死神少女【原稿Ver】 第4話
第4話
俺の絵は、もっと人を感動させられる。
俺の絵は、もっと人を喜ばせられる。
俺の絵は、もっと人を救うことが出来る。
「……」
もう、何枚の絵を描いただろうか。
毎日毎日書き続けた。
報われない努力なんて無いという絵空事を、信じるほど俺は子供じゃない。
この世には努力して報われる人間と、報われない人間がいるのだ。
報われた人間は皆努力しているが、努力している人間が皆報われるわけではない。
でも――、
「……金さえ、あればな」
俺の人生は、たった一回だ。
ここで報われなかったら、じゃあ次の人生、なんてことは出来ない。
今回は報われない側でした、だから今までの努力は全部水の泡、なんて言われて、納得できるほど俺は達観していない。
――報われたい。
俺の夢が叶うなら、例え、明日死んだって構わない。
元より俺は、命を削って、絵を描いているのだから。
※ ※ ※
(ジュンの家。パソコンに少女の絵。死神とジュンが見てる)
「随分と血なまぐさい絵ですねぇ」
パソコンの画面に映し出された絵を眺めながら、彼女が言う。
「……どこが?普通の絵に見えるけど」
それはただの人物画だ。
別段、特異な絵でもない。
描かれた少女は微笑みを浮かべ、こちらをただジッと見つめている。
「大体、なんでこの画像を見ているんだよ」
ツイッター経由で開かれたその絵は、きっとそのツイッター主が書いたものなのだろう。
いいねは一つもついておらず、コメントも書かれていない。
フォロワーの少ない、まだ無名の絵描きなのだろう。
一体どういう流れで彼女は、この絵に辿り着いたのか。
「惹かれまして」
「なにに?」
「私が惹かれるものなんて、死の匂いしかありません」
――死神は、死の近いところへ現れる。
少女の絵を見つめながら、死神はにやりと笑みをこぼす。
その笑みは、描かれた少女の微笑みと、とても良く似ていた。
※ ※ ※
俺は平井 誠。31歳。
一人暮らしの小さなアパートで、細々と生活している。
趣味は、絵を描くこと。
子供の頃から、いつか絵描きとして名を馳せ、沢山の人を感動させることが夢だった。
もうかれこれ、20年以上その夢を抱きつづけている。
だけど、その夢が近づいてくる様子はない。
「はあ……」
一人きりのアパート。
いいねも付かないインスタグラム。
誰の目にも留まらない絵など、存在しないのと同じだ。
「この絵のモデルさんは誰なんですかね?」(死神。なんかポテチ食べてる)
「…………え?」
「はい。絵、です。この絵のモデルさんとかいるんですか?」
「…………誰?」
「いや、それ私が聞いてるんですよ。誰なんですか?モデルさん」
「きみ、誰?」
「え?私?いや、私はもう少し美少女ですよ。失礼しちゃいますね」
「いや、誰?え?君?ど、どこから?」
「ん?あ!私のこと聞いてます?」
黒い服。黒い髪。そしてそれよりも更に黒い――いや、暗いと表現した方がいいかもしれない――瞳。
自称美少女は、唐突に俺の部屋の中に現れては、俺の絵をジロジロと眺めていた。
「えっとですね。あー、たまには伏せておきますか」
「は?」
「えーと、野生の美少女です。主に黒が似合う系の」
「……警察呼ぼうかな」
「あわわ。結局そうなるんですか。困りましたね」
「どこから入ったの、君。そもそも、どうして俺の部屋に入ってきたの」
「あー、そのえっとー、あれです。私、妖精みたいなものです」
「よう、せい……?」
「ほら、よくいうじゃないですか。なんか、疲れてると見えるっていう」
「……俺が絵を書きすぎて幻覚が見えてるって?」
「そうそう、それです。ほら」
そう言いながら、彼女はぱっと洗面台の鏡を指差し、その前に立った。
「!?」
