死神少女【原稿Ver】 第3話
第3話
「死にたいなあ……」
誰もいないビルの屋上でポツリと呟く。
私はマナミ。16歳。
死ぬ勇気もなければ、生きる気力もない高校生。
家には帰りたくない。
学校にも行きたくない。
この世界のどこにもいたくない。
誰とも会いたくない。
話をしたくない。
食事もしたくない。
息も吸いたくない。
だけどこのビルから飛び降りたくない。
そんな、八方塞がりの感情が渦巻く私の目の前に――
(バサッ)
少女が、飛んでいた。
「どーもー。死神です」
少女は陽気な口調で、そう言った。
自らを、死神と名乗った。
※ ※ ※
(金井ジュンのアパート)
――死神は死の近いところへ現れる。
「……死の匂いがします」
「ポテチの匂いの間違いだろ」
「失敬な!私を何だと思ってるんですか!」
「ほいじゃあ、ジュンさん。ちょっと行ってきますね」
「おい、ポテチは置いてけ」
今日もまた死の匂いに誘われて、死神が空へ舞い上がる。
※ ※ ※
「あら、意外とあっさり信じましたね」
死神と名乗った少女の言葉を、私は疑いもせずに信じた。
勿論、死神だなんて突拍子もない存在を、今までの人生で信じたことはなかった。
でも、死を望む私の前に死神が現れると言うのは一定の合理性があったし、何より――
「なるほど……。登場のインパクトって大事ですね。勉強になります」
背中から生えた黒い翼。現実で見たことのない形状をした巨大な鎌。
実際に私の目の前に突然現れて空を飛んでいた彼女。
『突拍子もない』存在だと信じるには、その登場にインパクトがありすぎた。
「……それで、死神が私に何の用?」
「ふふふ。死神は死の近いところに現れます。そして、私の姿は普通の人間には見えません。私の姿が見えていると言うことは、あなたもまた、何かしらの死が身近に迫っているのでしょう」
「死……」
そうだ。
私は死にたいと思っていた。
じゃあ、この死神は、私の命を奪いに来たのだろうか。
「よく勘違いされますけどねー。私はそんな物騒なことしませんよ」
「へ?」
「死神は死を司りますが、私が直接誰かを死なせたりはしません。失礼ですね」
「……そうなんだ。残念」
「?」
「私、死にたいんだよね」
「ほー」
死神の癖に、死にたいと言った私の顔を彼女は随分訝しげに見た。
「死神なんだからさ。命くらい奪ってくれるかと思ったけど」
「死にたいとはまた酔狂な人ですね。そんな風に寿命を無駄打ちするなら、もっと有効に使ったほうがいいですよ」
「有効に使えるなら使ってるわよ。使えないから、死にたいのに」
「じゃあ、取引でもします?」
「え?」
「取引です。あなたの寿命と引き換えに、あなたの願いをかなえてあげます」
「寿命と引き換え……」
「そうです。私たち死神は、人の寿命と引き換えに何でも願いを叶える力があるのです」
願いと引き換えに寿命を奪う。
捉えようによっては魅力的な提案に聞こえる。でも――
「……じゃあ、楽に死なせて。眠るように、スッと」
「死ぬときの痛みを消し去りたいってことですか?まあそれくらいなら、寿命5年と引き換えで叶えてあげますよ」
「どうせ死ぬんだから、5年でも50年でもいいけどね。取引したら、あなたが命を奪ってくれるの?」
「いーえー。私は取引された寿命をいただくだけで、それ以上の寿命はいただけません。あなたが『死ねる状況』は作り出してあげられますが、実際に行動するのはあなた自身です」
「え……」
「つまり、例えば『飛び降りて死にたい』と言うなら、飛び降りて死ねる高さの場所を用意しますし、切腹したいと言うなら良く斬れる日本刀を用意します」
……じゃあ、痛みを感じないようにしてもらったところで、実際にここから飛び降りるのは私自身の意思と言うことか。
それじゃ、意味がない。
私にはその勇気がないのだ。
