?」
「難しいことなのです。死神計算で30年と出ているので」
「だったら、俺が娘さんを説得し続ける。そしたらもしかしたらいずれは――」
「ねえ、ジュンさん」(死神の声のトーン変化)

「あなた、前言ってましたよね。大事なのは時間の長さじゃなく、中身だって」(死神)

「今も、そう思いますか?」

「ああ、思うさ」(ジュン)
「そうですか」(死神)

「なら、これは私のエゴじゃないですね」

「あなたと、私の、エゴです」(死神)

※ ※ ※

(病院のベッドの上のヒカリ。病室の扉が開く。娘がヒカリに会いに来る)

「……母さん」
「え――」(驚愕するヒカリ)

※ ※ ※

(電話しているジュン)

「本当ですか!?」

娘が会いに来てくれた。
二人でお出かけをすることが出来た。

その事実を、嬉々としてヒカリさんは俺に報告してくれた。

「娘が言ってたわ。あなたがわざわざ説得しにきてくれたって」
「……」
「あなたのおかげで、私に会う気になったって。ちゃんと会わなきゃって思ってくれたって。あなたには感謝してもしても足りないわ」
「そんな、俺は別に……」
「ありがとう。もう、私この世に悔いなんてない。本当にありがとう」

※ ※ ※

「良かった――」(電話を終えたジュン。無表情で眺める死神)

「なんだよ。寿命30年も必要なくらい難しいなんて嘘っぱちじゃねえか。良かった。あの人のために3日間探し続けた甲斐があったよ」(ジュン)
「そうですね。ジュンさんの力です」
「だろう?こりゃ死神の力も形無しだな」
「……」

※ ※ ※

(葬式に参加するジュンと死神)

嬉しい報告を聞いてから間もなく、ヒカリさんは亡くなった。

最期は幸せそうな死に顔だったと言う。

良かった。最期に悔いを残すことがなくて――

「……あれ?」

ヒカリさんの葬式なのに、いるべきはずの人がいない。

「あの――」(近くの男性に話しかけるジュン)
「ヒカリさんの娘さんって、どこにいます?」
「あ、ああ。君、知らないのか」
「え?」
「あの子も昨日、心筋梗塞で、亡くなったよ」
「――ッ」

※ ※ ※

(夜道。死神とジュン)

「どういう、ことだよ」(ジュン)
「……」(死神)
「お前、まさか――!」
「いいえ」
「っ!」
「私は娘さんに、何もしていませんよ」
「じゃ、じゃあ、なんで――」
「あのね、ジュンさん」

「これが、娘さんの、寿命だったんです」
「!?」
「娘さんは、本当は私たちに会った26時間後に死ぬ運命だった」
「じゃ、じゃあ――」
「そして、ヒカリさんは、何もしなければあと30年生きることができる運命だった」
「――ッ!」

もう、長くない。
そう言っていたあの人は、実は――。

「ジュンさんの説得ね、無駄じゃなかったんですよ。ジュンさんの説得がなければ、娘さんはおばさんに会う前に死んでいた」
「……」
「おばさんの寿命を30年使って私が出来たのは、娘さんの寿命をわずかに伸ばしただけ。その後の娘さんの行動は、全てジュンさんのおかげです」
「……」
「娘さんは、どちらにせよ、すぐに死ぬ運命だった。でも、おばさんは娘さんが死んだ後も、健康ではないにしろ不自由ながらも生きることができた」

「ジュンさんがここまで繋いだんです。ジュンさんが頑張らなければ、おばさんと娘さんは会うことが出来なかった」

「ジュンさんから受け取ったバトンを、私はゴールまで届けた。でも」

「ねえ、ジュンさん。本当はどうしたらよかったんですかね?」

「これで本当に、良かったんですかね……」
「……わかんねえ」
「……」
「でも、あの人の最期の電話で聞いた声からは、今までの人生で一番楽しかったように感じた」
「……」
「少なくともこの結末は、幸せだったんじゃねえかな。あの人にとっては」

それが本当に正しかったかどうかはわからない。

でもハッキリしていることは。

あの人が幸せな死に顔で逝ったという事実。

30年更に生きていたら、もしかしたらもっと幸せな結末もあったのかもしれない。

それを奪ったのは、紛れもなく俺たちのエゴなのだろう。

でも、それでも。

「それが、死神ですから」(死神)

「死を見届けるのが、死を招くのが、私たち、死神です」(死神)

彼女が死神である以上。
彼女に出会ってしまった以上。

ヒカリさんの運命は、これが最も正しい結末だったのだろう。

そう、信じるしか、ない。

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