「ね。映らないでしょう」
その鏡には、ぎょっとした顔の俺しか映っていない。
妖精と名乗る彼女の姿はどこにもない。
「妖精はですね。迷える人のところに訪れるのです」
「迷える……」
「そうです。何かお困りじゃないですか?」
「……別に。困ったことなんかないよ」
「いや、あるはずです!なにか切羽詰ったものが!!」
「ないって。俺、もう疲れたから寝るぞ」
時刻は深夜1時。根をつめすぎた。明日は大事な日なんだから、少しでも寝ないと。
「えーっ!来たばかりなのに!」
「うるさいなあ。幻覚なんだろう?早く消えてくれよ」
「むー。仕方ないですね……。明日に期待です」
「……明日には消えてることを祈るよ」
※ ※ ※
「おはよーございます!」
「……まだ見えてる」
翌朝。
例の妖精は元気な様子で部屋の中にいた。
「おやおや。大荷物を持ってどこへ?」
「フェスだよ。絵を売りに行くんだ」
そう。今日は俺の絵を沢山の人に見てもらえる日。
見てもらえるかも、しれない日。
「絵、お好きなんですね」
「……好きとかじゃ、ないよ」
「?」
「絵は俺の、人生だ」
「……なるほど」
妖精が、少し笑ったように見えた。
※ ※ ※
(デザフェスに向かう途中)
「絵描きのおにーさん」
「なんだよそれ」
「名前知らないので」
「俺の幻覚なら、俺の名前くらい知っておけ。誠だよ」
「誠さん。誠さんは、なんで絵を描くんですか?」
「……なんでって」
「ないんですか?理由」
「……ないよ」
「え?」
「多分、ないんだよ。そんなもの」
誰かに絵の素晴らしさをとかれたから、とか。
死んだ母が俺の絵を褒めてくれたから、とか。
昔、絵に救われたから、とか。
そんな都合のいい理由は、一つもない。
絵を描く動機付けのためだけに存在する理由なんて、必要ない。
それでも理由を言えといわれればそれはたった一つだ。
「強いて言えば」
「?」
「絵を、描きたいから、だ」
※ ※ ※
そう俺が思うようになったきっかけなんて、もう思い出せない。
気付いたころには、絵にのめりこんでいた。
自分の絵を誰かに見せたい
自分の絵を誰かに認められたい。
自分の絵で、誰かを感動させたい。
絵以外から得られる金や名声に価値はない。
絵で得られぬなら、貧困で構わない。
「凄いですね」
「馬鹿なだけだよ」
出展の準備を終えて、俺はブース内で待機。
間もなく、大勢の人が訪れる。
その内の何人が、俺の作品を目に留めるのだろう。
※ ※ ※
次々と、人が訪れは消えていく。
「……」
「……」
他のブースが賑わいを見せ始める中、俺のブースは俺と妖精の二人だけ。
「なかなか、見てもらえませんね」
「……そうだな」
「私、宣伝してきましょうか?」
「幻覚だろ、お前」
「そうでした」
「いいんだよ。いつものことだ」
そう。
いつものことだ。
何年も何年もやってきて。
朝はバイトで生活費を稼ぎ、夜は絵を描き。
血のにじむ思いで描き続け。
それでも、夢は、叶わない。
「そう言えばさ」
「?」
「絵のモデル、誰なのかって聞いてただろ」
「はい」
「あれさ。中学の頃の同級生だ」
「ほお」
「俺の絵を見て、唯一褒めてくれた子だ」
「へえ」
「ま、その後すぐ、死んじまったけどな」
「……」
「重い病気でさ。あっけねえよな。その子、夢があったんだ」
「……」
「笑えるよな。いつか、遊園地行くのが夢だってさ。そんな簡単に叶えられそうな夢を、生き生きした目で語ってた」
「でも、そんな夢すら叶えられずに、その子は死んだ。だったらさ、嘘だろ。その子の何倍も人生のある俺が、夢の一つも叶えずに人生を終えるなんてよ」
「そんなの、馬鹿にしてるだろ。たった14年しか生きられなかったその子のこと、馬鹿にしてるって思うだろ」