死にたいって口では言うくせに、根本のところでは死を恐怖している。
「……生きるのも嫌。死ぬのも怖い。私、どうしたらいいの……」
「あのー、なんかあったんですか?」
能天気な口調でキョトンと首をかしげる死神。
まあ、いいか。この人になら話しても。どうせ、私にしか見えないんだし。
「私、お母さんが嫌いなの」
「ふむ?」
「きっと、お母さんも私のこと、愛してなんかいない」
母は、ロクデナシだった。
男好きの、ロクデナシ。
毎日違う男を家に連れ込み。
毎晩男に媚びる為の店に出勤し。
男に色目を使って、いやらしい言い回しをして、そうしてお金を稼いでいる。
私の母がそんな人だってことは、どこへ行ってもすぐ噂になった。
何度引っ越しても、転校しても同じ。
学校ではいじめられ、近所中から白い目で見られる。
あの家族には近づくなと、汚らわしいとレッテルを貼られる。
私だって汚らわしいと思う。
そして、その母と同じ血が流れている自分も、汚らわしい。
「おとーさんはどうしてるんですか?」
「いない。私が小さい頃に、離婚して出て行ったわ。どうせ、お母さんの浮気が原因に決まってる」
「なるほど……」
「あ……」
そうだ。
「私、お父さんに会いたい」
願い事、あった。
「会いに行けばいいじゃないですか」
「どこにいるか、知らないもの」
「名前でお調べになっては?」
「名前知らない」
「あらま。それなら住民票でも何でも取り寄せて……」
「あなた死神のくせに、人間事情に詳しすぎじゃない?」
「まあまあ。とにかく、その程度の願いだったら寿命を使うまでもないですよ」
「出来れば、寿命全部もってって欲しいくらいだけど」
「それは無理ですねー。まあ、私が言うのもなんですけど――」
「?」
「私の見立てだと、あなたそこまで死にたがっているようには見えないんですよね」
「……!」
「ま、あくまで私の見立てですけど」
そう言うと、彼女は翼をバッと広げて飛び立つ。
「え、ちょ――!」
「また近いうちに会いに来ますよ。それじゃ」
そしてそのまま飛び去ってしまった。
……なんだったんだ。全く。
※ ※ ※
(死神サイド)
「はあー……」
私の見立て、とは言いましたが。死神の見立ては正確です。
十中八九、あの子は心の底では死にたがっていない。
本気で取引が必要な願いならまだしも、不要な願いで彼女の寿命を使うのは気が引けました。
……死神らしくないですね。ジュンさんのお人よしが移りましたか。
「……今宵は、死の匂いが充満してます」
死神は死の近いところに現れる。
死の匂いには逆らえない。
取引が可能な人間の下へ、私の身体は引き寄せられる。
どうやら。
あの子だけではなく。
『あの子の家族』にも、私は用事があるみたいだ。
※ ※ ※
(マナミの家。マナミの母視点)
「……はぁー」(マナミの母)
まだ、マナミは帰ってきてない、か。
最近家に寄り付かなくなっている。
学校にも、あまり行ってないようだ。
どこで何をしているのか。
心配だが、私が干渉しようとしても拒絶されるだけ。
娘は、私のことを酷く嫌っている。
嫌っているだけならまだいい。憎んですらいるだろう。
当然か。
あの子に辛い思いをさせているのは私自身だ。
いっそ、私が死ねばあの子の心も少しは軽く――
「流石にそれはいき過ぎだと思いますけどねえ」
「ほわぁ!?」
「どもー、死神です」
※ ※ ※
「……酔っ払っているのかな。こんな幻覚が見えるなんて」
「大分酒臭いですしね」
「死神ねえ。なに?私の命を奪いに来たの?」
「みんな最初にそれ言うんですよねー」
「そうじゃないなら、何しに来たのよ」
「娘さんね、さっきビルの屋上で見ましたよ」
「!!」
一気に、酔いがさめた。
彼女に掴みかかろうとするが、手がすり抜け、掴めない。
「あ。私が触ろうと思わない限り、私には触れませんよ」
「ビルの屋上って……、お前まさか……!」
「あー、いや生きてますよ。大丈夫です」
「お前、私じゃなくて娘の命を奪うのか?それなら、代わりに私の命を持っていけ!」
「ん?」
「あの子は何も悪くないのに……!私のせいで、辛い思いをさせてるのに……!」
「……娘さんが大事なんですね」
「娘が大事じゃない母親がいるか!」
「ふーん」
娘の命が救えるなら、迷わず自分の命を差し出せる。それくらい、マナミが大事だ。
「だったら娘さんに辛い思いをさせないようにしては?」
「え?」
「今の生活、見直す余地あるんじゃないですか?」
「……ない」
「……」
「ないよ。私にはこれしかないんだ。見直すつもりは、ない」
※ ※ ※
(マナミ視点)
あの死神が現れてから数日。
近いうちに会いに来るといっていたが、今のところ音沙汰はない。
公園のブランコに揺られながら、スマホでニュースを眺める。
『死刑囚が脱獄。近隣住民は警戒を』。
脱獄、か。
私が死刑囚なら、どうするかな。
やっぱり怖くて、逃げ出したくなるのかな。
本当は、私は――
「……マナミ?」
「え?」
男の声。
私は顔を上げる。
「面影がある……。マナミだろう?」
そこに、男が立っていた。
うっすらと、見覚えのある、顔。
まさか。
「おとう、さん?」
死神が、私の願いを、叶えてくれた?
「やっぱり、マナミか!」
「お父さん!?お父さんなのね!?」
ブランコから飛び降り、父へ一歩近づく。
彼もまた、笑顔で私の元へ一歩近づいた。
そして――
「よかった。これで――」
背中に隠していた、右手を前に出す。
「安心して、やれるよ」
その手には。
「え――」
きらりと光る、刃物が。
握られていて――
「マナミっ!!」
瞬間。
私の腕が誰かに引っ張られる。
「走って!!」
「お、お母さん!?」
母だ。
母が必死の表情で、私の腕を引っ張り走っている。
私もわけがわからず、彼女について走る。
後方に、顔を向けた。
「――ッ!」
父が決死の形相で追いかけていた。
身体の中心に氷を入れられたような感覚が襲う。
恐怖で、身体が冷たくなるのがわかる。
「振り返らないで!今は走って!」
母の言葉には答えず、私は必死で走った。
※ ※ ※
「はあー……!はあー……!」
辿り着いたのは町外れの工場。
中には誰もいない。
物陰に隠れて息を潜める。
一体何が起こっているのか。
どうして父は私を殺そうとしたのか。
「……大丈夫」
小さな声で、横にいる母が言った。
「あなたのことは、私が命をかけて守るから」
「え?」
母がそう言った瞬間。
バサッと言う音が、頭上から。
「あらあら、またお会いしましたね。マナミさん」
――死神が、そこに立っていた。
※ ※ ※
「まさに死神だな。こう言う時に現れるなんて……」
「ええ。死の近いところに現れますから」
「死が近い……、ね」
死神の姿は、母にも見えていた。
死が近い。
彼女の言うとおり、目前まで死は迫っている。
私たち二人の、死が。
「なんで、なんでこんなことになってるの……!どうしてお父さんが……!」
「……」(母)
「ねえ、教えてよお母さん!なんでお父さんは私を殺そうと――」
「逆恨み、ですよ」(死神)
「え……」(マナミ)
「もう、今更隠し通せないですし、話してもいいんじゃないですか?」(死神)
「……」(母)
私の父は、殺人犯だったと、母が言った。
金遣いが荒く、気性も荒かった父。
借金に苦しみ、挙句の果てに金を貸してくれていた友人を喧嘩の末に殺害。
私と母にも保険金をかけて、殺害を計画した。
だがそれにいち早く気付いた母が警察に通報し、父は殺人犯として刑務所に入れられる。
母は住み慣れた地元から、私を連れて遠くへ引っ越した。
母が最も恐れたのは、殺人犯の娘として私が周囲から疎まれることだった。
また私自身が殺人犯の娘であると知ってしまうことだ。