「……あるじゃないですか。理由」
「は?」
「絵を描く理由、あるじゃないですか」
「ねえよ」
「でも――」
「理由じゃない、こんなの」
それこそ、冒涜だ。
あの子が夢を叶えられなかったから、俺が叶えなきゃいけないなんて。
『夢』に対して、冒涜だ。
俺の夢だから、俺が叶えたいんだ。
それ以上でも以下でもない。
※ ※ ※
「……帰るか」
「……」
絵は、売れなかった。
見る人も、ほとんどいなかった。
皆、一瞥しては、スルーして別のブースへ行く。
「なかなか上手く行きませんねー」
「そ、だな」
荷物をまとめて帰り仕度。
「仕方ないよ。俺の絵に、魅力がないだけだ」
「……」
※ ※ ※
「……もう深夜ですけど、まだ書くんですかー?」
「……」
「今日はイベントで大変でしたし、少し早めに休んでは?」
「そんな暇はない」
俺の夢が叶わないのは、俺に才能がないからだ。
俺の夢が叶わないのは、俺の努力が足りないからだ。
人より才能のない俺だから、人より何倍も努力しなければ夢は叶わない。
元より、努力をしたところで、夢はそう簡単に叶うものじゃないんだから。
「良く言うだろ。成功の秘訣は99%の努力だと。俺の努力はまだまだ99%に達してないだけなんだよ。もっと、もっと努力しないと」
「……そうですか」
残りの1%は、考えない。
99%すら、まだ到達できていない人間が、残りの1%を考えたって仕方ない。
残りの1%がそこにあるかどうかは、99%を達成してから考えればいい。
※ ※ ※
フェスからしばらく。
「よし、出来た」
「おー、立派な絵ですね」
「俺の持てる実力、全部詰め込んだからな」
「ほほー」
「コンテストに出すんだ。この絵で、勝負する」
身体中が、だるい。
この絵を描き終えるまでは、ずっと我慢していてくれたのだろう。
とっくに限界を迎えていたらしい。
「げほっ、ごほっ」
「……大丈夫ですか」
「あ、ああ……。大丈夫」
咳き込む。
お金もロクにないから、大したものも食べれていない。
構わない。
元より俺は、絵を描くために命を削っている。
「匂いがしますね」
「なんだ。インクの匂いか?」
「……まあ、そんなものです」
※ ※ ※
(死神視点)
――匂いがします。
元々香っていた匂いでしたが、今はもう、部屋中に充満して、それこそ鼻をつままなければならないほどに、濃厚な匂い。
「…………」
「どうしました?」
彼がコンテストの話をしてから、しばらく時間が経った。
あれからも彼は絵を描き続け、命を削り続け、血を吐きながら生きている。
彼は部屋の奥で描きかけの絵を見つめたまま、ぼーっと何かを見つめていた。
その瞳は虚ろで、見ようによっては、とっくに死んでいるようにすら見える。
――ああ、匂いが強い。
死の、匂いが、充満している。
「……俺さ」
「はい」
「夢、だったんだ」
「はい」
「俺の絵で、沢山の人が幸せになって、俺の絵で、沢山の人が感動して……」
「俺の絵を、沢山の人が見る。見て、認めてくれる。そんな、夢」
「コンテスト、ダメだったよ。わかってたけどな。やっぱり、まだ努力が足りないんだろうな」
足りてますよ。
「でも、もうさ、指、震えて、上手く描けないんだ」
死にかけてますからね。その、身体。
「叶わないのかな。俺、一生、このまま、夢が叶わないまま、死んでいくのかな」
「……努力は報われる人も居れば、報われない人もいますよ」
「知ってる。知ってるよ、そんなこと」
「ですから――」
「でも、俺の努力がまだ足りないだけかもしれないだろ」
「……」
「まだ、99%努力できていないから、報われていないだけかもしれないだろ。俺が報われないって認めない限り、努力が裏切ったことにはならない」