いつか娘はなぜ父が出て行ったか尋ねるだろう。
周りの人間の中に、母が離婚した原因を探る人も居ないとも限らない。
だから母は派手にロクデナシを演じた。
元より、それしか方法はなかった。
身分の証明が必要なところで働けば、すぐに父の存在に勘付かれる。
身分証明も必要なく、女手一人で一人娘を育てられるだけのお金を得られる仕事なんて、限られていた。
でも、それでよかった。むしろ、その方がよかった。
母がロクデナシであればあるほど、人々は母に注目する。
母に注目して、その場にいない父親のことなど詮索しない。
離婚の原因など、尋ねるまでもなく母に原因があると信じて疑わない。
母は例え、自分が周囲にどれだけ嫌われようとも、私を守ろうとしたのだ。
そう、私自身に嫌われたとしても――
「あの人が脱獄したってニュースを見て、すぐに家を飛び出してあなたを探した」
「……」
「あいつは私を恨んでいる。自分を通報して、牢屋にぶちこんだ私を。そして、その娘である、あなたも」
「……」
「マナミ、いるんだろ!?」
「――ッ!!」
思わず声が出そうになるのを、必死で押さえる。
父の声と、足音が建物の中に響いた。
まずい。今私たちが隠れているところは袋小路だ。
見つかったら――……!
「取引だ。死神」(母)
「ほう?」(死神)
「娘の命を、救ってくれ。私の寿命をくれてやる」
「え……」(マナミ)
「見つけたぞ!」(父)
父が私たちの隠れている場所を見つけた。
彼の手に握られたナイフが、光を反射して光る。
「なんだ、死神。お前もいたのか」
「ええ。死の近いところに、私は現れますから」
そして父もまた、死神の姿をしっかりと捉えていた。
死神。死を司るもの。
私たち家族は全員、死に魅入られている。
「いやだ……!」
死にたくない。
「お母さんの寿命、もってかないで!!」
それ以上に、母を死なせたくない。
知らなかった。
今日まで私を必死で守ってくれていたこと。
「私は死んでもいいから!お母さんを死なせないで!!」
今日まで私を誰より愛してくれていたこと。
母のやり方は全てが正しかったわけではない。
事実、私は周囲から攻撃の対象だった。
でも、それでも、その全てが私のためだったんだ――。
「……やれやれ」
「私の見立て、意外と間違ってたみたいですね」
「今のあなたは、本当に死んでもいいと思っているように見えます。その自分の願いと引き換えに、なら」
「でも、残念です。その願いは聞き届けられません」
「え――」
「タイムリミット、ですから」
死神がそう言ってニヤッと笑った。
それと同時に。
「――……ッ」
ドサリと。
父の身体が、地面に倒れた。
「寿命切れ、ですね」
※ ※ ※
(牢屋回想)
「なんでも願いを叶えてくれるんだな?」
「はい」
「じゃあ、ここから脱獄させてくれよ」
「わかりました。寿命5年いただきます」
「は!5年なら安いもんだぜ!!」
※ ※ ※
まさか自分の寿命が残り5年だなんて思ってなかったでしょうね。
尤も、残りの寿命が20年なら、20年もらうつもりでしたけど。
この男は長い裁判の末、つい最近死刑判決が下っている。
死刑は死への強力な因果だ。
それを断ち切るには、自分の残り寿命を差し出さなければならない。つまり、絶対に死からは逃れられない運命だったのです。
「さて。私はもう行きますね」
「あ……」
「もう会うこともないと思います。だって――」
「死神は死の近いところに、現れるものですから」
※ ※ ※
(金井ジュンのアパート。オマケ)
「……なあ、それってさ」(ジュン)
「はい?」
「俺ってやっぱり、死が近いってこと?」
「さー、どうですかねー?」
「お前やっぱり今すぐ出て行け」


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