「だって、ひどすぎるだろ。俺の20年間、丸々水の泡になったら、俺、何のために生きてきたんだ」
「そんなの――」
「あ」
彼の身体がふらりと揺れ、そのまま椅子から転げ落ちる。
「……大丈夫ですか?」
「……そんなの、認めたら」
うわごとのように、彼はつぶやく。
その目は最早、どこも見ていない。
「死ぬような、もんじゃねえか……」
成功の秘訣は。
99%の努力と、1%の才能。
どんなに努力をしても、1%の才能がなければ成功しないという、そういう理屈。
誠さん、あなたはとっくに。
99%の努力を、しているんですよ。
「もう一度聞きます」
――だから。
「あなたの夢は、なんですか?」
私が、来たんです。
「……個展、開いて、さ」
「はい」
「沢山人が来て、俺の絵を褒めてくれるんだ」
「はい」
「なんか、人生に迷っているような人も来てさ」
「はい」
「俺の絵をみて、前向きになれましたーとか、言ってくれるんだ」
「素晴らしいですね」
「そんな、夢が、もし叶うなら」
「はい」
「今死んだって、構わない」
「そうでしょうね」
「叶いますよ。その夢」
「私が、叶えます。その、夢を」
※ ※ ※
「なんか、夢みたいだ」
「ええ」
夢ですから。
「たまたま俺の絵を見た人が、俺に連絡をくれて、君の個展を開かせてくれ、なんて、そんな都合のいい話、あるかね」
「あるんですよ」
夢ですから。
「でも、見てくれてる人、いたんだな。俺の、努力無駄じゃなかったんだな」
「……」
「個展、どれくらい人来てくれるかな。あまり、来てくれないかな。どう思う?」
「沢山、来ますよ」
「そうかな?俺、無名だけど」
「今日までにある程度宣伝してますし。大丈夫です」
夢ですから。
「そうだな。そうだよな。ようやく、運が向いてきたんだ」
「ねえ、誠さん」
「ん?」
「今、幸せですか?」
「幸せだ!」
「そうですか」
それなら、良かったです。
「では、誠さん。私はこれで」
「は?これでって?」
「もう、行きます」
「幻覚なのに、行くも何もないだろ」
「まあ、幻覚にも色々あるんです」
「ふーん、まあいいや。色々ありがとな。って、自分の幻覚にお礼を言うやつもいないか」
「あはは」
バサりと黒い翼を広げ、私は飛び立つ。誠さんがこちらを見なくなったのを確認して、私は少し離れたところで降り立った。
※ ※ ※
(ジュンのアパート)
「……戻りました」
「お疲れ」(ジュン)
「今回は長丁場でしたねー」
「……あの人、もう、死ぬのか?」
「はい」
「寿命、全部を?」
「はい」
「……そうか」
「どうしました?」
「いや、結局、死に物狂いで努力してきたのに、自分の力じゃ、夢、叶えられなかったんだなって思うと……、悲しくてさ」
「……」
「こうして個展を開いたり、誰かが来てくれるのも、自分の絵の力じゃないってなったら……」
「力ですよ」
「え?」
「あの人は、自分の力で夢を叶えたんですよ」
あの人が99%の努力をしたから。
そして、99%の努力を超えて――、残り1%の為に、命を削ったから。
命を削る努力をし続けたから。
私が、彼の前に現れたんです。
死の匂いで充満するほどに、夢に真摯であり続けたから。
私と契約が出来たんです。
彼の埋まらない1%を埋める為の、私が。
「努力は報われるのです。必ず」
「……そっか」
「ええ。そうです」
願わくば。
彼の最期が笑顔で終わるものでありますように。
命を削った代償が、幸せなものでありますように。
「――俺も、見てこようかな」
「え?」
「誠さんの、個展」
「……是非、そうしてあげてください」


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